第22話「冬を前に来た春」

 

 それから、秋の暮までのお話。


 俺としては、もう町の為にどうこうなんてつもりは微塵もない。

 米も食えるようになった、遊び相手もできた。

 これからも美味い野菜をたらふく食えるし、昼寝ポジションも開拓できた。


 となると、もう後は冬の時期をぐうたらして過ごすしかない訳で。


 俺は全てを他人に任せ、自分ではほとんど何もしない自堕落な日々を送っていた。

 食って出して寝る。命の危険無し。三食確約の最高級環境。

 まさに人生を謳歌するには最高の条件が揃っているというものだ。



『あ~……幸せだぁ』


『……本当に、ダメな男だねぇアンタは』



 屋敷の屋根の上にて。

 寝転がる俺の隣に腰掛けているのは、先程までおっさんと話していたナディアだ。

 念話を自前で使える魔物は、こうして自分から交渉にも出向く。今回は盗賊ギルドと、領主一家との関係を見直すための会議を行っていたとかなんとか。



『お~ナディア。まぁ座れよ、ここは今の時期いい塩梅なんだ』


『まぁ、確かに日が気持ちいいがねぇ……ちと風が寒くないかい?』


『そうか?』


『……あぁ、更に肉が……』


『確かに少し肌寒いかもしれねぇな! うん、ここにいたんじゃ風邪引いちまう!』



 まったく、デリカシーの無い女だ。

 確かに俺はここ最近だらけているが、それにしたって運動もしているのだ。太る訳がない。

 町に散歩にだって行く。チビっ子からも逃げている。給仕の姉ちゃんからも隠れている。

 なんなら、元居た群れの連中が時々こっちに遊びに来るもんだから、その相手もしなきゃならん。これ以上の運動は体に毒ってレベルだ。



『それよりっ、お前がこうして家にいるって事は、話が通ったと見て良いんだな?』


『……あぁ、通ったさ』



 話の急な方向転換にため息をつきつつ、ナディアは書類を取り出した。

 そこには、オッサンのサインと、後は誰かよくわからんサインが記されている。



『盗賊ギルドと、アッセンバッハ家の関係をより綿密に……まぁ、「お抱え」にする契約だね』


『これでお前らは、大本の盗賊ギルドから離れて、ここに根を張ることになるんだな?』


『あぁ、そうさ。本部には盃を返して、アタシらはここで一つの組を立ち上げた事になる。んで、そのバックにアッセンバッハ家が座って貰うことになったってわけさ』



 盗賊ギルドは、けして犯罪者の集団ではない。ある程度人の多い場所では確実に起こりうる、闇の部分を取り締まる組織だ。

 賭場の経営、密輸品の管理。目先の儲けに目が眩んだ馬鹿共の処理。エトセトラ。


 全て、対処が必要な事だ。

 だが、後ろ暗い事をしているのは確かなわけで……こういった組織には、確実にバックがついてもらう必要がある。



『でもよ、良いのか? こっちに鞍替えなんてよ』



 今までナディアの組織にいたバックは、この町とは別の都市にいた大物組織だったという。

 そんな所に盃返すって、結構大変かつ勿体無いことなんじゃないのか?



『ハッ、心配いらないさ。向こうの偉いさんの1人には貸しがあってね。その伝手を使わせて貰ったから楽に進んだよ』


『詳しくは聞かないでおこう』


『それがいいさ。……それに儲けについては、あそこに上納しながら過ごすよりも、ここで領主様のお抱えやってた方が儲かると判断したからねぇ』



 ふぅん、思い切ってるなぁ。

 まぁ確かに、ホーンブルグは最近、他領からの商人が多くなってきてる。

 職人達の工芸品が目をつけられているって話だ。……あとは、もちろん米だな。


 冬が訪れる前までに、なんとか情報を集めたい連中がわんさかいるみたいだ。そう考えると、今のホーンブルグなら盗賊ギルドも甘い汁を吸えるだろうな。



『ギルネコとも話しは通してるし、情報の管理は徹底させてる。ホーンブルグ発展の秘密を握れるのは、等分先だろうよ』


『怖いねぇ、そこまでやった上で向こうを切った訳だ』



 米と、それに合うオカズという、美味い飯。

 ギャンブルという、大勢がのめり込む娯楽。

 コマを中心とした、土産にピッタリの工芸品の数々。


 うん、この町が潤う下地はもう出来上がってるわけだ。

 各ギルドとの仲も良好。アッセンバッハ家を中心に、全てのギルドが手を取り合っている。

 これは……本格的に、俺は隠居していいな! 



『ま、なんにせよこれでアタシらは身内みたいなもんだ。いつでも話し相手になってやるさ』


『へいへい、嬉しい限りだよ』


『アタシとしては、アンタにはもっと喜んで欲しいんだがねぇ……こんな別嬪べっぴんがいつでも押し倒せる位置に来たんだよ? 男を見せてみたらどうさね』


『馬~鹿。いい女に言い寄られるようになったら、それは男としての死期が近いわけ。俺はもう少し遊んでいたいんだよ』



 まったくもって勘弁して欲しい。

 コイツの目的は俺の頭ん中にある情報だろうに……一々誘惑してきてたまったもんじゃない。

 抑えるこっちの身にもなれってんだ。ただでさえ兎は年中繁殖可能なんだぞ?



『まったく、強情だねぇ……こちとら冗談半分で口説いてる訳じゃないんだよ?』


『わぁったわぁった。今度町一番の料理人のディナーに招待してやるから我慢しろ。ついでに月を見上げての一杯と洒落込みゃあお前も満足すんだろ?』



 まぁ、欠点は料理が出てくるまでがクソ長いって点だけどな。うん、デートとしては致命的だな?



『……どこまでが本当なんだか。ま、いいさ、期待してるよ?』


『へ~いへい』



 これ以上コイツに誘惑されたら自分の中の何かが飛びそうだ。

 俺は逃げるように立ち上がり、実際逃げに出る。



『じゃ、俺は坊っちゃんを探してくるわ。お前も気をつけて帰れよ?』


『……アタシを誰で、ここをどこだと思ってんだい。雷にでも打たれない限り、この町で死ぬことなんざありえないさ』


『はっは! 違ぇねぇ。んじゃ~な』



 窓枠に体を滑り込ませ……ふんっ、ふんっ!

 ……す、滑り込ませ、屋敷の中に入る。大丈夫だよな。歪んでないよな?

 俺はそのまま、坊っちゃんを探して廊下を歩くのだった。



『……まったく、ダメな男に引っかかっちまったもんだねぇ』



 ……念話漏れてんぞ。本当に……勘弁してくれぃ……。






    ◆    ◆    ◆






『つうわけで、俺ってば種族もわからない美人な兎さんに言い寄られて身を固められかねないんだけど、坊っちゃん何とかしてくれない?』


「……らしいです。ねぇカク、10歳の子どもに相談する内容じゃなくない?」



 男どものぶっちゃけ部屋、つまる所の大浴場にて。

 俺を抱きながら湯船に浸かっていた坊っちゃんが、頬を赤らめながらそっぽを向いている。その火照りは、湯で火照った事だけが原因ではないだろう。

 とんだ純情ボーイめ。大人の恋愛事情にどう対応していいのかわからんのかもしれんが、日ごろあんだけ歳からかけ離れた仕事しておいて今更な言い分だと思うぞ。



「ふぅむ、向こうからまっすぐ好意を伝えてきてくれるなんて、男として感無量じゃないかい? 特に彼女は凄腕だしね。玉の輿って奴じゃないか」


「フス……」



 坊っちゃんを後ろから抱きながら、ゴウンのおっさんが責任感のない事をのたまった。

 この風呂は少々底が深いからな。おっさんの膝に乗るくらいがちょうど良かったりするらしい。



『つってもなぁ、向こうは俺の頭ん中が目当てだろうし~』


「カクってば、それを言い訳にしてない? ナディアさんとはお話した事あるけど、カクの話題になるとすごく嬉しそうな顔してるよ?」


「ふむ、そうだねぇ。何を言い訳にしているかは知らないけど、確かに彼女は君にご執心だってわかるよね」


『ぐっ……』



 少々痛い所を突かれたもんだから、誤魔化すように体をもぞつかせる。

 お腹に尻尾が擦れるもんだから、坊っちゃんが「んふふ……! や、やめてよぉっ」と身をよじる。その坊っちゃんの尻がおっさんの腹に擦れて、更におっさんが笑う。

 1アクションで2人の口を塞いでしまう俺。まさに有能。



「はっはは、まったくお茶目だなカクくんは。……まぁ、気持ちはわからなくもない。理解の及ばない相手が、自分に好意を向けてくるというのは少々怖い所があるだろうしね」


「理解、ですか?」


「魔物としての本能だろう。カクくんは無意識の内に、彼女が絶対的に自分以上の強者であると悟っているんだよ。それこそ、どう足掻いたって勝てない、服従するしかないってレベルの差であるとね」



 む……痛い所を突かれたな。

 確かに、ナディアは自分の事を隠している。しかし、絶対に隠せないのはその威圧感だ。

 あいつは、俺なんぞとはかけ離れた何かを纏っている。そんな奴と一緒になったら、一体どんな恐ろしい新婚生活を送る羽目になるのやら……!



『きっと、いつまでもぐうたらしてないでゴミ捨てくらいしろ~とか、こっちが稼いでやってるんだから家事は任せた~とか言われるんだ……! そんなんもう、人生の墓場じゃないか……!』


「えぇ……そんな事を不安に思ってたの……?」


「なんだい、やはり捕食されるかもしれないという恐怖かね? 基本的に野生の生き物は、強者からは逃げるか服従するかだろう?」


「いえ、お父様。カクは結ばれてからもぐうたらしたいだけみたいです……」



 えぇ……とおっさんが可哀そうなものを見る目で俺を見てくるが、知った事ではない。俺は真剣に憂いているのだ。



「僕はてっきり、まだミトさんの事が好きなんだとばかり……」


『いや、あいつはもうスケの女だからな。未練はねぇよ? 俺よりずっと幸せにしてやれるって確信もあるしな』


「ふぅむ、しかし、狙いを定めた女性からは逃げられないものだからなぁ」



 感慨深げに息を吸ったおっさんの腹が大きく膨らみ、ぼっちゃんの肩から胸元にかけてが湯から浮かび上がる。

 鎖骨にたまった湯が水滴となり、一定のラインをそって体を滑り落ちていき、俺の毛皮に消えていく。



「私も元々、ネアに言い寄られて結婚した口だからよくわかるよ。外堀を埋められていき、最終的には頷くしかない状況にまで持ち込まれてしまった。あの時の彼女には、恐怖すら覚えたものだ」



 え、なにそれコワイ。

 おっさんが恐怖するほどのアプローチって、いったい何をしたのお母ちゃん……?



「それは、知らなかったです」


「そうだろうね。エアはあの時の事を話したがらないから。……僕は最初、彼女に求婚してくる男の申し出を断る為に私を指名していただけだと思って断っていたんだけど、彼女はそんな私の態度が腹に据えかねたみたいでねぇ」



 たはは、と頬をかきながら語るおっさんだが、その言葉の端々にのろけの気配が感じられる。

 おい、こいつ息子の前で色々自慢を始める気だぞ。



「結局、私の前で彼を思い切りフッて、私に幸せにしてもらうと言ってのけたんだ。彼もその言葉に感銘を受けて、必ず幸せにしろ、しないと殺すとか言うもんだから……」



 あ、これ違う、のろけじゃない。

 おっさんの体が、坊っちゃん越しに少し震えているのがわかる。

 お母ちゃんとの思い出を通して、復活した恐怖に耐えているんだ。なんてこった、やっぱり結婚は墓場じゃないか!



「お、お父様……」


「い、いや、紆余曲折あったが、今は僕もネアも心から愛し合っているよ。テルムやテレサも生まれてくれたし、とても幸せだとも」


「あ、ありがとうございます……!」


「まぁ、カクくんも同様に、強気な女性に目をつけられたんだ。私のようにのらりくらりとしていたら、いつか余計にキツイ縄でからめとられるかもしれないから、気を付けるんだよ?」


「フス……」



 うぅん、相談したつもりが、余計に不安になってしまった。

 とりあえず、どうやってナディアとの間に主導権を持てるかを考えた方がいいのかねぇ。

 ……まったく! 勝てる気が! しないな!



「ちなみに、テルムももう少ししたら、婚約者について考えないといけないから。そのつもりでねぇ」


「えぇ!? ま、まだ早いですよぉっ」


「こればかりは、貴族として生まれた義務だからねぇ。受け入れておくれよ」



 お、お、なんだ?

 坊っちゃんも俺と同じ悩みを持つようになるのか。それは良い。

 相棒同士、一緒に悩もうじゃぁないか。



「うぅぅ、お仕事してた方が気が楽だなぁ……」



 結局、この風呂場では答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。

 しかし、なんかこの3人の間で妙な共通点が出来た事が、少しだけ嬉しくもある時間だったのはたしかである。

 この一族は、男がマウント取られがち。しっかり胸に刻んでおくとするかねぇ……。

 

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