第六話 【蛇目の処刑人】

「おい、そこの兄ちゃん、こっち見て行ってくれよ! うちの武器は切れ味抜群だぜ!!」

「ダンジョンでの保存食はデイミラ商店へー!!」


 元気のよい声がそこかしこに響いている。

 ここはセレスたちの住むギールの町一番の大通り。

 南北に続く大きな通りではいくつもの店が立ち並び、日用品や家具、冒険者に欠かせないアイテムまでたいていの物はここで揃う。

 午前中とはいえ、主婦や冒険者、他国の商人達が掘り出し物はないかとあちこちで目を光らせており、大通りは活気に満ちていた。

 そこで試験のダンジョンに挑むための買い物をしていた僕とキーカであったのだが。

 

「ギンナの実とブルーシーズをすり潰して調合すれば、魔物除けになるでしょ! アンタ、そんな事も知らないでよく冒険者なんてやってこれたわね!?」

「うるさいなぁ。そんなことしなくても、魔物除けのお香を買っておけば大丈夫だって」


 僕たちはその大通りにある道具屋に入っていた。

 どうやら隣にいる大先生様は、僕の買い物が気に食わないらしい。

 さっきから選ぶアイテム全てに難癖をつけてくる。


「それは、効果が薄いの! Eランクぐらいの魔物なら逃げるけど、Dランク以上の魔物には効果が無いのっ!」

「へぇ……。そうなのか?」

「アンタねぇ……!」


 キーカは呆れたような嘆息を漏らす。

 これではどちらが先輩冒険者なのかわからない。

 彼女は、冒険者になる為に、祝福ギフトを使った戦闘訓練だけではなく、冒険者に必要な知識も勉強していたようだ。

 一方のセレスは、まともにパーティに入ることもできず、未だに知識も初心者並である。

 これでは、僕の三年間の冒険者経験も形無しだ。


「ああ、もうっ! アンタと買い物するとイライラするっ!」

「うっ……なんかごめん……」

「後はポーションだけ買っておけば! とりあえず不合格でも死ななければ上等よ! アンタみたいなやつでも死んじゃったら母さんが悲しむわ」

「はい……」


 もう言い返す元気など僕には無かった。

 それほどに彼女の指摘は厳しく、また冒険者として正しくもあったのだ。

 キーカはすこぶる不機嫌になり、僕を置いて道具屋から出て行ってしまった。


「おじさん。このポーションください……」

「毎度あり。しかし兄ちゃん。あの娘はやめときな。将来尻に敷かれっぞ」

「そんなんじゃないですから……」

「なんか大変そうだな……。おまけに1本つけといてやるから、元気出せよ」

「おじさん…、ありがとね」


 道具屋のおじさんの心配りに泣けてくる……。

 これでは、試験の前に精神がやられてしまう。


 おじさんからポーションを受け取り、外に出る。

 店を出た先にキーカの姿は既に無く、左に目を向けると、ずいぶん先にその小さい背中を見つけた。

 「おーい!」と呼び掛けても、聞こえないのか、無視しているのか、歩く速度を緩める気配はしなかった。

 両手に荷物をぶら下げ、大通りを歩くセレスの遥か前には、人垣を縫ってスタスタと歩く彼女の姿。

 普段からどんくさい僕は、人並みに逆らえずついていくのでやっとである。

 まして両手には買い物したアイテムが入った布袋を提げており、非常に歩きにくい状態だ。

 しかし、彼女が待ってくれるはずもなく。


「置いてかれてしまった……」


 僕は完全にキーカの姿を見失った。

 買い物も終わったことだし「まぁいいかな」と開き直り、トボトボと帰り道を歩き始めた。

 賑やかな大通りを北へ向かい、途中で路地に入った方が近道である。

 人通りも少なく街灯も無い道なので、あまり安全とは言えないがこんな真昼間から襲われたりすることはないだろう。


 そうして路地に進み、しばらくすると前方にたむろしている連中の姿が目に入る。

 こんなところでたむろしている連中なんてまともな奴らじゃないと、顔を下げて足早に通り抜けようとした。


「おい、お前!」


 丁度そいつらの横を通り過ぎた時、突然声をかけられた。

 ぱっと目を向けると、なんとなくその姿に見覚えがある。


 ドミーゴ=カステル。

 彼はこのギールの辺境伯の息子であり、冒険者をしている男だった。

 腕っ節が強く、十代にしてCランク冒険者に昇格したとギルドでも話題になっており、若手冒険者のホープとも言われている。

 上背は2mに届くほどに大きく、背中には大きな剣を携えていた。

 蛇のような目をしており、後ろに流した灰色の長い髪が特徴的で、その容赦のない戦闘スタイルから蛇目の処刑人エクセキューショナーと呼ばれている。

 周りにはパーティーメンバーなのか、男2人と女1人がこちらに目を向けていた。


「てめぇ、挨拶もなしに俺の目の前を素通りたぁ、寂しいじゃねえか」


 全身に纏わりつくような不快な声。

 彼の蛇のような目に睨まれたセレスは、その場から動けなくなってしまう。

 奴はかなり危険な人物だ。

 格下の冒険者や気に入らないという理由だけで、暴行・脅迫・強盗などを平気で行っている。

 普通の冒険者であれば、ギルドから除名処分を下されてもおかしくないのだが。

 辺境伯の息子であり、冒険者としても有能である為、ギルドもその素行に目を瞑っているのだ。

 

「あれ? お前は……」

「あ、コイツ知ってますよ! 冒険者ギルドの底辺って呼ばれてるやつだ」


 そう言うと、下衆な笑い声をあげた。

 パーティーメンバーの内、男2人が僕のことを知っているようだ。

 こんな時、変に有名な自分を恨みたくなる。


「アハハハハ! そりゃ大層な名前じゃねえの。で、その底辺君は礼儀もなってないようだ」

「え?」


 その瞬間、体に大きな衝撃を受け、視界が逆さまに映る。

 何が起きたのかわからない。

 いつの間にか体が地面に倒れていた。

 そして今気づいたと言わんばかりに腹部に激痛が走る。


「ごふっ、ごふっ」


 痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い。

 今まで感じたことが無い激痛。

 もはや叫び声にすらならず、ひゅーひゅーと空気だけが漏れ出ていた。

 

「おいおい、ずいぶん軟弱だなぁ。たった一発でギブアップたぁ、その辺のゴブリンよりも弱いんじゃね?」

「カステルさん。こいつはゴブリンすら倒したことないらしいですよ」


 取り巻きが笑いながらそう言った。

 

「ハハハッ! そいつは傑作だ! ゴブリンを倒せない冒険者なんているのかよ」


 こうして、理不尽な目に合う事は一度や二度ではない。

 冒険者ギルドの底辺と呼ばれてから、様々な場面で酷い扱いを受けてきたことはあった。

 こういう時は、静かに嵐が去るのを待つのが正解だと知っていた。

 倒れて動けないフリをしていれば、連中はいつか飽きる。

 下手に反抗すると、二倍、三倍となって悪意が自分に返ってくるのだ。

 

「あ、ラッキー。このアイテムは貰っていきましょうよ」


 女が手にしていたのは、倒れる際に地面に放り出された布袋であった。


「お、いいじゃないか。底辺君、このアイテムは借りてくぜ」

「ゃ……めろ……」

「あぁ? なんか言ったか? まぁいいや、今日はもうお家に帰っていいぞ。見逃してやるからよ」


 そういって奴らは背を向ける。

 やめろ!やめろ!やめろ!

 心の中で何度も叫ぶ。

 それは叔母さんと叔父さんの思いが詰まったアイテムだ!

 試験に挑むのに必要なんだ!


 そんな思いもむなしく、奴らは布袋を持って去っていく。


 くそっ!

 なんでこんなに力が無いんだ!

 何もできなかった。

 大切なアイテムを守ることも。

 奴らに立ち向かうことも……。



「はぁ……。随分遅いと思ったら……、やっぱりアンタに冒険者なんて無理なのよ」

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