3章:岩うつ波の

 月読と天照が屋上に辿り着いた時、周辺の空間が変化していた。

 文字のような物体が宙に浮かび、空気を擦る雑音に混じって誰かの嗚咽に近い歌声が響いた。

「はぁ……何でいつも、屋上なんだ」

「そ、そりゃあ……はぁ……手っ取り早く死ねるからじゃ……はぁ……ないか」

「大丈夫か? お前」

 乱れた息を整える月読に、天照が声をかけた。

「お前みたいな、体力バカと、一緒に……」

「息も絶え絶えなのに、悪態つく元気はあるんだな」

 天照が呆れながら言った時、歌が脳内に直接流れ込んできた。


『風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を  思ふころかな』


 歌が響くと同時に、激しい突風が吹いた。吹き飛ばされそうになりながら、天照は踏ん張って風に抗うと、片手を天にかざした。

「来い……天照大神アマテラス!」

 彼が叫んだ刹那、彼の掌に熱が宿った。やがてそれは太刀の形へと変化した。

 炎を纏ったような赤く光る刀身の太刀を構え、天照は月読の前に立つ。

『風をいたみ 岩うつ波の――』

 歌と共に、突風が襲い掛かるが、

「でいやああああ!」

 天照がそれを太刀で斬る。ただ乱暴に振るっているだけが、刀身が放つ熱気に触れただけで風は消え、天照を避けるように左右に流れていった。

「月読……」

「ああ、分かっている。お前が道を作ってくれ」

「俺が戦い、お前が解く……だもんな」

 明るく笑う彼に反して、月読は少しばかり焦っていた。

 ――とは言ったものの、どうするか。

 いつもは『怨魔えんま』化した人間の情報を元に、「どうして『怨魔えんま』化したのか」を解いた上で、恋の執着を消す事で絵巻との縁を切る。

 『怨魔えんま』化を保つには、和歌との同調率――即ち、絵巻との縁が鍵となる。繋がれた糸は小さな綻びで簡単に解ける。そして少しでも解ければ、後は力ずくで封じるだけだが。

 ――情報がねえ状態じゃ、なんも出来ねえぞ。

 そうは思いつつも、月読は考える。


 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を  思ふころかな――


 ――あの歌の意味は、たしか……

「きぃぃぃ! 私はこんなにも貴方を想って心砕ける想いなのに、貴方ときたら! とかそんなんだったな」

「いや、絶対違うだろ」

 月読の呟きに、天照がつっこむ。

「まあ多少はわなみの主観も入っているが、そんな所だ」

「またそれかよ」

「大体合ってれば、それでいいだろ……想い続けるのはしんどい、って所はいつの時代も同じって事か……」

 そう言った後、月読は目を軽く見開く。

「あぁ、そういう事か……ならば」

 月読は懐から扇子を取り出す。

「天、

 それだけで天照には伝わり、目の色を変えた。

「久々だな。でも、いいのか? いくら先生の結界があるって言っても、また請求されるんじゃねえの」

「構わやしねえよ。人命優先だろ」

 


 天照が太刀を両手で構えて、目を閉じた。そのすぐ後ろに月読が立つ。

「宵町の血ノ縁の下に、我、詠う――重ねろ、四十ノ九の歌」

 月読がそう唱えると、呼応するように天照の太刀が光を纏った。


「【御垣守みかきもり 衛士(ゑじ)の焚く火の 夜は燃え――】」

「昼は消えつつ――」


 月読に合わせて、半分を天照が詠った。

 その途端、天照の太刀の刀身に炎が纏わりついた。それはどんどんと膨れ上がり――


「【ものをこそ思へ】!」

「ものをこそ思へ!」


 そして同時に叫んだ瞬間、膨れ上がった炎が鳥の形となり、今まさに女子高生を頭から食らおうとしている『怨魔えんま』に向かった。

『……っ!』

 『怨魔えんま』が気付いた時、鳥を模した炎がアスファルトを焼きながら向かい、『怨魔えんま』の頭を呑み込んだ。

「天!」

「ああ!」

 『怨魔えんま』の動きを封じると、月読と天照は逆方向へと向かい、天照は地面を擦りながら放り投げられた少女を両腕で受け取る。

 そして月読は纏わりつく炎を追い払おうと暴れている『怨魔えんま』の元へ向かう。

 炎は次第に力を失い、徐々に消えていき――『怨魔えんま』に視界が戻った時、目の前に月読が立っていた。

「これで、やっと話が出来るな、お嬢さん」

『か、風、いたみ……』

 まだ続けるつもりか、『怨魔えんま』が和歌を使おうとした瞬間、月読は扇子の先端をその口に突っ込む。同時に顔を近づけ、白い場所まで黒に染まった眼を至近距離から見つめる。

「さあ、恋の結末を届けにきたぜ」

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