第26話

[調律]それは高位の冒険者にとって必要不可欠な技術であり、修練を続ければ誰でも体得することの出来る技術である。

しかし、その習得難易度は極めて難しく、[調律]と言う技術の有無でその実力に大きな差が生まれる。


身近な物で表現してみれば、バッテリーで表現するのが最も簡単だろう。


調律状態になると、理論上尽きる事の無い大容量のバッテリーが接続されている様な状態になる。


「…と、いう訳なんですが…星巳君、出来そうですか?」


教官の[調律]を見てから1時間半、何度も何度も試しているが全く出来る気がしない。


まずもって、大気中の魔力との接続と言う感覚が僕には理解が出来ない。


と言うか、魔力を知覚してからまだ2ケ月も経っていないのに、更にそれを発展させた高等技術を身に着けよう!…と言うのも無理な話だろう。


しかし、無理だなんだと言っている場合ではない。

僕に立ち止まっている時間など無いのだから。


しかし、必死に頑張っている物の、本当に出来る兆しすら見えない。


大気中の魔力を全く感じない、と言う訳ではない。

しかし、それらを自分の中に溶け込ませる…。


「……?……っ――…!……分からん…。」


根本的に魔力を操るのが下手なのか?

それとも、魔力の操作ではなく、他の技術が必要なのか?


自分の着眼点が根本的に間違ってきているような気がしてきた…。


―――まず、今、僕は自分の体内の魔力しか操ることが出来ない。

それなら、自分の魔力を大気に溶け込ませて、無理矢理、大気の魔力を操ってみる…とか?


……やってみる価値はありそうだな。


まずは…体の力を抜いて……――体内の魔力を空中に流す。


自分の魔力と、空気中にある魔力……その境を、違和感を少しずつ、無くしていく。

さっきまで感じていた変な違和感は、薄くなっていって…。


瞬間、何かを捕まえる感じがした。


「……これが、[調律]…?」


自分の魔力が周囲に溶け込んでいる感じがする。

思わず、表情を緩ませながら、教官の方を向く。


「ええっと、残念ながら、それは[調律]ではないですね…。」


教官は、気まずそうにしながらそう言った。


僕は顔に熱が集まるのを感じた。


「その…[調律]とは違いますが、先程よりも感覚的にはかなり近づいて来ていますよ。実際、周囲に魔力を溶け込ませるのは出来ていますし、後はもっと、深く接続できれば、良いと思いますよ。」


そう言って、フォローしてくれる教官。


僕は、2,3度頭を振って、熱を飛ばす。


気持ちを切り替え、もう一度、集中する。

先程の接続は、魔力がつながる感じがしたが、魔力が流れ込んでくる感じはしなかった。


恐らく、僕があの時使えた魔力は、大気にある魔力の内、かなり少ない量だっただろう…。


今度は、もっと体に近い所で、こう…引きずり込む感じで…。


その後、1時間程、練習したが結局、あれ以上の結果は得られなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



僕はあの後、教官と別れて、冒険者協会の入り口付近にフル装備の状態で、立っていた。


3時間前に香取さんから伝えられた、一緒に銀級ダンジョンに潜ってくれる人を待っていた。


僕は三日前に新調したポーチの中身をもう一度確認しながら、その人を待つ。


すると、人混みを掻き分けながら僕の方に真っすぐ向かって来る人がいた。


身長がとても高く、180㎝くらい行ってるんじゃないかと思う程で、僕よりも圧倒的に高い。


顔立ちは整っていて、何と言うか、シンプルにカッコいい感じの女性だ。

髪は肩程の長さで、どことなく優しい目をしている。


「…あ、君が星巳君?私は”七森ななもり しずく”です。よろしくね。」


そうやって、にこやかに手を差しだして来る彼女、僕はその手を握った。

しかし、僕は言いようの無い敗北感を感じていた。


「はい……星巳昇太です。よろしくお願いします。」


理由は分かっている。身長だ。

僕の身長は154㎝で目の前に居る彼女には視界にすら入らない身長だ。


自分の中で何度もここから成長期だからと言い聞かせても、醜い嫉妬の気持ちは消えない。


―――もう、駄目だ。


自己嫌悪に囚われた僕は、人々が集まる入り口付近で、全力で頬をぶっ叩くのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「もう…ビックリしたよ…怪我は無い?」


そうやって苦笑いを浮かべる七森さん。


「いえ、本当、その件に関しては、すみませんでした。」


冷静になってみると、結局、七森さんに迷惑をかける形に成ってしまった…。

本当に反省している。


「ん、着いたみたいだね。それじゃあ、入ろっか。」


冒険者協会から歩いて10分ほどで目的地である東京ダンジョン8番に到着した。


階段を下りて、七森さんの後に付いて行く形でダンジョンの中に入っていく。


階段を降りると、目の前に光が差し込む。

強烈な光に目を細めて、先に進む。


開けた大地。まず目に入ったのは空だった。

今までの銅級ダンジョンには無い、何処までも広がる美しい空が其処にはあった。

次いで目に入る何処までも広がる平原、生い茂る草が風に揺られて、美しく光を反射している。


まるで地上の様な光景、ただ一つ違う点があるとしたら、それは日が昇っている最中と言うのに、空に星が浮かんでいる。


太陽が強く輝いている横で、濃藍色に塗りつぶされた空があり、そこには満天の星空があった。


”異世界”そのような表現が最もこの景色を表す言葉に当てはまるだろう。


これが、銀級ダンジョン。

銅級ダンジョンとはまるで違う、幻想的な光景にに僕は思わず呆気に取られてしまうのだった。




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補足コーナー&作者から皆様へ


・なんちゃって調律…[調律]に似た何か、本来の[調律]であれば体内の魔力と空気中の魔力が同質になり、無制限の魔力を手に入れられる。

しかしながら、なんちゃっての場合は自分が流し込んだ範囲でのみしか魔力を操る事しか出来ない為、そこまで大量に使用する事が出来ないのである。


・七森雫について…聖人。イケメン。スタイルが良い。モテる。強い。

勝ち組要素を詰め込んだって感じの人である。因みにこの人は同姓にもモテる為、中学の頃は下駄箱が大変なことになってたらしい。

因みに彼女は明星高校の1年生であり、明星高校史上最年少の金級下位の冒険者である。


・銀級ダンジョン…銅級ダンジョンとは別物である。以前までの洞窟の様な場所ではなく、草原や海、火山など開けた世界が広がっている。

その為、そこに居る魔物達も大きく変化している。


・星巳昇太について…猛省中。現在進行形で自分が嫌いになっている。


・星巳日葵について…一応、彼女の格を保つために伝えておきますが、彼女のポテンシャルは冒険者登録の時点で金級冒険者になる実力はあります。

しかし、家族の時間を大切にしたいと言うのと、金級には幾つかの義務が課せられるので、二人が大きくなるまでは銀級で居ようと言う事で銀級上位に留まっていました。

なので銀級で金級並みに稼ぐというとんでもない事をしていた。



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作者から皆様へ


この度は長い間更新をすることが出来なかった上、一つ前の話で伝えると言っていた理由を伝える事無く、姿を眩ませてしまって本当に申し訳ございませんでした。


そして、近況ノートでも書くつもりですがこれからについてお話させていただければと思います。


実は私、受験生なんです。

その為、来年の3月頃まで、更新がストップすると思います。

一応、私が趣味で書いていた他の公開していない小説があるのでそれを出すかもしれません。

ですが、番外編のストックがほんの少しだけ有りますので無くなったら、一旦この「超大器晩成型のダンジョン攻略」はお休みさせてもらいます。


それでは、皆様、また来年の春にお会いしましょう。

それまで、どうかお元気で…。

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