第三章

第19話「収穫の季節」

 

 風にひやりとしたものが混ざり始める時期。

 陽光が手加減を覚え始めた時期。

 木々が思春期と共に、化粧を始める季節。


 そう、秋である。


 冬を前に、大地と、その上に存在する全ての生き物が準備を始めるこの季節。様々な恩恵が発生することで有名であり、季節の中でこの時期が一番好きだと言う者も多いのではないだろうか?


 俺はというと、前世は秋、好きでした。

 なんたって、美味いもんがたらふくあったからね。秋の味覚を感じながらビールで一杯……会社疲れを慰めてくれるような、窓からの涼風も相まって至福の瞬間を迎えていたもんである。


 けど、転生してからは……うん、ちょっと苦手だった。

 だって、冬の前は生きるために必死に食い溜めしとかないといけない季節だったからね。

 野生においては、食うのをサボるってのはイコール、死を意味していたからなぁ。蜜の実を生産するようになったりもしたし……前世の知識を無自覚に使っていなかったら、坊ちゃんに拾われる前に死んでたかもしれん。


 そんな俺の中で、少しだけ評価が下がってしまっていた秋くんだが……事ここにおいては、その評価が爆上がりしそうである。

 だって、なぁ?

 これ見ろよ、オイ。



「豊作ってやつだね、カク!」


「フシッ!」



 一度はいもちの被害により、あわやといった所まで追い詰められた、ノンブルグの田んぼ。

 それが、今はどうだ。

 一面見渡す限りとはいかないが、町と村の食糧難をひっくり返せるくらいには数のある田んぼ。それを埋め尽くすは、先端の重さでこうべを垂れる稲穂の海だ。

 坊っちゃんに先を越されたが……今一度宣言しよう。


 初めての稲作は、大豊作だ!!


 そりゃまぁ、稲の育ち具合が不揃いだったり、日本の稲と比べたら痩せてたりはするさ。

 だが、今回が初の試みで、この量なのだ。土壌の良さや野生の稲の生命力が強いってのもあるだろうが、何よりも村の人々が頑張ったからこそここまでの成果に漕ぎ着けられたのである。

 その結果を、最上と言わずになんと言おう。



「いかがです、領主様、テルム様!」


「うん、見事だよ村長。ここまでよく頑張ってくれた」


「凄いです!」


「い、いえいえ、お二人の支援あればこそでございますとも!」



 坊っちゃんとおっさんの隣にいる村長も、相当に誇らしげである。おそらく今夜は宴でも開かれていい酒を飲むことだろう。

 俺からも直接、おつかれさんと言ってやりたい気分だ。



「ふふ、カクからもお疲れ様だそうですよ?」


「おぉ、これはこれは。ありがとうカクくん」


「フスッ」



 坊っちゃんめ、粋な計らいすんじゃねぇの。



「さぁ皆! 領主様よりお褒めの言葉をいただいたぞ! 後はこの米を収穫し、献上すれば一区切りだ!」


「「「おぉー!!」」」



 村長は声を張り上げ、若者達に声をかける。

 意気軒昂な村の男衆は、この一大プロジェクトが実を結ぶ事に安堵しつつ、歓喜の声を上げている。

 うんうん、いい光景だ。日本にいた時は、こんな風に誰かと一緒に一年通して何かを成し遂げたりはしなかったしなぁ。少し羨ましい。



「収穫の後に干す期間が必要ですが、ひとまずは1週間ほどを見ています。それで乾燥が足りないと感じれば、もう1週間増やす所存です」


「うん、ここまで来たんだ。我々も急かしたりしないから、しっかりと最期まで完璧な仕事を目指してほしい」


「はい!」



 うんうん、確かに、美味い米を食いたいのは確かだ。ならば、いつまでも玄米って訳にはいかんだろう。

 ここはひとつ、精米をこいつらに教えておこうかな。ヌカを取るのはゲームで見たし。



「それじゃあ村長。後は頼んだよ」


「おまかせください! よぉし皆! 収穫だぁぁ!」


「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」



 随分前から水の引いた田んぼに、農家さん方が足を踏み入れる。

 カマみたいな形状の刃物を使い、根っこの付近から稲を刈り取っていく。うぅん、本当に稲刈りを見ちゃってるよ俺。異世界で。

 ちょっと感動だわぁ。



「ねぇお父様、僕も手伝ってきていいですか?」


「ん、そうかい? それじゃあ私も一緒に行こうかな」



 坊っちゃんとおっさんも、この光景にずいぶん刺激されたみてぇじゃねぇの。

 うんうん、行ってきな。若い内にこういう経験してりゃあ、将来何かの役に立つさ。

 俺? 俺は即座に頭から降りて木によりかかってますよ。

 自分から疲れるなんて馬鹿のすることだからな!



「……カク、そういうところだと、僕は思うなぁ」


『人間様方の楽しみを奪いたくないだけさぁ。ほれ、行ってきな~』


「はぁ……まぁ、カクには助けられたから、とやかくは言わないけどさ? まぁいいや。そこで待ってるんだよ?」


『お~うよ。いってらっせ~』



 2人が、村長の元へ向かっていく。

 しばらく何かを話した後、刃物を持って稲に歩いていくのが見えた。

 それを見送り、空を見上げる。

 秋晴れの心地いい風が、俺の頬を撫で、稲の香りがそれに乗って鼻孔をくすぐった。

 人間が築いた、1つの文明の香りかと思うと、どこか感慨深いものがある。……なぁんて、偉そうに思いながら、俺は香りを肴に昼寝と洒落込むのであった。






    ◆    ◆    ◆





 

 んで、それからおよそ2週間。

 やはり一週間では乾燥に難ありということで、ここまでじっくり乾燥させたご様子。

 そんなノンブルグから、大量のお米が納税されました!



「うわぁ……凄い量ね、お父様!」


「うん、まだまだ運び込まれてくるからねぇ」


「本当に、夢みたいな光景だわ……」



 俺たちは、ホーンブルグの入り口にて米の到着を待っていた。

 そんな俺達の前に現れたのは、本当に夢のような光景。

 ノンブルグの荷馬車が数台、パンパンに詰まった袋を運んでいる所であった。

 ホーンブルグに運ばれて来たのは、全体収穫量のおよそ60%程。残りは来年のための種となり、また村民の腹を満たす恵みとなる。



『でも、6割も持ってって良いのか? 不満でねぇ?』


『村長と相談した結果だよ。ノンブルグは規模が小さいから、来年植える分を含めても春までは持つだろうって』


『ほぉん……』



 田んぼの数と収穫した量から見て、大量に思えるかもしれない。

 しかし、ここは田舎とはいえ町。そして、冬は長いのだ。

 おそらく、いや確実に、あの荷車の中の米は枯渇する。劇的に増えるのは来年からだろう。

 だからこそ、少しでも米を広める為に、多めに貰ったって事なんだろうな。



『それよりも、多めに取っておいて、町民だけでなく、行商人にもアピールできるようにするんだってさ』


『俺らが食う分減るじゃん!?』


『いや、まぁそうなんだけど。成果を王様に伝えない訳にもいかないから……』



 そんな念話をしていると、荷馬車の隣にいるなんかデカイ影が、俺に向かって手を振っている。

 あれは……くま子か? どうやら、護衛として冒険者が雇われているらしいな。

 あんな距離から俺を視認できるのかよ……やっぱ赤毛熊は、異常に狩りに適した生態をしているな。森の頂点というのも頷ける。



「おまたせしました領主様!」


「あぁうん、ご苦労さま。いやぁ、よくここまでの量を収穫できたねぇ」


「はい! 来年はもっと増やしてみせますよ!」


「ははは、楽しみにしているよ。いや本当にねぇ」



 村の代表として来た若者と、おっさんが合流し話し合っている。

 その間に、ホーンブルグの敷居を荷馬車が越え、米が町民にもお目見えと相成った。



「「「おおおぉぉぉ!!」」」



 その瞬間、湧き上がるはどよめきと歓声だ。

 当然だろう。美味さが認められながらも、長いこと枯渇していた米がようやく実り、この町へやってきたのだ。

 焦らしに焦らされた町民たちのボルテージは、凄まじい程に盛り上がっていると言っていい。



『カクー! すごいの、お米いっぱいきたよー!』


『おうくま子。護衛ご苦労さん』


『えへへー、褒めて褒めてー!』


『あーうん、めっちゃ頑張ったな。偉いよお前は』



 いの一番に俺の所に駆けてきたくま子。坊っちゃんが軽く引いてるが、俺が心配いらないと言えばなんとかその場にとどまってくれる。

 くま子はこの一大イベントで活躍してくれたらしいからな。俺としても全力で労ってやろう。

 前足で鼻っ柱をクシクシしてやる。まだ子供故にその毛は柔らかく、俺の前足を包み込んでくる。

 確かに、これは病みつきになる心地よさかもしれん。



『えへへへへー、カクに褒められたー!』


『ご褒美に、今度美味いもん教えてやるよ』


『ほんとー! わーい!』



 ……ところで、くま子が冒険者の依頼で護衛してたって事は、コイツは誰の契約獣なんだ?

 今回のイベント的に、結構上の立場っぽいんだが……。



『……カク、この赤毛熊は、冒険者ギルド支部長の契約獣だよ……』


『うぇっ、マジで!? 大物じゃん!』


『そうだよ……いつの間にか仲良くなっててびっくりしたよ』



 ま、まぁ、あの夏の晩に出会ってからいろいろツルんだからな。

 押し潰されかけたことだってあるし、抱き潰されかけたことだってあるぞ。

 ……泣いていい?



『あっ、ご主人様呼んでる! もう行くねー!』


『お、おう、またな』


『またねー!』



 走り去っていくくま子。その視線の先には、どうにもなよっとした眼鏡の男性がいる。

 くま子に抱きしめられて、なんか魂的なモノが出ちゃってる気がするけど、きっと気のせいに違いない。

 あれが支部長かぁ……人は見かけによらねぇなんなぁ。



「よし、これで最期かな? 皆、本当によく頑張ってくれた!」



 そうこうしている内に全ての米が町に入り、突貫で出来上がっていた米庫に運ばれていく。

 運搬してくれた村人達は、後を町民に引き継いで、おっさんの声を聞いていた。



「本当に感謝しているよ。僅かだが、宴の席も用意している。余った料理は村の皆に持っていって構わないから、たくさん食べて欲しい」


「「あ、ありがとうございます!!」」


「といっても、冬に備えて備蓄はしないといけないからねぇ。手加減はしておくれよ? 特にイートンくんは、今日持ってきた米を全て食べかねないからねぇ」



 イートン呼ばれた、やけに親近感の湧くフォルムの男性が「そんなぁ~」と呻き、周りの皆がドッと笑う。

 それにつられて坊っちゃんが笑い、伝染してチビっ子が、お母ちゃんが……町民達も笑っていく。

 あったけぇじゃねぇの。

 本当に、平和だ。この町にこれて、良かったと思える瞬間だわな。



『……まったく、平和ボケしてるねぇ』


『あん?』



 ふと、後ろを振り返る。そこには誰もいないんだが……視線を横に反らした、小さな路地裏。

 そこに、見知った顔がいた。



「ん、カク?」


『悪い、すぐ戻る』



 坊っちゃんの頭から飛び降り、そこまで向かう。

 その足で、そこにいたお客……ナディアに近づいていった。





    ◆  ◆  ◆






『よう、なんか用かい。わざわざこんな遠くから念話するなんてよ。そんなもん使わなくても、魔物同士なら会話出来るだろうが』


『なぁに、祭りにつけ込んでデートのお誘いさね』


『へいへい、だったら今夜ベッドでも予約しといてくれよ』


『贅沢な奴だねぇ』



 クスクスと笑うナディアの仕草は、一つひとつがどことなく色っぽい。獣フェチにはたまらんだろうな。

 かく言う俺も兎の本能持ちだし、そういうお誘いはホンマ勘弁してほしいんだがね。



『んで、冗談は差し置いて……お前が声かけてくるんだ。なんか大事な要件なんだろ?』


『あぁ、もちろんさ』



 ナディアは、小さく前足……コイツの場合は腕か。それを俺の前に差し出す。

 そこには、貴重な羊皮紙が数枚分、丸まっている。



『今回の件、米の収穫はまず、おめでとうと言っておくよ』


『あぁ、あんがとよ』


『だが、めでたい事ばかりじゃいられないってのは、わかるだろう?』


『あん?』


『……わかんないのかい?』



 わかんないも何も、おめでたいじゃないですか?

 俺が首を傾げると、ナディアは心底可愛そうな者を見る目で俺を見つめてくる。

 ちょっと止めてください。俺の中で何かが目覚めちゃうでしょうが!

 いや目覚めんけどな!?



『はぁ……お前さんは、あの少年と契約して正解だったねぇ……突飛な儲けを出すわりに、無能過ぎて笑えないよ』


『あれ、デジャヴかな? ギルネコにも言われたよ?』


『いいからお聞きな。新しい儲けの種はね、めでたいだけじゃなく、新しい敵も作り出すのさ。今回でいえばあの米だ』



 ナディアは、視線で米庫の方角を指す。

 俺もつられてそっちを見て、更に首を傾げた。



『はぁ……つまりだね。商人ギルドや、盗賊ギルド内にも、あの米を使って甘い汁を吸おうって輩がいるってことさ。たとえ、この領地を売ったとしてもねぇ』


『え、ダメじゃんそれ』


『もちろんダメさ、この町にはマダまだ伸びしろがあるからね。そんな真似はさせないよ。……領主様もそういった輩をリストアップさせるよう調査はしているが……全部は洗いきれていないのさ』


『え~と、つまり……その紙には、そんなオイタをする奴が書かれてると?』



 ようやく気づいたかい。と、ナディアが呆れる。

 うぅむ、えらい情報だ。これを坊っちゃんに渡しておっさんに提出すれば、後顧の憂いが断たれるわけだな。



『いや~悪いな! ありがとう!』


『お・ば・か。アタシャ盗賊ギルドの顔役だよ? ただで恵んでやる訳ないだろう』


『え~』


『コイツが欲しいんなら、なにか見返りを寄越すこったね。そうさな……そろそろ、ギルネコからも許可が降りるんじゃないのかい?』



 うぅむ、こういう取引は苦手だなぁ。

 けど、この書類は欲しいしなぁ。……多分ナディアは、新しいギャンブルをよこせって言ってんだろ?

 ……ん~……いや、考えるまでもねぇか?



『いいぞ』


『おや、あっさりしてるねぇ』


『それで違法なくらい稼いだら、お前の一派がそいつら粛清するんだろ? 裏の治安を守るってそういう事だよな? だったら俺や坊っちゃんの仕事が増えるわけでもねぇし、別にいいさ』


『ハハハ! 大物なのか愚かなのか判断に困るねぇ! まぁ信用されてるって事で、悪い気はしないさ』


『アイディア提出は後払いでいいよな? 説明しやすく纏めるからよ』


『あぁ、いいよ。甘い対応だろうが、アンタは心配いらないだろうさ』



 互いにニヤリと笑い合い、俺は羊皮紙を受け取る。

 うんうん、いいダチを持ってて俺は幸せだよ。



『じゃあな。ありがとよナディア』


『約束は忘れんじゃないよ』


『あぁ、デートは明後日でよろしくな』


『ふふ、ベッドの予約くらいはしといてやるさね』


『へいへいっと』



 軽口を叩き、俺達は別れる。

 一方は喧騒へ。一方は闇へ。

 こうして、町が波乱の展開に巻き込まれるであろうフラグは……始まる前から叩き折られたのであった。

 

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