001 目醒め。


 あ、そうだ。

 俺って悪役貴族だわ。


 唐突にその事に気づいた。

 ここはとあるラノベのファンタジー世界。

 そして俺は主人公ではない。

 この事実だけに気づいた。


 さて、どうするか。


「ルーク、どうかしたの?」


「……少し考え事を」


「そう。食事が冷めてしまうから程々にね」


 おいマジか。

 こんなことってあるのかよ。

 うわー、どうしよう。

 まずどんな物語だったっけ……あー最悪だ、思い出せん。

 ぼんやりと登場人物は覚えている。

 でもその程度だ。


「申し訳ありません、母上。少し体調が優れないので、部屋で休んでもいいでしょうか?」


 もはや食事どころではなかった。

 今はとりあえず現状把握に時間を使いたい。


「えぇ!? 大丈夫なのルーク!? 直ぐに神官を呼んで───」


「それには及びません。少し疲れを感じた程度ですので」


「そ、そう……ならいいのだけど。もし辛かったら直ぐに言うのよ」


「はい」


「……ルーク」


「はい、父上」


「本当に大丈夫なんだな?」


「はい。嘘はございません」


「そうか、行きなさい。アルフレッド、何か異変があればすぐに知らせろ」


「かしこまりました、旦那様」


 はぁ……我ながら過保護な両親だ。

 アルフレッドという執事と共に自室に向かいながら、俺はそんなことを思った。

 なるほどな。

 ルークというキャラが出来上がるわけだ。

 俺にはルークとしてのこれまでの記憶があるが、怒られた記憶が全くと言っていいほどない。


 何をやっても大抵のことは直ぐにできてしまう才能。

 どんなに俺が悪かったとしても、叱ってくれる者が誰一人としていない家庭環境。


 そりゃあ自尊心が膨れ上がるわけだ。

 傲慢不遜にもなってしまうわな。

 正直、コイツの人格はこの環境が作り上げてしまったと言わざるを得ん。


「それでは、ルーク様。何かあればお声かけ下さい」


「あぁ」


 扉の前にアルフレッドを控えさせ、俺は中へと入る。

 そのままベッドにダイブ。

 枕に顔を埋め、思考を巡らせる。


 さて、どうするか。

 俺はこれからどうするべきか。

 しばらく今後のことを考えてみる。



 でも……どんなに考えても答えは一つしかなかった。



 目指すは───幸せだ。



 もうルークとかいう悪役になったのは仕方がない。

 どうせ主人公にボコられるんだろう。

 名前なんだっけ主人公。

 いやわからん。

 そのうち思い出すだろう。


 とにかく、俺は幸せな人生をおくりたい。

 俺の人生がハッピーエンドであって欲しい。


 まあ、幸い貴族だ。

 並大抵のことは困らないだろう。

 でもそうだな。

 何もしないのはつまらない。


 せっかくこんなファンタジーな世界なんだ。

 剣や魔法を存分に堪能したいという強烈な欲求に抗うことなんてできない。


 その時、ふと頭にある考えが降ってきた。


「……そうだ。努力してみるか」


 確かルークというキャラは全くと言っていいほど努力ということをしたことがなかったはずだ。

 正確には努力する必要なんてなかったんだ。

 人が必死で努力して獲得する能力を、ルークという男は初めから持っている。

 だから傲慢不遜の極みのような性格であっても、誰一人として文句を言えない。

 本当にタチの悪いキャラだ。


 まあいわゆるヘイトキャラだな。

 ヘイトを集めに集め、主人公がぶっ飛ばすことで読者をスカッとさせるための存在。


 はぁ、そうはなりたくない。

 でも面白そうだ。

 本来努力なんてしないはずのキャラが努力する。

 それはこの世界にどんな変化をもたらすのか、少しだけ興味がある。


 まあ、程々に頑張ってみよう。


 とりあえず、現在の俺の年齢は10。

 魔法の才能がある俺は多分順当に行けば、15で王都にある魔法学校に進学することになるだろう。

 これはルークの記憶が教えてくれたことだ。


 ……でもなんとなく、その学園に行ったら出会っちゃう気がするんだよなー。


 主人公に。


 まあいいか。

 主人公に会いたくないという感情よりも、魔法について学びたいという欲求の方が余裕で勝ってしまっている。


 それに、こういう世界は強さがそのまま自由に直結すると思う。

 強ければそれだけ選択肢が増える。

 そのためにも、魔法を学び始めるのは早い方がいい。

 でも入学まで5年もあるな。

 さて、どうするか。

 それまでは独学か、誰か教えてくれる人間を探すか。


 そうだ、剣についても学ばないといけないんだ。

 何も魔法だけじゃない。

 そういえばこのキャラ、というか俺はどっちが得意なんだろう? 

 両方とも才能があるってのは知ってるけど、偏りはないのか? 

 うーん、あったのかもしれんが思い出せん。

 全く不親切な記憶だ。


 とりあえずどちらも学んでおこう。

 それで得意な方がはっきりしたらそっちに集中すればいい。


「方針は決まったな。……フフっ、面白くなってきた」


 思わず独り言が漏れた。

 そうだ、楽しみなんだ俺は。

 最初は困惑したが、胸の奥底が熱く震えている。

 ワクワクが止まらない。


 こんな世界、楽しむなという方が無理な話だ。



 ───コンッ、コンッ



 ドアをノックする音。

 熱くなった思考がすぐさま冷えたものへと切り替わった。


「ルーク様、体調の方はいかがでしょうか? 申し訳ありません。旦那様から一度確認し報告しろと仰せつかっております」


「あぁ、大丈夫だ」


 思考に水をさされたことで少しだけ不機嫌に返事を返してしまった。


 ん、待てよ。


 俺はガチャりと扉を開けた。


「おいアルフレッド……ん?」


 あれ、おかしい。


「アルフレッ……ド」


「どうなさいましたか、ルーク様」


 ……敬語が使えない。

 俺はアルフレッドさんと言おうとしたんだ。

 自分よりも年上の人間に敬語を使うのは当たり前だ。

 なのに、使えなかった。

 いや、正確には違う。



 ───『たかが執事に敬語など使う必要がない』という強烈な意識が俺の根底にあるのだ。



 なんだこれは。

 “ルーク”の性質が残っているというのか。


 俺は改めてアルフレッドを見る。

 年相応に皺のある顔。

 だが気品があり、はっきり言って男前だ。

 体格も決して衰えていない。

 それもそうだろう。


 アルフレッドは元王国騎士団の副団長を務めていた男なのだから。


 そのことをさっき思い出したんだ。

 剣を教えてもらうのにうってつけではないかと。


 だが……できるかそんなこと。

 この俺がたかが執事に教えを乞う? 

 そんな恥ずかしいことをするくらいなら死んだ方がマシだ。


 ……は? 

 なんだこの抗い難い強烈な感情は。

 クソッ、たかが剣を教えてくれと頼むのになんでこんな苦労しないといけないんだ。


「アルフレッド、俺に……」


 ググググ……クソッ、言葉が出ない!! 

 もうちょっとなんだ!! 


「俺にィィィ……」


 だァァァァァッ!!!! 


「俺にィィィィィィィッ!!」


「どうなさいましたかルーク様! はっ! やはり体調が───」


「違ァァァァう!!!」


 思わず大声が出た。

 全身から汗が吹き出てるのが分かる。

 多分目も血走っているだろう。


「ハァ……ハァ……」


 ダメだ、頼めない。

 どんなに頼もうと思っても言葉が出ない。

 なんだこの呪いは。

 最悪だ。

 俺はどう足掻いても“ルーク”でしかないのか。


 いや思考を変えろ。


「俺にィィ……剣をォ……教え、ろ……」


 言えた!! 

 命令形にすることで何とか言えた!! 


 アルフレッドさん本当にゴメン! 

 分かってる! 

 俺がこれまでたくさん迷惑をかけたことは、ルークの記憶で知ってる! 

 マジでごめんなさい! 


 俺はせめて心の中だけでも土下座した。


「……はい? 今なんと?」


「聞こえなかったのか……?」


 ちょっとアルフレッドさん!! 

 もう一回言うのはキツすぎますよ!! 


 まあ、やるけどね。

 剣を教えてくれるなら何度でも。


「俺にィィィィィ……剣をォォォ……」


「いや、失礼。老体ゆえ、己の耳を疑ってしまいました」


「ハァ……ハァ……そうか」


 俺は静かに返答を待った。

 アルフレッドさんは何かを考えてるようだった。

 でもどうか、どうか断らないでください。

 必死に抗うけど、断られたら俺はどういった行動に出るか分からないんです。

 ……本当に最悪だ。

 マジでなんなんだこの呪いは。


「かしこまりました。私で良ければその役目、務めさせていただきます」


「…………」


 何とか了承を得られた。

 良かった。

 でも感謝を言えない。

 口を開けば憎まれ口を叩いてしまいそうだから無言を貫くしかない。

 本当に申し訳ない、アルフレッドさん。

 心から感謝している。


 はぁ……。

 ありがとうの一つも言えない俺に、ハッピーエンドは訪れるのだろうか……。

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