最終話

すごく混んでそうだったら明日にしてもいい

どっちみち家に帰るにしても

通り道沿いにある

今朝通った時はまだ照明も落としてあって

誰もいない様子だった

少し

駅前から歩き

新店兼家の方向に歩く

大型スーパーの横にできた広めの駐車場と大きめの店舗

駅前の雑居ビルの中に押し込んだのとは違う

あのコーヒーショップ特有の佇まい

大きな看板にはドライブスルーの文字

遠目からも車が何台も出入りしているのがわかる

ドライブスルーができたことで

これまで割と遠くまで行かなければならなかったコーヒーショップが身近になったのだ

利用客はそれなりに見込めるだろう

車の列が止まってしまった

大量に注文した人がいるのかもしれない


そんなことを考えながら横目で店舗をちらりと見る

店内も並んでいる客の列が

店舗の入口付近まで続いている

15時前後のカフェどきになれば

また客足は増えるだろう

かといって今からあの列に並ぶのはちょっと…

一旦家に帰って15分か30分空けて様子を見に来よう

この時間に帰ったら

何か買い出しを頼まれるかもしれない


──


家に着いて

大学にはあまり着ていかない服に着替えた

昨日髪をバッサリと切ったので

この服にも合わせやすかったのもある


駅前のいつものあのお店には

スーツ姿やいかにもなオフィスカジュアルや、大学生風な人が主だった

先程道沿いに覗いた店舗型のコーヒーショップはちょっと雰囲気が違っていて

もちろんさっきの大学生っぽい服でも支障はなかったんだけれど

せっかく髪も切って

新しいお店に行くので

気持ち的に少しだけオシャレをしていきたかった


近所にできた新しいお店に行くのだから

それほど気合いの入ったメイクではないけど

メイクも服にあわせて準備が出来た

ちょうど30分くらい経っていた

特に買い出しは頼まれることがなかったので

そろそろ行ってみよう


──


歩いてすぐ

店舗の前に着いた

相変わらず人が並んでいたが

先程覗いた時よりは少なくなっている

席は埋まっていそうだけど

並んでいるうちに席を立つ人もいるだろう


店外と店内に大きな花輪がいくつもあって

本当にOPENしたてなんだと実感する

中に入ると

やはりコーヒーのにおいが充満している

賑わっているせいか

店内のBGMよりも客や店員のざわめきの方が勝る

そういうところも新しい店舗ならでわだ


並んでいる行列がどんどん短くなっていき

私の順番まであと少し

メニュー表が回ってきたがすぐに後ろに回した

今日はこの容器のおすすめを飲むつもりだ

初日で混みあっているから

売り切れてしまったとかがもしあれば

いつもの呪文の飲み物をここでも頼んでみるつもり


「お次のお客様

こちらのレジへどうぞ」


店員さんが手を挙げて私の方を見ている

私の順番が回ってきた

レジの前にくると

店員さんのひきつり気味の営業スマイル

開店からまだ交代時間ではないだろうから

体力的にも結構きついのかもしれない

お疲れ様といった感じだ


こう言った場合

相手も人間なので注意力が落ちていて

耳も聞こえにくくミスをしやすい

お客側も人としての思いやりを持って

ハキハキと注文を伝えてあげるのがいい

これは母の受け売りだ


「いらっしゃいませ

ご注文はお決まりですか」


「こんにちは

駅前の同じ系列店で

こんなものをいただいたのですが

今日はこちらのおすすめをいただけますか」


「わ、わかりました

少々、少々お待ちください

確認してまいりますので

その容器をお預かりしてもよろしいですか」


「ええ、どうぞ」


私は店員さんに容器を預けた

すると店員さんは1度

その容器の手書きの部分をよく見てから

私に会釈して奥に行ってしまった

初日に知らされていないことが出てきて

ここまでしっかりとした客への対応が

できるのはすごいと思う


5分ほど店内を見回しながら待っていた

無いなら無いでそれでいい

お腹が空いている訳でもないから

待たされてもいいけれど

もしかしたらこのせいで

少し列が伸びてしまったかもしれない

それは少し申し訳ないなと思いながら

店員さんを待つ


それからさらに数分後

奥の方から店員さんが戻ってきた


「大変お待たせいたしまして申し訳ございません

こちらのお飲み物をご用意いたしますので

この容器をお持ちになって

あちらの受け取り口でお待ちください」


「あ、ええと

お代はどうしたらいいですか」


「お、お代なんて結構でございます

そちらの容器を受け取った方

限定のサービスでございます 」


「わかり ました

ありがとうございます」


「こちらこそ

本日は当店にお越しいただき

ありがとうございます」


店員さんに見送られて受け取り口に向かう

おすすめの1杯ってどんなのかな

そういえば

レシートも無くて番号とかも聞かされてないけど

本当に大丈夫だろうか

半信半疑のまま歩を進める


コーヒーを作る店員さんを眺めていると

1人

他の店員さんとは違う色のエプロンを着た人がいた

その人はどこか横顔に見覚えがある

自然とその人を目で追っていた

急に心拍数があがってきたのが自分でもわかる

気づいてしまった

その人は私の方に向かって

作りたての飲み物が入った容器を手にやってくる

正面から見たらもう疑いようもない

あの人だ

そしてあの笑顔だ


「今日は僕のお店にきてくださって

ありがとうございます

店長の楠木です」


「店長

くすのき さん」


「はい

こちらはおすすめの

…〜…です


それから」


彼は私におすすめの

いつものあの味の飲み物を手渡してくれた

頭がまわらなず

言葉も全然出てこない


彼はおもむろに店内に片膝をつき

何かを後ろから取り出して

私の方に向けてそれを開けた

そして

まるで誰かに婚約を申し込むかのように

片膝を立てて真剣な眼差しが向けられる


「あなたの笑顔のおかげで

この数ヶ月を頑張ることができ

こうして無事にお店をOPENできました

僕と結婚を前提にお付き合いしてください」


「…はい」


あれ?

私、今「はい」って言った?

胸が張り裂けんばかりに高鳴る鼓動で

自分が何を言ったのかわからなくなる


店内で私たちの様子を見かけた客や店員たちからの盛大な拍手で

私が肯定したんだということを知らされる


彼が立ち上がり

私の指に何かをはめる

指輪だ

奇跡的に

まるで私のためにあつらえたかのように

私の指にぴったりとはまる


「ありがとう

これからどうぞよろしくお願いします

成橋さん」


驚いて指輪が入っていた箱を見ると

『K to N』の文字

少なくともこの指輪を用意する時には

すでに私の苗字を知っていたようだ

心当たりはある

1か月ほど前に友達が後輩に聞かれたと言っていた

その後輩にはそのうち感謝のお礼がしたい

それよりも


「楠木さん

私は成橋 蓮美といいます

これからどうぞよろしくお願いします」


「隼と書いて『しゅん』と読みます

楠木 隼です

連絡先の交換もまだでしたね」


そう言って微笑む彼は私の知っているあの笑顔だ

連絡先を教え合い

ようやく私の鼓動がおさまり始めた

彼は新店OPENで忙しいので

連絡をし合うと約束して彼のおすすめを片手に席に着く

彼はコーヒー作りをしながら

店内を見回しテキパキと店員さん達に指示をしたり

自ら片付けや清掃をこなしていく

私を見つけるとあの笑顔で軽く手を振ってくれて

私も笑顔で手を振り返す



きっかけはよくあるコーヒーショップ

呪文のような飲み物と笑顔


付き合い始めた2人はまだお互いに何も知らない

これからはお互いのことを

じっくりと時間をかけて知り合って

2人の関係を深めていけたらいい


あなたも

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を飲んでみませんか


素敵な思い出に浸りながら

あるいは素敵な思い出を作りながら

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エクストラショットキャラメルエクストラソースキャラメルマキアートアーモンドミルク変更withチョコレートソース アルターステラ @altera-sterra

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