第14話

「ねぇねぇ、綾お姉ちゃんはお兄ちゃんの事をどう思っているの?」


私の膝の上にちょこんと座った幼馴染の妹からの素朴な疑問、本当だったら思っていることを正直に言えば良い。

「…え?!ショ、ショウの事?!べ、別に嫌いじゃないわよ、うん。」


あからさまに不審な回答だと、言った後に自分で気が付いたけれども、どうしようもない。

すると、この子夕夏ちゃんは私の事情なんてお構いなしで質問を続けてくる。


「それじゃあ、好きってこと?」


その時、私の顔は真っ赤になっていたことだろう。


「え、えええ!そ、そんな…別に…そんなぁ…。」


この子の純粋無垢な視線に耐えられず目を逸らした先ではお母さんが意地の悪い笑み

を浮かべてこっちを見ていた。


「それでそれで?お母さんも気になるなー。」


急いで視線を切って、また夕夏ちゃんに目を向ける。

この目を見ているとまるで感覚に陥

ってしまう。


大きく息を吐いて、自分の気持ちを素直に伝える。


「す、好きだよ…。もちろん!家族的な意味だけど!」


その答えを聞いて夕夏ちゃんは花が咲くような笑みを浮かべて。


「私も!綾お姉ちゃんも、お兄ちゃんも大好き!」


何て言うものだから、私は反射的に夕夏ちゃんのことを強く抱きしめていた。


「うわぁ、綾ちゃん…びっくりしたよ。」


この温もりを離さないように強く抱きしめる。


「お母さんも皆の事、大好きだよ。」


そう言ってお母さんも私たちを包み込むように抱きしめてくる。


そんな時、今もダンジョンに潜り続けている幼馴染の事を思う。

去年まで彼の姉と一緒にこの家でお泊り会をしていたはずなのに…。

―――ショウは…大丈夫かな。


この思いは届くことなく、私の胸に秘められるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



地面を抉りながらこちらへと飛んでくる不可視の刃をギリギリで避ける。


これで14回目。

僕の頬を掠めながら飛んでいく不可視の斬撃を今まで、音、視線、奴の癖、その3つを頼りに何とか避けて来た。


完全に避けることが出来ず何度か掠ってしまったが、戦闘に支障は無いからまだマシだ。


奴の斬撃を避けたことで幾つか分かったことがある。

1.奴は斬撃を出した後、およそ4秒のインターバルを必要とすること。

2.恐らく奴の使っている魔法は風の魔法ということ。

3.生半可な攻撃では奴には傷一つ付けられないこと。

4.奴は斬撃を出す方向に掌を向けているということ。

5.修練場の武具では簡単に切断されてしまうということ。

6.斬撃の前には装備などほぼ意味を成さないこと。


これらから分かる事、それは…僕が奴を倒す手段は夜半嵐しか無いという事だ。

一撃で倒さなければ斬撃が飛んでくる上、遠距離攻撃は殆ど効果がない。

試しに牽制の為に投擲した双剣はしっかり見切られて弾かれてしまった。


その為、4秒のインターバルで距離を詰めて、夜半嵐で斬る。

と言うのが理想だが、あの気持ちの悪い笑みをを見る限り確実に何か隠している。


このまま奴の魔力切れを狙う方が良いか…?否、それよりも先に捉えられる。

ステータスの感じから銅級中位と言う読みはたぶん外れている。

奴のステータスは銅級上位クラスだ。


しかし、奴の余裕…そこに付け込めれば、勝機は…ある。

下位と上位のステータスの差は歴然たるものだ。

それでも…勝つ以外に道は無い。


大きく息を吐いて、奴が風魔法を使うまで待つ。

……今だ!


音から推測される風の刃をすれすれで避け、最短距離で間合いを詰める。

インターバルは残り1秒程、距離は1メートルも無い。これなら届く!


「……シッ!」


鋭い呼気と共に剣を奴の首めがけて振う。


その瞬間、奴は気味の悪い笑みを深めこちらに掌を向けて来る。

風魔法はまだ再使用まで時間があるはずだ。


僕に風の刃が襲う……。

が、それは予想している。

アイテムボックスから盾を取り出し少しでも傷を浅くする。


「……っ!」


左腕が縦に裂かれ、わき腹も少し切られたが、歯を食いしばって耐える。

突然現れた盾に驚いた様子のゴブリンだが、もう終わりだ。

盾を投げ捨て、両手持ちで思い切り振った剣が奴の首に…。


―――届かないっ⁉


まるで壁にぶつかったかのような衝撃、首に当たる前ににぶつかっている…!


恐らく風の壁だろう、段々押し返されていく。

一気に壁が膨張し、大きく体勢が崩される。


咄嗟に剣を地面に突き刺すことでギリギリで持ちこたえた。

しかし、目の前には笑みを崩し、必死に拳を振り上げるゴブリンの姿が。

このままだとステータスの差を押し付けられてそのまま…死ぬ。


瞬間、走馬灯、後悔した事、やり残した事、大切な人達の顔が何度も何度も脳内を駆け巡る

目の前の光景がスローモーションになり、何処か他人事の様にすら感じる。


そんな状況な中で、ふと、自分が死んだ後の事を考える…。


此処で死ぬのか?

あの子を一人残して?


嗚呼…まだ…死ねない!


よく見れば奴の攻撃は重心もバラバラでまともな攻撃は飛んでこない。

それなら…奴の腕が伸び切る前に何とかして勢いを殺す、それしかない。


左手に全ての力を籠め、奴の拳に当てる。

腕からは血が噴き出て、筋肉は千切れ、骨は軋み、目の前がチカチカする程の痛みと気持ちの悪い感触が脳に送られてくる。


「ぐっ!があぁぁーーー!!」


咆哮。

限界を訴える体を無視して体中の力を振り絞り、ゴブリンを押し返す。


態勢が崩れ今度こそ無防備になったゴブリン。

顔には焦りと絶望の表情が浮かんでいた。


迷うことなく右手に持った剣で、僕はゴブリンの首を叩き斬った。


「ギャッ!……」


短い断末魔だった。


そのままゴブリンは塵となって消えていき、その場には謎の巻物とひときわ輝く魔石が一つ転がっていた。


取り合えず何時もより高いポーションを迷わず2本飲み切り、ドロップアイテムを回収してからアドレナリンが切れ、鉛の様に重くなった体を引きずって壁際までやって来た。


アイテムボックスから魔物避けを取り出し、壁に背を預けながらポーションによる回復を待つ。


左腕から何かが蠢くような感触がして非常に気持ち悪い。

ハイポーションだったら麻酔の効果が付いていたのになぁ…なんて考えてしまうがケチった自分が悪い。


段々瞼が重くなってきた。

魔物避けは…まだ大丈夫そうだ。

…流石に…魔物が……でてくる…こと…はない…よね?

僕の意識が持ったのはここまでだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「昇太、最近私は気付いたことがあるんだ。」


何でもない昼下がりの事、徐に姉さんが突然僕に話しかけて来た。


「え…急にどうしたの?」


訳が分からず取り合えず聞き返してしまった。


「そう…やはり夕夏は可愛いなぁ…と。」


「…そっか…姉さん僕はそれを昨日も聞いた気がするよ…。」


ほぼ毎日同じことを言う姉さんに少し…かなりあきれてしまう。

それが表情に出ていたようで慌てて姉さんが弁明してくる。


「すまない、もちろん昇太の事も大切に思っているぞ。」


…前言撤回、姉さんは姉さんだった…。


「日葵は本当に昇太たちの事が好きねぇ…。」


夕夏の事を抱っこしたまま苦笑いを浮かべている。


「もちろん!二人とも私の大事な宝物だ!」


天色あまいろの瞳をキラキラと輝かせながら僕に抱き着いてくる。


「私にとって二人は太陽だ!だから私は輝くことが出来る!だから…」


姉さんの表情が段々と深刻な表情へと変わっていく。

場面が変わっていき、周りの景色が薄れていく。


昇太、ちゃんと夕夏を守るんだぞ。」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



周りに幾つもの魔物の気配を感じる。

弾かれるように立ち上がり辺りを見回す。

そこには複数のグレーウルフがこちらの様子を見ていた。


置いておいた魔物避けは確認してみると停止しかけていた。

結構使ってたし…仕方ないか。


ポーションのお陰で左腕の骨は治ったのだが、風魔法による切り傷の多くは動くと傷口が開いてしまいそうだ。


今の僕には奴等を相手するだけの体力も残っていない。

そこで僕は、戦闘を避けてダンジョンから脱出する為に、停止しかけた魔物避けを担ぎ、全力疾走するのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



外に出たのとほぼ同時に魔物避けが停止し、僕もその場にへたり込んでしまった。


あぁ…疲れた…。


無事に生還できた喜びを噛み締めて、大の字になって寝っ転がる。

今日は夏休みの最終日ということでダンジョンに来る人も少ない為、特に気にすることも無い。


…初めて、明確な死を意識した。

自分はここで死ぬのだと、もう大切な人達には会えないのだと、本当に思った。


ある程度体力が回復したので今日の成果を換金するためにも冒険者協会へと向かう。


…何だかいろんな人からじろじろ見られるな…何でだ?


何時もよりも何倍も重く感じる体を引き摺る様にしながら歩く。


ようやく冒険者協会へと着き、扉を開けると丁度香取さんが居た。

香取さんは僕の姿を見るや否や大きな悲鳴を上げた。


先程までの戦いで過剰分泌したアドレナリンで特に何も感じなかったが、僕は今、結構重傷なのを失念していた。


……取り合えず治療室行くか…。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「先程はお騒がせしました…。」


治療室へと行き、処置をしてもらったおかげで、体中の切り傷も消え、ボロボロになった装備の代わりに着替えを貰うことが出来た。


呆れた表情を浮かべてこちらを見つめる香取さんと目を合わせられない…。

香取さんは大きなため息を一つ吐き、トレーをこちらに差し出した。


「本当に君は…無茶ばっかりするよね…。はい、これが今日の換金結果だよ。」

「微小魔石が12点、小魔石が23点、グレーウルフの毛皮が12点で1万4100円。それと風の小魔宝石が1点と鑑定をお願いされてた巻物が一点だね。」


差し出されたトレーに乗せられたお金を受け取り、鑑定結果について尋ねる。


「取り合えず鑑定結果の方から言うけど、この巻物は風魔法のスクロールみたいで市場だと20万から30万くらいで取引されているけど…どうする?」


スクロールと言うのは使うとそこに書かれているスキルを取得することが出来るという優れものだ。

正直、売ってもいいけど自分で使いたいな…。


「それじゃあ、魔宝石はそのまま換金してください。スクロールの方は自分で使おうと思います。」


「うん、私もそれが良いと思うな、ええと…風の小魔宝石が一点で6000円になります。」


換金してもらった分を受け取り、家に帰ろうとすると香取さんに呼び止められる。


「星巳君、これ君に上げる。」


そう言って渡されたのは小さな袋だった。


「これは…何ですか?」


香取さんは優しく笑いながら言った。


「お守りだよ、星巳君いっつも無茶するからさ、お姉さんからプレゼントだよ、星巳君が無事に帰ってきますようにって願っておいたから。」


よく見ると香取さんの手には絆創膏が貼られていた。

恐らく自分で縫ったのだろう。

思わずお守りを握る手に力が入る。


「…ありがとうございます。大切にします。」


そう言うと香取さんは照れくさそうに笑っていた。




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補足コーナー&作者から皆様へ


・星巳 夕夏について…小学生とは思えない観察眼を持った少女、因みに主人公が不摂生なこともバレているし、ダンジョンに行っているのも何となく察しが付いている。


・星巳 日葵について…主人公が気絶する際に毎回出てくるお姉ちゃん。

実の主人公の口調はこの人に大きく影響されている。


・二条 綾について…自分の気持ちを他人に正直に伝えられないのが最近の悩みである。この想いは今は彼に届くことが無くても彼女の心の中で途切れることなく燃え続けている。


・香取 結奈について…凄まじい速さでアルバイトから正社員に昇進した才女。

元のスペックがかなりあるので主人公と一緒に成長していくだろう。


・スクロール…スキルの強制発現書。そこに記載されているスキルを呼んだ相手に半強制的に習得させる。たとえそこにデメリットスキルが入っていようとも…。


・魔宝石…簡易魔法石と読み方は一緒だけれども意味合いが違う結構分かりにくい奴。魔石がたくさんの魔力を帯びて希少性を増した物、属性が付いた魔宝石はより高価に取引される。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


皆様、更新が遅くなり申し訳ございません。

まだ諸事情により更新が不定期になるかもしれませんが何卒宜しくお願い致します。

そして、今話から皆様から頂いたアドバイスにより行間を開けてみることにしました。

これからもアドバイス、質問、感想、等々お待ちしていますのでよろしくお願いします。

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