1章:アヤシ課

       一


 東京都・新宿区―A。危険度★5。


 【アヤシ課】とは『怨魔えんま』に関わる事件を秘密裏に対処する、いわば化け物退治専門の部署である。

 そしてその部署は、あらゆる組織内に存在する。

 警察、病院、学校、そして探偵業――様々な組織の中に一つだけ存在し、一人だけが担当する謎多き部署。

 担当は地区ごとに振り分けられ、それぞれ担当地区が与えられる。

 【アヤシ課】に属する者はあらゆる行政・業界への出入りが可能であり、その存在が知る者が少ないが、その影響力は絶対。

 名前は知らなくとも、存在は定着された――まるで月影のような存在。



「……そう、【アヤシ課】は存在しており、同時に存在していない……そんな部署じゃ」


 場所は、東京都・新宿区役所。

 その最上階に位置する区長部屋に、四人の男たちが集まっていた。正確には、集められていた。

 区長席には、サングラスをかけた強面の男。

 スーツはきちんと着こなしているが、そこがかえって威圧感を生む。

 おまけに金髪のオールバックという「いかにも」な雰囲気が出てしまっている髪型。

 そのせいで、よく「区長」ではなく「オジキ」と呼び間違えられる事もしばしば。

 ここも区役所ではなく、本当は指定暴力団と言われた方がしっくりくるが。

 そんな事を口にしたら、また面倒な事になりかねないため、月読は思うだけに留めていた。

 しかし――

「聞いとんのか? 昨夜の事件、聞けば、ランクDの雑魚だったそうじゃねえの。なのに、何で屋上が吹き飛ぶ事態にまで発展したんや? うん? やひろの結界きかん場所でマジ戦闘したら、どんくらいの修繕費かかるか分かってやったんよな? わざとか? 新宿区長のイブ兄いじめて楽しいか? お?」

「そ、それは……」

「存在自体が月影のように掴めないやら、泡のように姿がないだとか言われてきたが、初めてじゃねえのか? 修繕費を泡のように消したんは。のう、月読。資金消して、楽しかったか? うん?」

「いえ、だから……」

 時代的に、パワハラだろ、これ。

 そう思いながらも言葉にできずにいた時、隣にいた天照が明るい声で言った。

「昨日の月読はマジ凄かったんだぜ! こうアスファルトを抉ったり、柵がぶっ壊れても、顔色一つ変えないで……あぁ伊吹さんにも見せてやりたかったな。俺と月読の活躍。なあ、月読?」

 バカ野郎!

 いや、知っていたが、あえて言う。バカ野郎!

 月読は恨めし気に隣にいる天照を見るが、本人は全く気付いていない様子で頭に「?」まで浮かべている。

天坊てんぼう

 案の定ともいうべきか、区長席に座っていた男――鎌方かまがた 伊吹はサングラス越しに天照を鋭く見据えた。

「お前はほんに素直でええ子に育ったの。でも、もう少し頭使って仕事しよな」

「おうよ!」

 そうだった。この人、天照には何故か甘いんだった。

 ――たしか小さい頃から面倒見てきたとか……ずるい。

 戦闘の相性や、担当地区が近い事もあり、月読は天照と行動を共にする事が多い。その分、彼の雑な行動に手を焼く事もあるが、その苦労を知るのはおそらく自分一人だろう。

「まあまあ、伊吹。月読君も、天照君も反省しているようだし、そのへんにしよう。私も、建物の下にだけ結界張って、屋上には張らなかったわけだし……だから私の非でもあるよ。だから、ね?」

「やひろがそう言うんじゃ、しゃーないな」

 さり気なく助け船を出してくれたのは、和服の上に白衣を羽織るという、またアンバランスな恰好をした好青年。

 彼は、巳岐みき やひろ。職業は医者であり、みんなから「先生」と呼ばれている。ちなみに、この四人の中では一番年上である。

 地面に届きそうな程長い黒髪を三つ編みでまとめ、銀色の瞳は人柄がにじみ出るように慈愛に満ちている。

 一見爽やかな好青年に見える彼だが――

「おや? どうしたんだい、月読君? 今、心の中で私の悪口を言おうとしていた気配がしたんだが」

「とんでもない。先生の気のせいですよ」

 月読は正直苦手である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る