第4話 大戦の死神

「あの……大丈夫?」


 取り残されたエトワールは少女に声をかけた。


「私は大丈夫です……でも……」

「僕? 僕は大丈夫。頑丈さだけが取り柄だから」

「……」


 エトワールは明らかに大丈夫とは言えない状態だった。3人の男に暴行を加えられて、常人なら立ち上がることもできないであろう傷だった。


「家まで送るよ。頼りないだろうけど」

「そんなことないです。その……ありがとうございました」


 そうして、エトワールは少女を連れて歩き出す。話を聞く限り少女の家は近くにあるようだった。


 家につく間に、エトワールは聞く。


「さっきの人……メル・キュールって呼ばれてた人は、この辺じゃ有名人なの? 僕は昨日この町に来たばかりだから、よく知らなくて」

「有名……かどうかは私にはよくわかりませんけど……お母さんが、あの人には近寄るなって言ってました」

「……? それはどうして?」

「無口で何考えてるかわからないし……素性もわからないから怪しいって。数ヶ月前にこの町に来たらしいんですけど……避けてる人が多いかもしれません」

「……なるほど」

「でも……今日帰ったら、お母さんに説明しようと思います。あの人は私を助けてくれたって。恩人の悪評を聞くのは、あんまり気分が良くないですから」


 同じことをエトワールも思っていた。もしも彼女、メル・キュールに対する評価を聞かれれば、優しい人だと答えるだろう。


 そんな会話をしているうちに、エトワールは少女を家まで送り届けた。母親から感謝されて、お礼に1日泊まっていってほしいと言われたが、それは断った。エトワールは助けたのは自分だとは思っていないし、何より彼にはやりたいことがあった。


 ということなので、少女の母親に聞いてみる。


「あの……メル・キュールって女性がどこにいるか、知っていますか?」

「メル・キュール……ああ、娘のことを助けてくれた人ね。たしか……ここから少し離れた場所に小さな道場を構えてたはずよ」

「道場……ですか?」

「ええ。門下生を募集してるらしいけれど、怪しい人だったから……あんまりうまくいってないみたいね。誰かがあの道場に出入りしてるのは見たことないわ。口下手みたいだし……あの様子じゃ苦労しそうね」

「なるほど……ありがとうございました。それで……その道場がどこにあるか、わかりますか?」

「方角は……あっちのほうね」母親は北のほうを指さして、「しばらく歩いたところよ。あんまり人通りの多い場所じゃないし、治安も良くないから、気をつけてね」

「ありがとうございます」


 言って、エトワールは少女たちと別れた。そして、教えてもらった方角に向けて歩き出す。


 目的はメル・キュールを見つけること。エトワールは自分の目的達成のために、彼女の力が必要なのではないかと考えていた。


 途中でエトワールは手近なバーに入った。もしかしたらメル・キュールに対する情報が手に入るかもしれないと思ったからだ。


 お店の中はそこそこ繁盛していた。薄暗い店内に、酒の匂い。騒いでいる客もいるが、比較的落ち着いた雰囲気に見えた。


 エトワールがカウンター席に腰掛けると、


「いらっしゃい」バーの店員がエトワールを見て、「なんだ、兄ちゃん。追い剥ぎにでもあったか?」

「……いえ……ちょっとケンカに負けまして……」

「なるほど。この辺は治安が悪いからな。気をつけろよ」

「……わかりました……」

「おう。兄ちゃん、旅の人かい? ここらじゃ見かけない顔だが……」

「はい。昨日この町に到着しました」

「そうか」


 注文は?と聞かれたので、エトワールは一番値段の安いオレンジジュースを注文した。 

 それから、会話が再開される。


「どの辺から来たんだ?」

「ルアノーバから来ました」


 その地名を聞くなり、店員は顔を暗くした。


「そうか……その年齢じゃ、苦労しただろうな」

「まぁ……なんとなくは」

「ルアノーバって言えば……最近、また魔物の残党に襲われたそうじゃないか。大丈夫だったか?」

「……」エトワールは悲しそうに笑う。「それで最後の家族がいなくなってしまったので……」

「ああ……悪い。変なこと聞いたな」

「いえ……もともと病弱な妹でしたから……魔物に殺されずとも……」

「そうか……」一瞬、沈黙が流れて、「よし。オムライスでも作ってやろう」

「え……でも……」

「俺の奢りだ。遠慮せずに食べてくれ」

「……ありがとうございます」


 金銭的に苦しかったエトワールは、ありがたく申し出を受けることにした。


 オレンジジュースとオムライスがエトワールの前に運ばれてきて、エトワールは遅めの食事を開始する。


 そんなエトワールに、客の一人が話しかけた。立派なヒゲを携えた老人だった。


「あんた……ルアノーバの生き残りか」

「……はい」

「……あの戦争は忘れてはならぬ。人間と魔物との間で起こった大戦……あの惨劇は、二度と繰り返してはならん。そして、平和な未来を築くのは、お主のような若者じゃ。それを忘れるな」

「そりゃ忘れませんよ。忘れられるわけがない」

「ふむ……酷なことを聞くようじゃが……お主の両親はどうした?」

「戦争に巻き込まれて……もうこの世にはいません。死神にやられた、って聞いています」

か……死神にやられたということは……お主の両親は相当な傑物だったようじゃな」

「はい。自慢の両親でした」

「そうか。その悔しさ、忘れてはいかん」

「はい」


 会話をしているうちに、エトワールのオムライスは胃の中に収まった。


 もう少し、会話は続くようだった。

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