第八話 【衛兵と女神】

「おい、大丈夫か!? 何があった!?」


 目を開けると、視界には一杯の青い空が映る。

 あれ?

 何をしていたんだっけ……?

 倒れる前のことを思い出そうとしても、頭がズキズキと痛むだけである。


 というか体中が痛いんだけど……。

 ここはどこだっけ……?


「あーっ!!」

「うおッ!」


 その瞬間、全てを思い出し、体が飛び起きる。

 すぐ近くで何か聞こえたようだが、気にしている場合では無い。


 そうだ、あいつにボコボコにされて……。

 キーカは!?

 ってあいつ、僕を置いて帰ったんだった……。


 すたすたと歩いて帰るキーカの後ろ姿を思い出し、気分が落ち込む。

 まさか、ここまで嫌われていたとは。

 もう、小さいときのように、僕の後ろをずっとくっついてきたキーカは戻ってこないのだろう。

 そんな感傷に浸りつつ現状を確認しようと、気持ちを切り替える。


 ん、そういえば、体が動くぞ?

 節々が多少痛むけど、これなら帰れそうだ。


「あー、おい、本当に大丈夫なのか?」


 体の異常を確認していると、何やら声が聞こえてきた。

 ふと顔を向けると、そこには全身を白銀のメイルで覆う三人の衛兵の姿。


「あ、すみません。大丈夫です……」


 いきなりの衛兵の登場に、動揺を隠しきれず、人見知りオーラ全開の返事をしてしまう。

 別に普段から人見知りというではない。

 この反応には理由があるのだ。


 この町の衛兵はとても優秀である。

 勧善懲悪・信賞必罰を絵に描いたような組織であり、いかなる札付きのワルでさえ、裸足で逃げ出すとさえ言われていた。

 そんな彼らの活躍があるからこそ、この地域の治安は安定している。

 しかし、この町は彼らが守っていると言えば聞こえが良いがその実、治安を守るという御旗を振りかざし、多少の暴力や脅迫など少々やり過ぎるきらいがあった。


「そうか、大丈夫なら良かった。しかし、この場所の有様はなんだね? 詰所で少し事情を聞かせてもらおうか……」


 リーダー格であろう衛兵が責めるような口調でそう言うと、ギロリと鋭い眼光を向ける。

 自分の周りに目をやると、木の破片やら、空の瓶やら、壊れたものが辺り一面散乱していた。

 しかも、一緒に倒れていたはずの取り巻き達もいつの間にかいなくなっている。


 これはとてもまずい。

 自分は完全なる被害者なのだが、状況を説明するのが難しい。

 第一、この惨状の原因である当の本人達はいなくなっている。

 唯一の味方だと思いたいキーカも、たぶん知らぬ存ぜぬを通すだろうし……。

 このままだと、全部僕の仕業になってしまう!


「えーっと、その……」

「いいから、来なさい」


 衛兵の一人に腕を掴まれ、体を引っ張られる。

 力の差は歴然であり、抵抗なんて出来そうに無い。

 もし身柄を拘束されてしまったら、明日の試験も行けるどうかもわからなくなってしまう。

 なんとかこの場から逃げなくちゃ!


 そうは思っても、衛兵に掴まれた腕は振りほどけそうにない。

 それに運よく逃げられても、余計怪しまれて捕らえられてしまうだろう。

 

「僕は何もしてません!」

「そうか、その話は詰所でじっくり聞かせてもらおう」


 なんとかその場に留まろうと体に力を入れるが、関係なく体の主導権を持っていかれる。

 一体どうすればいいんだ。


「衛兵さーん! 向こうに犯人が行きましたよ」


 そんな時、優し気な女性の声が突然路地に響く。

 ひょっこり大通りから顔を出したのは、セレスにとっての助け女神であった。

 その女神はセレスの姿を認めると、小走りでこちらに駆け寄ってくる。


「ム……あなたは確か冒険ギルドの……」

「ご苦労様です。冒険者ギルドの受付をしております。ヘルシアと申します」


 ヘルシアさんはそう言い、軽く一礼する。

 衛兵は突然のギルド関係者の登場に少し訝しみつつも、話を続けるように促した。


「……それで、犯人というのは?」

「はい。現場を見てたのですけど、その少年が大男にいきなり殴られて…」


 ヘルシアさんは現場で起きたことを詳細に、時には身振り手振りを交えて説明する。

 しかし、セレスは少し困惑していた。

 その話は大筋で正しかったが、一部は違う点があったからだ。

 彼女はキーカの存在を説明しなかったのだ。

 突然、その大男の周りで風が爆ぜ、傷ついた体を引きずるように逃げて行ったと説明していた。


「……なるほど、わかりました。その男は西の方角に向かったのですね?」

「はい。かなり傷だらけでしたので、すぐわかるかと」

「ご協力ありがとうございます! これにて失敬!」


 先ほどまでセレスに向けられた態度とはまるで違い、衛兵たちはビシっと敬礼し颯爽とその場を後にした。

 彼らの姿を見送ると、急激に体中の力を失いその場に倒れそうになる。

 

「セレス君、大丈夫!?」

「あ、ありがとうございます。ヘルシアさん……」


 倒れる寸前でヘルシアさんが僕の体を支えてくれた。

 自然と抱きしめられるような恰好になり、彼女の柔らかい感触に思わず赤面してしまう。

 

「も、もう大丈夫ですから!」

「でも……」


 慌てて、くっついていた体を離して距離を取った。

 そんな僕のことを、ヘルシアさんは心配そうに見つめている。

 体には彼女のぬくもりがまだ少し残っていて、心臓がドキドキしていた。


 僕は女性にあまり免疫が無い。

 周りにいる女の子といったらキーカぐらいだし、ヘルシアさんだってギルドの中で仕事の話が主で、それ以外の会話なんてほとんど経験が無かった。

 しかも、ヘルシアさんはとても綺麗な人で、僕も他の冒険者と同様に密かに憧れを持っているのだ。


「大丈夫ならいいのだけど……」

「はい。それよりも、ヘルシアさんがどうしてここにいるんですか?」


 それは純粋な疑問だった。

 彼女は冒険者ギルドの受付嬢であり、今この時間も勤務中であるはずだ。

 それにいつものギルドの制服を着ており、休暇中とも思えなかった。

 

「えーと、ギルドの方にここで冒険者が乱闘してるって連絡が入ってね。話をきいたら、巻き込まれてるのがセレス君かもって思って……、抜け出してきちゃった」


 最後に音符マークがつくような調子でそう言うと、いつものにこやかな顔で話を続ける。


「でも、本当に来てよかった。あのまま連行されてたら、しばらくお家に帰れなかったかも……」


 彼女は手を前で合わせ、本当に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 そんな彼女に、僕は改めて頭を下げお礼を言う。

 

「本当に、助けてもらってありがとうございました」

「ううん。無事でなによりよ」


 いくら感謝の言葉を並べても足りない。

 思えば、冒険者ギルドでもいつも助けてもらっていた。

 “冒険者ギルドの底辺”なんて呼ばれていた僕なんかに対して、唯一優しくしてくれたのもヘルシアさんだ。

 この前のギルド脱退処分だって、僕のことを心配してくれて彼女の口から言ってくれたのかもしれない。

 こんな優しい人が、他の冒険者たちみたいに悪意を持ってそんなことを言うはずがない!

 そう思うと、今まで心の中でモヤモヤしていたものがすっと晴れた様な気がした。


「ヘルシアさん!」

「ん? どうしたの?」

「僕……明日の試験絶対合格します! 見ててくださいね!」


 すると、彼女はいつもの笑顔で。


「うん。信じてるよ!」


 そして、次の日。

 運命の最終試験当日を迎えた――――

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