第20話「うさぎ印のクッキング」

 

『と、言うわけで! 米を使った新しい料理を作っていこー!』


「おーっ」


「んふふふ! 楽しみですねぇ楽しみですねぇ!」



 アッセンバッハ家、厨房にて。

 俺と坊っちゃん、そして久々登場の料理長は、テンションも高らかにそこに佇んでいた。


 え? 無法者粛清のシリアス展開はどうしたって?


 そんなん、さっさと坊っちゃんに書類提出して、おっさんに全てぶん投げましたよ。

 功績はぜーんぶおっさんと坊っちゃんの物。俺はなんも関係ない。関わる気ゼロ。

 そんなめんどくさい事するくらいなら、こうして美味いもん作ってるほうがずっとマシだね!

 という訳で、今回は久しぶりに米を使った料理をアッセンバッハ家にご提供させていただこうではないか。


 俺たちの目の前には、前回食べた玄米ではなく、見た感じしっかり白米っぽく見える米が置かれている。

 収穫の後、村長にかな~り人力な精米の仕方を教えておいたんだよな。臼に米入れてざっくざっく突いてくやつ。

 あれのおかげで、今目の前にある米は5割米くらいの見栄えになってる。これなら玄米程の臭みもないだろうし、美味しくいただける事だろう。

 ……ヌカも色々な事に使えるんだけど、俺にはそこんとこの知識は無い。ごめんな婆ちゃん、ぬか漬けの作り方、ちゃんと聞いとけば良かったよ。



「で、カク? 今日はどんな料理を作るのかな?」


『そうさなぁ、素直にチャーハンなんてどうよ?』


「チャーハン?」


「ちゃあはん、それは一体いかなる料理で?」



 炒飯。文字通り炒めた飯。

 簡単でありながら奥深い、男飯の代表であり、三ツ星シェフの登竜門。

 造り手によって良し悪しがはっきり分かれる、最もポピュラーで一番難しい中華であると言える料理である。



『……という感じに、飯を油で炒める料理だ。簡単なようで難しいから、米を結構消費すると思うんで今まで言わなかったんだよなぁ』


「だ、そうですよ」


「ふむふむ、いやはや確かに、聞くだけで腕を問われると理解できる難問ですな。して、材料は?」



 材料な。

 最低限、卵とにんにく……ここではガンクか。あと、塩コショウ。これで簡単な炒飯はできる。これ男料理の時な?

 けど、良いもので言えば玉ねぎとかハムとか入ってたんだよな。



「ふむふむ、卵、ガンク、塩……コショウ……」


「ほほ、胡椒こしょうとは。中々高級ですな」


 あ、そうか。この世界では、香辛料は貴重な感じだったな。

 この町では、炎の実しか辛いの無い。他の土地から輸入しているコショウともなれば、かなりの値段で取引されてたはずだ。

 うぅん、そうなると、チャーハンは厳しい訳で……。



『……せんべいに変更すっか』


「せんべい?」


『米ぇ使った菓子だよ』


「へぇ、お米はお菓子にもなるんだねぇ」


「なんと! それは是非とも物にしたいですなぁ! さぁさぁカク様、ワタクシめにそのせんべいとやらの作り方を伝授していただきたく!」



 OK。チャーハンはまた今度にして、せんべいにしよう。

 とりあえず塩せんべいでいいよな……はぁ、醤油が欲しいところだぜ。

 この世界、というかこの領地では発酵食品使ってるし、醤油も作れると思うんだけどなぁ。

 ま、いいや。今はせんべいだ。



『つっても、俺も自家製の余りご飯せんべいくらいしか作ったことないから割と適当にいくぜ~』


「ふふ、適当でも美味しいんだね?」


『そりゃもちろん』


「楽しみですなぁ!」



 せんべいは、だいたい餅から作られる。

 しかし、肝心のもち米が無い。だから本当に簡単なせんべいだ。

 ズバリ、炊いた米をすり潰して、丸めて薄くして焼く! この手に限る。

 俺も生前は、固くなった米をこれでパリパリせんべいにして食ってたもんよ。お供は緑茶で決まりだったな。



「ふむふむ、普通に炊いてよろしいんですな?」


『あぁ、炊いた後でぐっちゃぐちゃのどぅるんっどぅるんにすりゃあ良いんだよ』



 まぁ、そこまでどぅるんっどぅるんしたことないけど。



「……だ、そうです」


「ほほ、では早速作りましょう! 美味しく出来るに越したことはございません!」



 相変わらず物好きな奴だ。わざわざ手間をかけるんだもんなぁ。

 まぁ、料理ってのは手間暇で出来てるもんだからな。何も言うまいよ。

 ちなみに、既に我が家にはお米を炊くためのかまどと釜が出来上がっている。町の職人達が、坊っちゃんの描いた図から作り上げた一級品だ。

 既に町や村の食事処にも出回っているし、着々と米はこの世に浸透していると言っていい。



「米が炊き上がるまでは、他にせんべいの手順に何が必要かを教えていただきたく!」


「何かある? カク」


『そうさなぁ、塩と炭かな。直火で焼いたら焦げちまうから、余熱で炙るんだよ』


「そうなんだ。繊細なんだね」



 繊細というか、まぁ、わりと米もちょっとした事で焦げるし、その延長だよな。

 米を洗って火にかけている料理長を横目で見ながら、俺は林間学校で飯盒はんごう炊きのご飯を炭にまで昇華させていた石岡くんを思い出す。

 あの時は、全員が石岡くんに大ブーイングを送っていたっけ。

 それにブチ切れた石岡くんが、「だったら残さず食ってやんよぉぉ!」の声と共に炭に食らいつき、救急車のお世話になったことはいい思い出だ。



「さて……ではでは、お米をこねるというやり方について、事前に注意などございましたらば……」



 この料理長は、石岡くんみたいな愚を犯すことはないんだろうな。

 今でも、研修の頃のようにわからない部分を他人に頼っているんだから。

 それでいて、一回やったら完全にものにするんだから、やっぱコイツは脳のどっかがヤバイんだろうなぁ。



「……カク様?」


「カク?」


『あ、あぁ悪い。考え事してた。えぇと、とりあえず蒸したら熱いうちにだな~』



 料理長と坊っちゃんは、俺の説明にしっかりと耳を傾け、せんべいの作り方を暗記していく。

 ほんの少し、先生気分になれた。そんな時間であった。






     ◆    ◆    ◆





 

 せんべいは、料理長のおかげで最高の出来となった。

 炊いた後に蒸したもんだから、米のモッチリ感が違ったわ。

 餅みたいに臼と杵で突いて作る訳じゃなかったが、それでも餅としか呼べないくらいにどぅるんっどぅるんになってたもんな。

 熱い内にガンガンこねていく、料理長の手腕あってこそだなぁ……坊っちゃんは熱すぎて断念して、せんべいの形に整える仕事してたし。



『……で? そのせんべいってのがこれな訳かい』


『おうよ』


『はぁん……?』



 で、そのせんべいが、今俺の目の前にある。

 うん、どこからどう見てもせんべいだ。どこぞのサラダ味とかの奴がこんな感じの見た目してたし。

 んで、その山と積まれたせんべいを囲むのは、アッセンバッハ家の面々……ではない。



『んでぇ、なんでまたワッシらにこれを持ってきたんじゃ』


『美味しそうだねーっ』


『そうかい? えらく硬そうだがねぇ』



 ギルネコ、くま子、そしてナディア。

 町内魔物トリオ、俺を含めてカルテットの奴らがこの場には揃っている。

 この前場所を覚えた集会場。あそこにこのせんべいを持ってきたわけだ。

 何故かって? ギルネコよ。



『作りすぎたからだよ』



 そう、作りすぎたのだ。

 いくらせんべいが湿気らなきゃ日持ちするからって、俺達はいいやいいやで焼きすぎた。

 結果できたのが……机の上に広がる、複数の山脈だったのである。



『家族には人気だったから、味は保証するぜ。硬さは俺の好みで堅焼きだ』


『ふぅん……米ぇ使ってこんな事もできるんじゃのぉ』



 ギルネコは興味があるようで、鼻をひくつかせて匂いを確かめている。

 ナディアはその辺のブロックを肘掛けにして寄りかかり、興味は薄め。くま子は……あぁ、早く許可ださないと突貫しそうだな。



『ま、まぁ、食ってみてくれよ。領主のおっさんとしては、菓子屋にレシピでも売ってやりたい出来らしいんだけどな? 一応お前らの意見も聞いてみたいのさ』


『いいの!? 食べるね! いただきまーす!』



 俺が言うが早いか、くま子が数枚を掴み取ると、まとめてその口内に押し込んだ。

 ブァリゴリボリグォリ!! と、口ん中からしちゃいけない音が響いてくる。



『おいナディア引くな。あれは特例だ! 本来の食い方と違うから!』


『い、いや……なまりでも入ってんのかいあれ?』


『んなわけあるかい! ちゃんとした硬さと塩気を楽しむ菓子だっての!』



 ギルネコとナディアは引いちゃってるのか、せんべいに手を出そうとはしない。

 いやまぁ、あんな明らかに「歯ぁ、折っていいすか……?」的な音を聞いちまえば無理はないかもしれんが!



『ま、まぁ食ってみろよ。ほら俺も食うぞ?』



 手本として、一枚取って齧りついてみる。

 ……うん、ゴリッとしてていい硬さ。塩梅のいい塩気もたまらな……



『おいしーーーーーーーーーーぃ!!』


『ぶっふぉぉぉ!?』



 み、耳元で咆哮がぁぁぁ!?



『ギルネコくん、ナディアちゃん! スッゴクおいしいよー!』


『くま子が吠えるとは……美味いのは本当みたいだねぇ』


『んにゃ、退避してて正解じゃったの』


『お、お前ら……せめて、教えてから離れてろよ……』



 あ、頭の中でくまたんが俺の脳をベアハッグしてくるんです……なまじ感度の高い耳が、スッゴクいっぱい、音拾っちゃうんです……!



『よし、じゃあ食うにゃ』


『だね。ありがたくいただこうかい』



 瀕死となった俺を見もせずに、あの2匹畜生共は何事も無かったかのようにせんべいに手を伸ばす。

 くま子は言わずもがな、襲いかかるように食い始めた。

 お前ら……月のない夜道には気をつけろよ……!



『ほぉ、確かに硬いが、美味いもんじゃのぉ』


『いい塩梅じゃないかい。こりゃあ茶が欲しくなるねぇ』


『おいしいおいしいおいしいよー!』



 あぁくそ、ようやくまともに頭が働いてきた。

 そんな俺の視界の先には、猛烈に消費されていくせんべいの山が見える。

 おい、俺まだ一枚目の半分しか食べてないんですけど。



『く、くま子、おい! 食い過ぎじゃねぇ!? 一応お持ち帰りも考えて持ってきたんですが!?』


『おいしいおいしいおいしいよー!』


『ダメだよ、カク。こうなったくま子は止らんないさ。一応アタシらが食べてても取られたとは思わないから、今ここで全部食っちまおうじゃないかぃ』


『んにゃ。一枚はワッシの袋に入れておくわい。商人ギルドに見本は持っていけるから、後日話をしようかの』


『うぅむ……見誤ったなぁ。くま子が食で暴走するとは』



 仕方ない。こうして美味いことが伝わっただけ良しとしよう。

 これなら、おっさんや坊っちゃんがせんべいのレシピを売り出しにかかった時に食いつきがよくなるだろ。



『……ところで、ギルネコ』


『にゃ? なんじゃナディア』


『米が市場に出回るようになったんだ。これで民草は冬を越せるだろうし町も満遍なく潤うってもんだろう?』



 ナディアがギルネコに語りかける。

 このタイミングで金の無心……これはあれかな?



『……おみゃあが何を言いたいかはわかる。……まぁ、このせんべいを焼く道具も職人達に回せば差別なく経済は回るじゃろう。食品、工芸、この町が回す商法の両方が回るようになるのなら、ワッシからはもうとやかく言わんよ』



 ギルネコも俺と同じく感づいているらしい。肯定的な意見を返す。

 つまり、これで後顧の憂いは無い訳だ。ナディアのにんまりした顔を見ればそれがわかる。



『よぉし、ありがとうよ。……さぁカク、ここからは男と女でビジネスの話しと行こうじゃないかい』


『おいおい、昼間っからお誘いなんざ過激じゃねぇか』


『生憎と、昂ぶっちまったら抑えきれない質でねぇ? そこの隅でしっぽりと……なぁ?』


『まいったねぇ、こりゃあ断れそうにねぇ。満足して貰えるといいんだがなぁ』


『……おみゃあら、それわざと言っとるじゃろ? くま子の教育に悪い。よそでやりぃ』



 ハッハッハ。ナディアはノリが良いからついやっちまうな。

 まぁ、それはそれとして、せんべいはくま子がしっかり消費してくれるだろう。

 俺は俺として、もうひとつの案件をすませようか。

 

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