1章:アヤシ課Ⅱ

「で、本題じゃがな」

 場所は同じく新宿区長室。

 区長席に座る伊吹の前で、月読、天照、やひろの順で横一列に並ぶ。

 ――成程な。わなみや天だけじゃなく、先生も呼び出されたって事は、お叱りだけが目的じゃなさそうだな。

「昨日のは雑魚だったが、最近の『怨魔えんま』の出現率が上昇しちょるのは、お前おんしらも知っちょると思うが……」

「言われてみれば……」

 そう天照が呟いた。やっぱり気付いていなかったのか。

「でも雑魚なんだろ? この間みたいな、完全に浸食されてねえ奴なら、絵巻との縁を断ち切っちまえば、一発だろ」

 天照が刀で切る動作をしながら言った。

 ――やっぱり、こいつ、何も考えちゃいねえ。

「そうだね、でもね、天照君……」

 それに対して、隣に立っていたやひろが子どもに言い聞かせるような穏やかな口調で言った。

「雑魚が増えている方が、問題なんだよ」

「え?」

「今、私達が相手にしている『怨魔えんま』は、単体では存在すら出来ない弱い怨念だ。残留思念と言ってもいいくらい……だけど、そこに恋に破れて傷心した乙女が現れた時、『怨魔えんま』は凶悪な鬼となり得る」

 そう、それが『怨魔えんま』と『百鬼絵巻』の厄介な所だ。

「つまり、こういうこった」

 月読はやひろに代わり、天照に説明する。

「『怨魔えんま』は、酒呑童子を倒した時に漏れ出た、かつて彼を鬼にした乙女の怨念……その怨念が人に取り憑けば、酒呑童子みてえな鬼が生まれる。そいつを阻止するため、あの戦いに参加した陰陽師が、百の絵巻――現代でいう百人一首にその怨念を封じ込めた」

「月読、いくら何でも俺もそのくらいは覚えているぜ?」

 天照が苦笑しながら言った。

 なにこいつ、殴りたい。

「それがお前の先祖である陰陽師にして歌人だった男だろ? 百人一首に鬼の邪念を封じだのもそれが……」

「いや、違う」

 月読は言った。

「百人一首に封じたのは、ただの先祖の趣味だ」


「……」

 とても気まずい沈黙に包まれた。


「当時、はまっていたらしい……ははっ、笑えるだろ。意味なんざねえんだぜ」

「ま、まあ、そのおかげで、月読君も、『怨魔えんま』を空白の絵巻に封じた時に、一緒に回収した和歌が扱えるんだろ?」

 フォローのつもりか、やひろが苦笑しながら言った。

「使えるも何も、歌術かじゅつなんざ、ようは幻術の一種。別の和歌を聞かせる事で、意識の中に入り込んだ和歌を通じて、幻術を見せているだけで大した力なんざねえよ。ただのノリだろ、あんなの……台詞とか、全部アフレコだし」

「ノリだったのか!?」

 案の定、天照が大袈裟に驚いた。

「当たり前だろ。陰陽師の血縁っていっても、わなみに出来るのは、切り離された『怨魔えんま』を空白の絵巻の中に閉じ込める事くらいだ」

 空白の絵巻とは、文字通り何も描かれていない真っ白な絵巻である。

 そこに『怨魔えんま』を封じる事で、『怨魔えんま』が同化していた和歌が刻まれ、初めて封印完了となる。

 『怨魔えんま』と一緒に封印した和歌は子孫にあたる月読だけは術として使用する事が出来る。それが歌術――和歌を通じて、『怨魔えんま』に幻術を見せる事だが、それが役に立っているとは月読自身思えない。

 そもそも『怨魔えんま』への攻撃なら天照がいるから必要ない。

「はぁ……大体、歌術なんざ使わなくても、『神返かみがえり』がいるんだから、事足りるだろ」

「まあ、そりゃあ……」

 天照が照れたように言った。やっぱり腹立つな、こいつ。

「こらこら、自分の先祖を軽んじたらいけないよ。確かに、天照君や私は神の加護を受けてはいるが……」

 そう、先祖返りと呼ばれる、先祖の体質が現代の子孫に遺伝として現れる状態。

 そして、ここに集う者、もとい「アヤシ課」のメンバーは皆、『神返かみがえり』が発現、或いは発現する可能性がありとされている。

 天照が何もない箇所から太刀を召喚して扱っているのもその影響だ。もっとも彼の太刀は彼自身の意思が顕現したようなものであり、本来の力はもっと凄いと聞く。それこそ、本人がそれを忌み嫌い、恐れるあまりに太刀という分かりやすい武器の中に封じてしまう程に。

「『神返かみがえり』は、先祖が神、或いは妖怪から祝福を受け、力の一部を扱えるもの……神話級のやべえ力が使える連中がわんさかいるのに、わなみみたいな人間、不要だろ」

 月読がそう投げやりに言うと、伊吹がバシンと机を叩いた。

「ええい、いつまでゴチャゴチャ言っちょる! それ言ったら、ワシなんざマジでただの人じゃからな!」

「あ……」

 そうだった。一番偉そうに見えるが、彼はただの人間ではないが、『神返かみがえり』でもなければ、月読のように当時の戦に関わった者の子孫でもない。

「えっと、とりあえず月読の愚痴は置いておくとして」

「置いておくな」

「その絵巻に書かれた和歌と、失恋の痛み? が同調すると、乙女の肉体に絵巻が取り憑いて、『怨魔えんま』になっちまう。そんで、その『怨魔えんま』化した乙女を救うのが、俺達『アヤシ課』の役目! だろ?」

「微妙に違うが、まあいいだろ」

「あり? けど、何で雑魚が増えると問題なんだ? 普通、雑魚なら楽勝で、早く百の絵巻が集まるんじゃ……」

「逆って事だよ」

 やひろが言った。

「雑魚が増えているって事は、同調が浅い状態でも憑依が可能……つまり『百鬼絵巻』の力が増している。最初は、そこまで相手の事を恨んでなくて、新しい恋でも見つけようと思っていても……強い怨念に引き寄せられて、『怨魔えんま』にされてしまう子も出てくるって事だよ。そして、『怨魔えんま』の武器は、音。憎悪や悲しみ、そういった想いが込められた音が周囲に飛ばされる」

 正確には、音ではなく「歌」であるが。

 百人一首という、古くから親しみのある和歌。

 それが『怨魔えんま』の失恋の痛みの同調を上げ、結果として浸食を深める。

「取り憑かれた子から引き剥がしても、新しく『百鬼絵巻』に同調する子が現れて、そっちに新しく取り憑くかもしれない。あるいは……裏で糸を引いている輩がいるのかもね」

 そう、問題は後者の方だ。

 月読も同じ事をここ数日ずっと考えていた。

 ――当時の事なんざ現代人のわなみらには分かりようもねえが、もしかしたら……いるのかもな。討伐する側じゃない、酒呑童子側についた輩が……。

 そして、それは過去ではなく今も――

「そういうわけじゃ!」

 その場の空気を変えるためか、伊吹が大声で叫んだ。

 そして机の上の書類が何枚か床に落ちた。

お前おんしらには、いつも二人一組で動いてもらっちょるが、今後はそれを徹底して、各自、警戒し、邪魔者は排除せい!」

「おうよ!」

「いや、排除はダメだろ」

「排除はまずいよ」

 元気に答える天照とは逆に、月読とやひろは冷静につっこんだ。

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