第23話「待ち人、すぐきたる」
この世で一番美味しい物はなにか?
決まっている。隠れて食べるおやつだ。
見つかるかもしれないというスリルが調味料となり、ミッションをコンプリートした時の達成感がアクセントとなる。
皆で分け合う食事? 素敵な仲良し空間?
野生の世界にそんなメルヘンは存在しなかったぞぉ!
だからこそ蜜の実制度作ったんだしな。あれ無かったら俺のいた群れ、実の取り合いとかしてただろうし?
『……と、言うわけで……今俺は、厨房に1人で潜伏しておりま~す……』
俺ことカクリポーターは、昭和からのお友達であるところの寝起きドッキリみたいに息を潜めていた。
自分で言った通り、場所は厨房。料理長を中心に、数人の使用人が慌ただしく動き回っている。
時間帯は夕食前。今回のメインはパンで、スープがコトコトと蓋を奏でながら煮詰められている。
こんな中でも、給仕の姉ちゃんの動きはやはり凄いな。よどみないというか、機械的というか。
『さぁて……皆が忙しく働いている間に、美味しい物を頂いてしまいましょうねぇ~……』
俺の狙いはただ一つ。ノンブルグで採れた新鮮な人参だ。
今の俺は、人参という名の財宝を狙い、警備をかい潜る一匹の怪盗なのである。
『右よ~し……左よ~し……Go!』
よくよく観察していれば、一瞬の間、使用人達の視界が切れる空間が発生することがある。
俺は、その瞬間を見逃すことなく、死角から死角へ体を滑り込ませていく。
時には物と物の間に体を滑り込ませて潜伏する。俺のことをデブとかなんとか言うやつもいるが、基本兎は体が柔らかいから、ある程度の隙間には入り込む事ができるのだ!
まぁ、この前坊っちゃんから肉がはみ出てるとか言われたけど。
『へっへ……楽勝じゃねぇの』
人参が入っている籠の下に陣取った。
つまるところ、料理長の近くにいるということである。コイツの目を欺くのは、いくら俺でも骨が折れる。
だが、そんな俺が料理長達の調理中に忍び込んだ理由が2つある。
1つは、給仕の姉ちゃんが働いてる時間だから。あの給仕の姉ちゃんは、何もしてない時はかなりの確率で俺を追いかけ回してるからな。それじゃあこうして忍び込む事もできない。
この場合、給仕の姉ちゃんに見つかったら腹モニもにコースに突入するリスクがあるが、そこはそれ。ハイリスクハイリターンって奴だな。
そして、もう1つの理由は……
「やぁ、いい匂いだねぇ」
「ほ、これはこれはお館様!」
「いつもすまないねぇ、つい匂いを感じるとココに来てしまうんだよね」
そう、この瞬間だ。
この夕食前の時間帯は、食い気溢るる観覧者が多発する時間なのである。
だいたい5割チビっ子、4割おっさん、残りが坊っちゃんとお母ちゃんといったところか。
「今宵は
「いいねぇ、最近は米が続いたし、緩急が欲しかったんだ。流石は料理長」
「お褒めにいただき恐悦至極!」
おっさんと料理長が長々と会話している。
これはまさにビッグチャァンス!
「……フスッ」
俺は、即座に小さくジャンプすると、その角で籠から頭を覗かせている人参ちゃんをスナイプした。
まさに一瞬。深々と突き上げられた愛しき
角からそいつを抜き、口にくわえればミッションクリアである。
まさに神業! 自分の才能が恐ろしいとはこのことであろう!
『ふっふっふ……さて、あとはのんびり……』
どこかで食べよう。そう思っていた俺だったが……一瞬、体が震えた。
悪寒、だと?
「っ」
抗いがたい圧迫感を感じ、周囲を見渡す。
右、左……背後。
そして、ゾッとした。
「…………」
そこには、顔だけ出してじっとこちらを見つめる、給仕の姉ちゃんがいたのである。
その目はまさにシリアルキラーのそれ。責めるでもなく、蔑むでもない空虚な瞳孔が俺の心臓を掴んで離さない。
この世ならざる何かに見られているかのような、圧倒的恐怖が俺を包む。
「……フ、フシッ」
俺は即座に、前足で3を作る。
「…………」
給仕の姉ちゃんは、1を指定し、その指をクイクイと曲げる。
は、腹揉み一時間、だとう!?
馬鹿言ってんじゃねぇ、あれはもうコリゴリだ!
「フシッ、フシッ」
30分でだめなら、坊っちゃんの頭ナデナデ権も譲渡してみよう。
だが、それだけでは給仕の姉ちゃんは納得してくれない様子だ。
「…………」
このジェスチャーは……チビっ子とのダブルご奉仕をご所望、だと?
クッ、こいつ、なぜ俺が皿を割ったチビっ子を目撃し、一度だけ言うこと聞かせる権利を持っていることを知っているんだ……!?
これでは、チビっ子に対する防衛手段を失うことになる。
だが……
「……フス」
「…………」
俺は、それで了承した。
このまま給仕の姉ちゃんが条件を釣り上げれば、破滅するのは目に見えてたからだ。
クソ、俺としたことが、してやられたぜ……!
「それじゃあ、楽しみにしてるよ?」
「はい! お待ちいただける分以上の働きをしてしんぜましょう!」
ふと、向こうでおっさん達の会話が終わるのを感じた。
くそっ、本当にここまでだな。
俺は給仕の姉ちゃんに了承のハイタッチを入れると、即座にその場を後にする。
今回は、まごうことなき俺の敗北である……やはり、奴は強い。
廊下の隅にて食べた人参からは、勝利という隠し味が消えていたのは、言うまでもない……
◆ ◆ ◆
「それで、今回君たちを呼んだのは他でもないんだけど……なんでカクくんとテレサはメイド服なんて着てるんだい?」
「な、なんでもないわ! お父様!」
「フシッ、フシッ」
(あ~、給仕のお姉さんかぁ)
次の日。
俺とチビっ子は、メイド服に着替えさせられ、あまつさえそれをおっさんに見られるという恥辱を味わっていた。坊っちゃんの視線が痛い。
なんてったって、給仕の姉ちゃんに絶賛ご奉仕中に招集がかかってしまったんだからしょうがない。
領主の娘に対して、自作したメイド服に着替えるよう無言で促すあの姉ちゃんは、文句なしにこの館で一番ヤバイやつだ。
俺に対してまでメイド服を作っておくとは、本当に侮れない姉ちゃんである。
恥ずかしさと悔しさで、俺の尻尾を頻繁に踏んできたチビっ子を見ながらワインを揺らすあの姉ちゃんの光景は、今夜夢にでそうな程に支配者であったといえよう。
「お、お父様、いいから続けてちょうだい! ね!?」
「う、うん、そうだねぇ。わかったよ」
まぁ、そんな細字は置いておいて、本題に入ろう。
おっさんは、キョトンとしながらも話題を優先し、俺たちに向き直る。
「えっと、もうしばらくすると冬が来るよね。秋は短いから。その前に今回、お客さんがくるんだ」
「お客さん、ですか?」
「そう、クロード男爵が顔を見せにくるんだよ」
誰だそれ。
『この領地から少し離れた領土を管理してる男爵さんだよ~。お父様と友達なんだ』
はぁん。なるほどなぁ。
そのなんとかって男爵がここにくる、と。なんでだ?
「どうにも、お米と工芸品を是非とも見たいってお話でね。断る理由もないし、我が家でもてなすことにしたんだよ」
「米の情報を、他の貴族に漏らすので?」
「そうだよ。実際に食べてもらうのさ。有用性がわかれば、彼にも買ってもらえそうだからねぇ」
つまるところ、横の広がりを強化して、米で稼げるようにしたいと。
貴族だねぇ。
「テルム、テレサ。彼の子供もやってくるから、是非相手をしてあげてほしい」
「えぇ、わかりましたお父様」
「わかったわ!」
「……メイドはしなくていいからね?」
「も、もうっ!」
おっさんジョークにチビっ子が赤面し、坊っちゃんが笑う。
この雰囲気、嫌いじゃねぇ。
なんとかって貴族も、この家族と仲がいいってんなら、特に警戒することもないだろう。
と、言うわけで。俺らはその時にそなえて、準備を余儀なくされたのであった。
けど、俺に課せられた「ダイエット」って、もう時間的に遅い気がするんですがどうでしょう!?
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