第9話

 警察署では、惨殺死体は事件ではなく事故として処理された。何らかの理由で凶暴化した犬の集団に襲われた。その何らかの理由が何なのか、刑事たちが駆けずり回って情報を集めていたが、決定的な理由は見当たらなかった。

「蓮宮さん、一週間ほど見ていないですけど、狼男説を諦めたんですかね?」

 須藤が五十嵐に言った。いつも迷惑そうにしていたが、姿を見せないと気になるようだ。

「奴が諦めるものか。もうすでに狼男と接触しているだろう。俺たちに情報は流さないつもりなんだろうよ」

 五十嵐も蓮宮の事は気になっていたようで、彼女の行動を監視して、岩田と接触していることまでは知っていた。



 その後、人を殺した犬たちの処遇は全て殺処分、飼い主にも厳しい処分が下った。


「犬に何の罪があるってんだ? 殺すことはないじゃないか!」

 五十嵐がいつになく荒れていた。

「仕方ないですよ。そう言う法律なんですから」

 須藤はなだめるように言ったが、五十嵐の怒りと悲しみは収まらなかった。


 人を殺した五匹の犬は、警察署で管理していて、五十嵐が積極的に世話をしていた。それで、犬に情が沸いていたのだった。

「おい! 長谷川、何とかならんのか? お前、法律に詳しいだろう?」

 長谷川は、五十嵐の部下の刑事で、司法試験に合格し、検察官を目指している。

「無理ですね」

 とあっさり答えた。

「なぜだ?」

「裁判で決まったことを覆すと言う事が難しいからです。たかが犬のために、司法と争うのですか? 時間とお金がかかります。その結果、判決を覆せずに殺処分されます。同じ結果になるなら、司法に抗うだけ無駄です。飼い主は処分を妥当とし、受け入れています。我々が介入する必要はありません。しかし、五十嵐さん個人の感情の問題であるならば、動物愛護団体に相談してみてはいかがですか? 民間の団体ですが、多くの人の声が司法を動かすこともありますから。ですが、時間がかかりますよ。五十嵐さん、最後までそれに付き合う覚悟はあるのですか? 一時の感情に流されて、あなたは自分の職務を放棄なさるんですか?」

 司法試験に合格するだけあって、彼の意見は至極まともで、妥当だった。五十嵐には警察官としての重要な職務がある。

「分かった。無理なんだな」

 五十嵐は肩を落とし、渋い表情で頭を抱えた。それを見て、須藤、長谷川は、どうにも居たたまれなかった。


「久しぶりに会いに来たのに、まるでお葬式みたいじゃない」

 蓮宮が旋風のごとく現れた。

「いきなり来て、何ですか!」

 須藤はいつになく大きな声を出した。

「落ち込んでも仕方ないじゃない。犬が人を殺した事実は変わらないのよ」

 蓮宮が言うと、

「ああ。そうだな」

 いつもの冷静な五十嵐の返事が返って来た。

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