星100記念投稿 夏祭り

「はい、もう大丈夫、動いても良いよ。」

お母さんからそう言われてようやく楽な姿勢が取れるようになった。

もう一度鏡に映った自分の姿を見る。

お母さんに着付けをしてもらった赤を基調とした新しい着物はとても綺麗だと自分でも思う。

それでも心臓が飛び出るほどドキドキしている。

集合は7時に駅前なのでまだ30分ほど余裕はある。

その後も何度も何度も自分の姿を鏡で見直し続けるけれど不安は解消されない。

―――良くない印象を与えたらどうしよう…。

こんな弱気な考えは良くないと分かっているはずが、次々と嫌な考えが思い浮かんでくる。

結局、不安な気持ちは解消することは出来ず遂に待ち合わせの時間が来てしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



待ち合わせ場所に着いたがまだショウの姿は無く、少しだけ待つことになった。

周りには家族連れ、友達と来る人、恋人と来る人などが居た。

そんな彼らをなと感じながら、遠くから聞こえてくる祭囃子に耳を傾けていた。

するとこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

ショウかな?と思いそっちを向くとよく分からない男の人がいた。

彼らは軽薄そうな笑みを浮かべてこっちを見てくる。

直ぐにこの場を離れようとするが手を捕まれる。

「ねぇねぇ、君さぁ一人?俺らと一緒に遊ぼうよ。」

気持ちが悪い。

「結構です。」

そう言って、手を振り払いその場を離れようとするが私の進む方向を塞ぐように彼らが現れる。

「ねぇ、良いじゃんー折角なんだしさ。」

いい加減苛ついてきた。手加減なしで引っ叩いてやろうかと考えていたその時、待っていた彼が来た。

「すみません、彼女は僕と一緒に祭りを回るので貴方たちとは遊べません。」

私を庇うように彼らとの間に割り込んでくれた。

何時もより彼の背中が大きく見えた。

「チッ、何だよ相手居んのかよ…」

男の人達は賞を見るや否やそそくさとこの場を離れていった。

「その、ショウ?ありがとうね。」

何故か赤くなってしまった顔を隠すように下を向きながら彼にお礼を言う。

「いや、こっちの方こそすまない。いつもと雰囲気が違くて直ぐに見つけられなかった。」

そう言って私の事をじっと見てくる。

そして、大きく頷いて

「うん、やっぱりとても似合っていると思う。凄く綺麗だ。」

そう断言した。

彼は何でも素直に言うからこそこういう時に本当に困る。

緩んでしまう頬も、紅く染まった顔も彼には見せたくない。

「へ、へぇ、っそうなのね、ありがとう…。」

今の私にはこう返すことしかできなかった。

反撃とばかり私も彼の格好を褒めようと彼を注視する。

何時もと変わらない少し癖の付いた黒髪、穏やかそうな大きな萌黄色の瞳、祭り用の街のマークが入ったTシャツ、手にはビニール袋を握っていた。

褒めることなんて簡単なのに、どうしても言葉が出ずに四苦八苦していた所で彼が視線に気づいたようだ。

「ああ、このビニール袋はさっきまで手伝ってた屋台の人がお土産に焼きそばをくれたんだ。後で一緒に食べよう。」

何か勘違いされたけれど…まあ、結果オーライ。

そのまま彼の事を褒めようとするが結局彼を褒めることは出来なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



辺りに多くの屋台が出てきて、かなり人込みも多くなってきた。

本気を出せばこれくらい余裕でどかせるけど…流石にそれは良くない。

そう思っていると目の前に手が出される。

「迷子にならないように手を繋がないか?」

そう言ってもっと手を近づけてくる。

―――本当に…こっちの気も知らずに…。

そう思いながらも彼の手を握る。

私よりもごつごつとした大きな手…。

幼いころはもっと柔らかかったのに…なんて事を思いながら屋台を巡っていく。

「おお!そこの若いカップルのお二人!寄ってきなよ!」

声が聞こえた方を見ると、気前の良さそうなおじさんが私たちの事を手招きしていた。

「ショウ、この屋台にちょっと寄らない?」

そう提案するとショウは「全然良いよ」と言ったので寄ることにした。

「お、誰かと思ったら二条のお嬢さんと星巳の坊主じゃねえか。」

そう言って快活に笑うおじさん、よくよく見ると見覚えがあった。

「ああ、もしかして、おもちゃのトシの?」

「そうそう!最近お前さん方来てなかったからな、一瞬誰か分かんなかったよ。」

ショウが言った名前でようやく私も思い出した。

商店街にあるおもちゃ屋さんで子供の頃よく遊びに行っていたっけ…。

「そんじゃ、坊主!いっちょ嬢ちゃんにカッコいいとこ見せてくか?」

おじさんの屋台は射的で多くのおもちゃや、ぬいぐるみが景品として置かれていた。

「……それじゃあやって行こうと思います。」

「毎度あり!」

そう言ってショウはのお金を払う。

射的用の銃と合計10発のコルク栓が渡される。

「綾、どれを取って欲しい?」

「え!……ど、どうしようかな…」

聞かれると思っていなくて、思わず詰まってしまう。

―――…うーん、あの大きなクマのぬいぐるみ、可愛いな…

どう見ても射的の銃でとれるようなサイズではないような人形をついつい見てしまう。

そんな私を見てショウは

「分かった、それじゃああれを狙おう。」

と言った。

「ええ!どう考えて無理よ!あのサイズは!」

そう言ってもショウは聞かずに「大丈夫」と言うだけだった。

3発目まではかすりもせず、4,5発目は当たるけれど少し動く程度だった。

「うーん、成程…」

「さあーとれるかな、坊主。」

そう言って、おじさんは笑っている。

あれは確信犯だ、ショウに変えるように言おうと思った時。

ショウがまた打ち始める。

一発目から頭の端に当てて、クマの重心が少し傾く。

しかし、これだけでは倒れない…そう思っていたが、ショウは間髪入れずに同じ場所に2発、3発と入れていく。

段々と傾きが大きくなり、5発目にはクマのぬいぐるみは倒れていた。

「おー…やるなぁ!坊主!俺ぁ、悪いが倒されると思ってなかったぜ!ほら、サービスにクーポンもやるよ!また来いよな!」

そう言ってクマのぬいぐるみとお店のクーポンを渡される。

私はぬいぐるみをギュッと抱きしめてショウに「ありがとう」と言った。

「どういたしまして」

そう言って笑うショウを私は直視できなかった。



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祭りも終盤に差し掛かって花火の時間がやって来た。

私たちは何時も来ている鑑賞ポイントに着いて、ショウが持ってきた焼きそばを食べていた。

「…美味しいな、やっぱりお祭りの食べ物は何故か何時もよりおいしく感じる。」

「……そうね、あ、そろそろ始まるわね。」

少し焼きそばを食べる手を速めて、花火を見る準備をする。

焼きそばを食べ終わると、ショウから声をかけられた。

「なあ、綾…僕、綾に言いたいことがあるんだ。」

―――も、もしかして…告白?!

真剣な表情、二人だけの空間、花火。

条件は揃っている

「へ、へぇー…何かしら」

努めて平静を装うとするが顔の熱さが引かない。

すると花火が始まったようで辺りが騒がしくなるが、正直構っていられない。

ショウの一字一句を逃さないよう集中して聞く。

「……僕、冒険者になろうと思う。」

その瞬間、体から血の気が引いた。

「…なんで、なんで!なんでショウが冒険者なんかにならなくちゃいけないの!」

そんな危険なこと私は!…

「姉さんの凍結は保険の適応外なんだ、だから凄くお金が要る。それだけなんだ。」

「それなら、私たちに頼ればいいじゃない!別に治療費くらい幾らでも…。」

そう言ってもショウは首を縦に振らない。

「駄目だ、そんなの良くない。」

「何で…何でよ…」

涙が溢れてきて、ショウに縋りつくように抱き着く。

「…ごめん、それでも皆に迷惑をかけたくないんだ…だから、ごめん。」

そんなの…認めたくない、けど…私じゃ止められない。

日葵さんなら止められたかもしれない…。

「それじゃあ、ショウ、1つだけ約束して。」

「絶対に…絶対に生きて帰ってくるのよ。」

ショウは、優しい顔をして

「うん、約束するよ。」

そう言って泣き続ける私を優しく撫でていてくれていた。



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夏祭りの後日、私はダンジョンに居る。

昨日のショウの話を聞いて、今私は凄く強くなりたい。

強くなって、大切な人を守りたい。

「良いわ、全部燃やし尽くしてあげる。」

ダンジョンに大きな火柱が同時に2つ立つ。

その中心にいる私の髪と瞳は真っ赤に燃えていた。

燃え盛る炎をと思いを魔物達にぶつけに私は駆けて行った。


その日、私はレベルを3つ上げることが出来た。




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補足コーナー&皆様へ

・主人公が手伝っていた焼きそば屋…元々は商店街のお肉屋さん、主人公の事をかわいがってくれていて、もし冒険者と言う職業が無ければ姉弟二人ともここで働いていた。


・おもちゃのトシ…地元で有名なおもちゃ屋さん、お客さんにフレンドリーで、今回の射的のクマは正直、当てられただけでも渡す予定だった。


・星巳 昇太について…言わずと知れたとんでも主人公。普通だったら綾の対案を飲むところだが鉄の精神で断り茨の道を行くと決めた男。射的では持ち前のスペックの高さを生かして2回分でクマを倒して見せた。


・二条 綾について…名家の生まれで凄まじい才能を持つ少女、炎の魔法を使用し、本気になると瞳と毛先が赤く染まる。


・二条家…名家の一つ、他には一条家と三条家がある。しかし、一条家は4年前に没落している。因みに二条家の現当主の二条玄哉は他の名家も含めて1番強い。



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皆様へ、あけましておめでとうございます。

こちらは前々から準備していたもので、投稿が遅くなり申し訳ないです。

次の記念投稿ですが本当なら「フォロワーさん1000人超えたらにしようか」なんて考えていたのですが既に超えているため、間髪入れずに次の内容を決める必要がありそうです…。

それはまた近況ノートでお知らせしようと思います。

それでは皆様、今年もよろしくお願いします。

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