第17話

雲一つない快晴、未だに続く夏の熱さを感じながら僕は今、都会を散策している。


「綾お姉ちゃん、あそこに美味しそうなクレープ屋さんがあるよ!行ってみよう!」


「ええ、そうね。ほら、ショウも早く来て。」


綾に催促され、僕もそちらに向かう。


「それじゃあ、ここはお母さんに任せて。」


笑顔でそう言う百合さん、これ以上お金を出してもらう訳には…


「偶には俺たちに面倒見させてくれないか?」


玄哉さんに口に出す前に釘を刺され、断るにも断れない状況になる。


そうこうしている内に夕夏は店員さんからクレープを貰い、口いっぱいに頬張っては幸せそうな表情を浮かべている。


「ほら、昇太君も選ぶんだ。何でもいいぞ。」


玄哉さんが念を押すかのようにそう言ってくる。


―――どうしてこうなった?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



玄哉さんに魔法を教えてもらった翌日、僕は装備で使ってしまったお金を補填する為にダンジョンへと行く準備をしていた。


その時、僕の家の鍵が誰かに開けられた。


予期せぬ来客に僕は急いで玄関へと向かう。


この家の鍵を持っているのは4人だけだ。


僕、この家の大家さん、それと…


「ショウ!今日はダンジョンには行かせないわよ!」


玄哉さんと百合さんだ。


勢いよく開けられた扉、そこで綾が腰に手を当てて仁王立ちしている。


「ど、どうしたんだこんな朝早くに…。」


僕がそう言うと綾の表情が険しいものとなった。


「へぇー…あくまで白を切るつもりね?」


そう言う綾の後ろには苦笑いした玄哉さんと、笑顔の裏に般若を隠した百合さんが立っていた。


「ショウ…貴方、大きな怪我したでしょ、それも最近。」


…怪我か、でも綾の前だと特に怪我なんてしてない気が……


「…あ”。」


もしかして、左腕の事か?

バレた?綾に?

それは不味い、非常に不味い。


恐らく玄哉さん経由だろう。


まあ、玄哉さんに僕の怪我の事は言っていないのだが…。


思わず目を逸らすが、右腕を綾にがっしりと捕まれる。


「まぁ、そう言うことだから、ショウ?分かってるわよね?」


ああ…これは逃げられない。


この後、夕夏を起こし、皆で我が家で朝食を摂ってから東京へと向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



そして現在、僕は出来る限りトッピングの少ないクリームと生地のみのクレープを食べている。


久々に食べたお菓子は僕に強烈なインパクトを与え、それを受けた体は「もっと欲しい!」と叫んでいる。


意識を切り替え、ここ最近の自分の言動を思い返す。

…最近、自分が稼げるようになったから財布の紐が緩くなっていないか?


己の稼ぎで賄えると?贅沢が出来ると?…そんな訳が無いだろう。

もっと…突き詰めなきゃ、もっと努力しなきゃ…。


「お兄ちゃん…どうしたの?」


夕夏に声をかけられてハッとする。


…今はこんなこと考えるべきじゃないな。


「…夕夏、ほっぺにクリームが付いてるぞ、ほらこっち向いて。」


頬に付いていたクリームを手ですくい、自分の口に持っていく。


流石にはしたなかったと、外でやる事ではなかったと心の中で反省する。


ちらっと玄哉さん達の方を見ると二人は笑っていたので、怒ってい無さそうでよかった。


視線を自分のクレープへと戻す際、気が付いてしまった。


綾の頬にもクリームが付いていることを。


綾は…気が付いていないのか?


「綾、頬にクリームが付いてるぞ。」


そう言うと綾は驚いた表情を浮かべ、次に顔を赤くしながら


「取って。」


短いながら、綾が顔を俯かせて言ったその言葉に僕は凄まじい衝撃を受けた。


―――綾も子供っぽいところあるんだ…。


綾は何時も大人っぽい印象があったから正直驚きだ。


先程と同じように指でクリームをすくい、今度はティッシュで指先を拭く。


綾の顔がより一層赤くなり、黙々とクレープを食べ始める。


この一連の流れを見ていた親たちは凄く良い笑顔だった。



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クレープを食べた後、今度はゲームセンターへと向かった。


―――そう言えば、昔に姉さんと来たことがあったな。


何処か懐かしさを感じていると夕夏が突然走り出す。


夕夏を追いかけ、クレーンゲームの前で止まったかと思うと中にある人形を凝視し始めた。


「うわぁー…かわいい…。」


そこにあったのは大きなペンギンのぬいぐるみ、夕夏はそれに心を奪われていた。


そこに玄哉さん達が追い付き、夕夏の様子を見る。


「夕夏ちゃんはこれが欲しいのか…良し、ここは一つ俺が良い所を…「いや、僕がとります。」…昇太君?」


玄哉さんの言葉を遮ってそう言った。


これ以上、二条家にお世話になる訳にはいかない。


しかもこのクレーンゲーム、確率機と呼ばれる種類である程度の回数行わなければアームの力が弱いままのタイプなのだ。


その為、この人形を取るにはかなりのお金がかかる可能性がある。


だから、ここは僕がやるしかない。


震える手で財布を取り出す。


財布には4800円入っている。

夕食を外で食べるとしたら3000円は残しておきたい。

つまり、1800円でこの台に設定してある金額に到達しなければ終わりだ。


……良し!


クレーンゲームに100円を入れる。


ポップな音楽が流れ始め、操作するボタンがチカチカと点灯する。


まずは横に移動させ、最後に奥にクレーンを動かす。


………ここだ!


タイミングを見極め、ボタンを離す。


クレーンが真っすぐ人形へと落ちていき、ペンギンの頭を鷲掴みする。


内心、一回で終われと強く願いながら結果を待つ。


クレーンは人形を掴んだまま上へと上がり、少しの間その場に停止する。


そのまま排出口へと向かう。


排出口ギリギリで人形が大きく揺れ、クレーンから落ちそうになる。


そのまま人形がクレーンから離れ、落下した…のだが、奇跡的に排出口に人形が入り、何と一回で人形が取れてしまった。


余りの出来事に口を開けたまま呆然としてしまう。


「うわー!お兄ちゃん凄い!ありがとう!」


夕夏は排出口からペンギンを取り出し、強く抱きしめている。


ニコニコと笑う夕夏の頭を撫でる。


こんなに笑ってくれるなら、取れて良かった。


100円と言う最小限の支出で大きなリターンを取ることが出来、僕も思わず頬が緩んでしまう。


「良かったね、夕夏ちゃん。よし、今度は俺が良いとこ見せちゃうぞ。」


百合さんが「ほどほどにね…」と苦笑いしながら玄哉さんの後を付いて行く。


僕たちは店員さんから人形を入れる袋を貰ってから玄哉さん達の後を追うのだった。



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日が傾き、空が赤と深い青に染まりだした頃、僕たちはゲームセンターを出た。


「いやー…いっぱい取れたね。」


玄哉さんは笑顔を浮かべながら両手に大きな袋を幾つも持っている。


あの後、玄哉さんが他の台の商品を一種類ずつ取っていき、お店を出たのだが…。

玄哉さん凄いな…今度コツとか聞いてみたいな…。


「よし、それじゃあご飯にしようか、ここは俺が代金を持つから好きなのを頼んでいいよ。」


「いや、流石にそれは…それに僕は家に昨日の残り物があるので…夕夏だけ食べて「それは駄目よ。」…ええ…。」


玄哉さんの提案をやんわりと断ろうとしたが、綾に強く手を握られる。


「どうせショウの事だから栄養食品とかで我慢してるんでしょ?」


……流石だ。僕の事なんて筒抜けなのか…。


「そうだよお兄ちゃん、偶には皆で食べよう?」


そう言って夕夏に空いている方の手を捕まれる。


「それじゃあ行きましょうか。」


遂には、百合さんの手が肩に置かれ、完全に逃げ場が無くなる。


「それじゃあ…お言葉に甘えます…。」


そう言うと玄哉さんはとても嬉しそうだった。


「よーし、それじゃあ回らないお寿司にでも行こうか。」


「流石にそれは辞めてください!」


真っ暗になった空の下で僕の悲鳴にも近い声は寂しく響いた。



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補足コーナー


・星巳昇太の怪我…全治まで後、数日はかかる模様。無理に動かすとやっぱり痛い。


・星巳家の財政事情…日葵の凍結、灯の補助機器で財産の半分が消し飛び、毎月確実に貯金の5%が削られている。父と姉のかつての稼ぎのお陰で何とかなっている。

今の昇太が頑張っても毎月貯金の1%しか稼げない為、結構ピンチ。

実は、治療費の何割かはこっそり二条家が負担している為、主人公が冒険者になるまでに20%しか貯金が削られなかった。


・クレーンゲームの知識…主人公がどうにかして食いつなごうとクレーンゲームのお菓子で2週間生活した際についた知識。



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作者から皆様へ


皆様のお陰で作品のフォロワーが1000人を超えました。

その為、その記念に記念投稿をするということについてです。

現在、近況ノートの方でアンケートを採っておりますのでまだまだコメントお待ちしております。

そして記念投稿は待たせてしまったこともあり幾つか書こうと思っています。

その内の一つである星巳日葵の日常は2月22日に番外編の所で現在、公開しております。


これからもこの拙作を宜しくお願い致します。

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