第4話 ワルミちゃん召喚

 ワルミちゃん。

 優羽さんの双子の妹。

 もっとも俺にしてみれば、優羽さんがワルミちゃんの双子の姉という感じだった。

 優羽さんが嫌いというわけではなく、そもそも彼女との接点が無かったように思う。


 家が隣ということもあり晩御飯を食べた後は彼女たちの家に遊びに行くのが日課になっていたのだが、そんなときも優羽さんは自室にこもって真面目に勉強をしていたようだ。

 だから俺はワルミちゃんと遊んだ記憶しかない。


 ワルミちゃんは優羽さんと違い言葉遣いは乱暴で少しワガママなところもあった。

 けれど内面はとても良い子で、いつも優羽さんのことを気にしていた。


 「ワルミはどうしようもない」と、たまに会った優羽さんは口癖のように貶す。

 一方で毎日のように「優羽は良いやつなんだ」と褒めるワルミちゃん。

 俺は自然とワルミちゃんに惹かれていったのだ。


 ◇◇◇◇◇


「なに? どうかした?」


 廊下で動かなくなった俺が気になったのだろう、優羽さんが不思議そうにこちらを見てきた。


「あ、いや、ワルミちゃんはいないのかなって。お出掛け中?」


「……ワルミ?」


 彼女は首をひねっている。


「うん、ワルミちゃん」


 優羽さんの反応の薄さにぼんやりとした不安を感じつつも、言葉を繰り返す。


「……わ、ワルミ!?」


「な、なに、どうかした?」


 優羽さんが驚愕の表情でこちらを見てきたので、こちらまで動揺してしまった。


「え、ちょっと待ってナオ君。ワルミってワルミのこと言ってるの?」


「う、うん」


「ワルミがどこにいるか聞いてるの?」


「うん、そうだけど……」


 これ、なんの問答だろう……。


「え、ええー、昔の黒歴史を持ち出されると、ちょっと恥ずかしいな。ナオ君、結構意地悪だね」


 優羽さんは妙にわたわたとしていた。


 だが不思議と焦っているという感じではなく、むしろ余裕があるように思える。 

 実際、照れたような笑顔が可愛らしいほどだ。

 そんな優羽さんは両手を胸に持っていき、首を軽く傾けながら優しく俺を見てきた。


「えーと、じゃあ、ワルミは今、私の心の中にいますってことで」


 どういうこと?

 ボケかな?


「俺、優羽さんの心の中にいるワルミちゃんとお話したいな」


 俺はボケには乗るほうだった。


「え!? あ、うん。ちょ、ちょっと待ってて」


 そういうと彼女はすーはーすーはーと深呼吸を始め……。

 そしてパアンッと自分の顔面を叩いた。


「よしっ、じゃあ行くよ!」


「あ、うん」


 そんなに気合いが必要なのか。

 なんか申し訳ないな。


「ワ、ワタシ、ワルミ! ヒサシブリネ! ……ど、どう?」


「どうって聞く時点でおかしいと思うけど……」


「くううっ! 昔すぎてワルミのキャラ、よく覚えてないっ」


 優羽さんは頭を抱え、体をくねらせている。

 正直、彼女がなにを言っているのか分からなくなってきた。


「えっと、うん、ごめんね。そういうのではなくてさ。本当にワルミちゃんがどうしてるのか知りたいんだ」


「ん?」


 優羽さんは顔を上げ、こちらをじっと見ている。


「もしかして……意地悪じゃなくて、ホントに聞いてるの?」


「ごめん、意味が分からない」


 意地悪ってなんだ?

 ワルミちゃんがどこにいるか聞くのが意地悪……?


 優羽さんは再び顔を伏せると、モジモジし始めた。


「いや、だから、そのー、ワルミは子どもの頃の恥ずかしがり屋な私が生み出した、もう1人の人格っていうかー」


「ん? ……え!? ……いわゆる二重人格ってこと?」


「ん、んー、そういうのでは無いんだけど、まあそんな感じ」


 説明を諦めたように、投げやりになる優羽さん。

 結局よく分からない。

 分からないけれどそのまま放置はできなかった。

 だって、ワルミちゃんに関することなのだ。


「もう1人の人格ってどういうこと? 双子って聞いた気がするけど、違ったの?」


「うん、ごめん。双子っていうのは冗談というかなんというか……。私とワルミ、同時に会ったことないでしょ?」


「……無い。確かに無い。いつも、『出掛けてる』とか、『部屋で勉強してる』とか言ってた」


「まあ、当然だよね。あくまで私の内面での話であって、実際に2人いるわけじゃないから」


「……本当、なの?」


「うん。嘘だと思うのなら、皆にも聞いてみたらいいよ。そもそも自分の子どもにワルミなんて名前つけないでしょ」


 まだ信じられないが、優羽さんが悪ふざけで言っている訳ではないのは分かる。


 いや、しかし、だからって、急にそんなこと言われても……。

 ……優羽さんとワルミちゃんは1つの身体を共有する、二重人格のようなもの?


 ……ん、待てよ? 

 そうなると……。


「えっと、じゃあ……」


 聞こうとして言い淀んでしまう。

 この質問を肯定されると、かなり気まずい。


「なに? なんでも聞いてよ。今さらウソなんてつかないよ」


 優羽さんの微笑みを見て覚悟を決める。


「2人って記憶も共有してるの? 例えば、俺がワルミちゃんにした内緒話ってもしかして……優羽さんにも伝わってた……?」


「……」


 優羽さんは無言で遠い目をしている。


「優羽さん……?」


「…………」


 呼びかけても、反応が無い。

 こ、これは、まさか……。


「やっぱり、優羽さんにも秘密の話が伝わって――」


「まったく! いっさい! かけらも! 伝わってないよ、だって人格が違うからね」


 優羽さんは妙に早口でそう言ったあと、こちらを見てにっこりと笑った。


「私のこと、信じてくれるよね?」


「う、うん」


 実際ワルミちゃんならともかく、優羽さんはウソをつくタイプでは無い。

 彼女がそう言うなら、そうなのだろう。


「なんで、そんなことが気になったの? 私に知られたくない内緒話をワルミとしてたのかな?」


 彼女の疑問は当然だとは思うが、内緒話なのだから答える必要は無い。

 無いのだが……。


 ワルミちゃんについてなにも知らないことに気付いたせいだろうか。

 今の俺は誰かに話を聞いてもらいたかった。

 それが、優羽さんだとしても。

 いやむしろ優羽さんだからこそ、か。


「……俺、こっちを引越す前にワルミちゃんに告は――、いや話をしようと思って、本人にも言ったんだ。引っ越しの日、大事な話をするからねって。でも……」


「……お別れするときにいたのは、ワルミじゃなくて私だった」


「うん」


 さすがに当事者なので、優羽さんにも話が分かったらしい。


「でも、そういうことだったんだね。身体が1つだからワルミちゃんは出てこなかった、ただそれだけだったんだ。俺てっきり避けられたのかなって思ってたよ」


「ふふ、ナオ君のこと避けるわけないよ。あのときは私が身体を独占してたからね。ワルミにもナオ君にも悪いことをしちゃった」


「いや、そういうことなら仕方ないって。なんていうか、事情が分かって安心できたよ。……ところで、ワルミちゃんとも話したいんだけど、今は会えない感じかな?」


「今すぐは無理かな。いや、私も出せるものなら出したいんだけど、変に難易度が高いというか。無心になればいけると思うんだけど」


 彼女はうんうん唸っている。

 確かに別人格を呼ぶ、というのは大変そうだ。

 ワルミちゃん自身が出ようと思うまで気長に待つしかないのだろう。


 などと考えていると、優羽さんが俺の顔を覗き込んできた。


「あの、ちょっと聞いていい? その大事な話は私にはできないのかな? ワルミじゃないとダメなの?」


「そりゃあ、優羽さんにはこの話はできないよ。身体は一緒でも、人格が違うんでしょ?」


「……私からワルミに伝えるから」


 右手で自身の胸をポンポン叩きながら言ってくる彼女。

 俺の返事は変わらない。


「ワルミちゃんにしか言えないよ」


「いや、ほぼ本人みたいなものだし」


 なんだか押し問答になってきた。

 けれど、どんなに求められても拒否する以外の選択肢がない。


 ワルミちゃんへの告白を優羽さんに伝えられるわけがないのだ。


「そう言われても、無理だよ」


「私、ワルミ。今の私、ワルミ。交代しました」


「いやワルミちゃんはそんな喋り方じゃないよ」


 さすがにうんざりしながらそう言うと、彼女の態度が急変した。

 駄々をこねるように地団太を踏み出したのだ。


「もー! なんなのそのこだわり! 私がワルミだって言ってんじゃん!」


「!?」


 思わずハッとした。

 乱暴な口調。

 子どもっぽい仕草。

 それでいてどこか恥ずかしそうな表情。

 ま、まさか!?


「わ、ワルミちゃん、なの?」


「え?」


「ワルミちゃんだよね? 優羽さんはそんな乱暴な言葉使わないし、駄々をこねたりしないし」


 そう言うと彼女の表情が変わるのが分かった。

 フッと天井を見上げ顎に手をやり、なにかを考えているようだ。


 やがて彼女はゆっくりと顔を下ろすと。


 こちらを見てニヤリと笑った。


「そ、そうだよ、気づくのが……おせーんだよ!」

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