第二話 【決意】

「約束か……」


 ベッドの上で呟く。

 自分を信じる事。

 それは今の僕にとって、到底できないことのように思えた。

 何をやってもうまくできない自分の何を信じれば良いというのだろう。

 こうやって部屋に一人でいると、猛烈な孤独感に襲われる。

 悪い考えばかりが頭の中にチラついて、心が沈んでいくようであった。

 

「これからどうしよう……」


 呟いた言葉たちは、宛もなく宙を彷徨い消えていく。

 


「――っ!? なんだ?」


 静まり返っていた寝室に突然ガタンと物音が響く。

 ドアの外からのようだ。

 その物音が気になった僕は、のそのそとベッドから這い出しドアに近づく。


「お客さんが間違えたのかな?」

 

 これまでも酔っぱらった宿泊客が部屋を間違えてくることは度々あった。

 宿の一室を間借りしているため仕方がないことであるが……。

 しかし、それにしては静かすぎる。

 酔っぱらった客が部屋に乱入してくる事もない。

 それどころか、その物音以外は何も聞こえてこなかった。


 恐る恐るドアを開ける。

 小さい頃からお化けは苦手だ。

 

「誰もいない……」


 廊下を見渡しても人影はない。

 お化けでは無かったことにホッと胸をなでおろした。

 やっぱり気のせいかなとドアを閉めようとした時。

 目の端にきらりと光るものが映った。


「なんだこれ?」


 足元に落ちていた物。

 体をかがめて指でつまんでみる。

 それは銀色に輝く指輪であった。

 なんでこんな場所に指輪が?

 僕は疑問に思いながら、その指輪を拾い上げ、何気なく内側を見る。

 そこには“アルバ=シュタイン”と刻まれていた。

 

「父さんの名前だ!」

 

 記憶の中にしかいなかった父さん。

 その時セレスは確かにはっきりと感じ取った。

「ガハハっ、大丈夫だ! なんたってお前は俺の息子だからな!」

 と笑う父親の姿を。


「父さん……!」


 その時、セレスは何かに目覚めたかのように宿を飛び出す。

 今まで生気が感じられなかった目には、深い決意が宿っていた。


 こんなことぐらいで諦めてたまるか!

 自分の力を信じ、強く生きる為に。

 もう一度挑戦してやる!


 

 そんなセレスの姿を廊下の奥で見守る小さな人影があった。

 宿を飛び出した彼を見て。

「本当に手間がかかるんだから……。頑張ってね、

 そう、嘆息を漏らしながら呟いていた。




 セレスが生まれたこの町はアルミス王国内にあり、ギールと呼ばれていた。

 周囲は森林に囲まれ、町の中心には大きな川が流れている。

 王国内でもそれほど大きい町とは言えないが、セレスはここをとても気に入っていた。

 そんな町の中心に小綺麗な木造建築の建物がある。

 それが冒険者ギルドであった。


 いつものように扉を開け中に入ると、夕方特有の混雑で人が溢れかえっている。

 クエスト帰りの冒険者たちであった。

 通常は朝にクエストを受け、夕方に完了報告を行うことが多いため、この時間はとてもギルド内が混雑する。

 そんな冒険者たちをかき分け、僕は目的の窓口へと向かった。


 腰まで伸びた綺麗な緑色の長い髪、優しそうに少し垂れている目。

 そこには、次々と雪崩れ込む冒険者をテキパキと捌いていたヘルシアさんの姿があった。

 僕にとって、間違いなく大切な恩人の一人である。

 彼女は初めて冒険者登録する際に受付して以来、とても良くしてくれ、セレスの事を良く思わない冒険者が多いギルドの中でも唯一の味方と言える存在であった。


 しかし、彼女の口からギルドの脱退処分を宣告されたという事実。

 少し前のセレスであれば、恥ずかしさと裏切られたという思いで、二度と顔を合わせられなかったかもしれない。


「セ、セレス君!?」

 

 ヘルシアさんは窓口に近づく僕の姿に気づいたようであった。

 僕はそんな彼女の目の前に来ると、思い切り頭を下げる。


「ヘルシアさん。この間は突然出て行ってすみませんでした!!」

「そんなこと気にしないでいいのに……。じゃなくて!! 一体どうしたのセレス君!? あなたは、その……」


 ヘルシアは、もう冒険者ギルドには来ないであろう人物が現れたことにとても驚いていた。


「冒険ギルドを脱退処分になったことは分かっています。でも、どうしても冒険者を諦めたくないんです!」

「気持ちはわかるけど……」

「お願いします! これが最後のチャンスでいいんです!」


 セレスは鬼気迫る表情でヘルシアに頼み込む。


「ちょ、ちょっと待って! セレス君の気持ちはわかったわ。一度ギルドマスターにも相談してみるから」


 ヘルシアは、今まで見たことがない彼の雰囲気に並々ならぬものを感じ、思わずギルドの長である”ギルドマスター”に相談すると約束してしまう。

 その言葉を聞いた彼は、また一段と頭を下げた。


「ありがとうございます!!」

「でも少し時間をちょうだい。それと、セレス君がここにいると知られたらまずいから、とりあえず今日は帰った方がいいと思う……」

「そ、そうですよね。わかりました」


 セレスはここで、自分がした行動に気づく。

 周囲はクエスト帰りの冒険者でごった返しており、セレスがかなり大きい声で話していたせいで、なんだなんだと好奇の目に晒されていた。

 しかも、セレスが窓口を塞いでしまったせいで、順番待ちの列ができ、後ろから早くしろとの声も聞こえてくる有様であった。


「またこっちから連絡するから……ね?」

「はい。お願いします――――」


 そう言うと、僕は逃げるようにそそくさと冒険者ギルドから立ち去ったのであった。


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 夕方のピークを捌き切った後、ヘルシアは先ほどの事を思案していた。


「はぁ……、びっくりしたなぁ。それにしてもセレス君……何か思い詰めてるみたいだった……」

「ねぇ、ヘルシア。さっき来てた子、脱退処分になった子よね?」

「わっ! 先輩、見てたんですか!?」


 そこにいたのは、ヘルシアの先輩であるニーナだった。

 ニーナはノリが良い性格で、冒険者達からも好かれている。

 そんな彼女に告白し玉砕された者も多く、冒険者ギルドの撃墜王と呼ばれているとかいないとか。

 自慢である金色の髪を肩まで伸ばし、明るく誰とでも親しげにしゃべる姿は、このギルドのマスコットなのだと冒険者たちは口を揃て言う。

 

「そりゃ、あんなに大きな声が聞こえたら気にもなるわよ……。それより、なんであの子ギルドに来たの? 処分のことはもう伝えたのよね?」

「はい、それは伝えましたけど……。実は……」


 ヘルシアは先ほど起こった顛末を話した。

 自分一人では、手に余る事案でもある。

 心では彼を応援したいが、勝手に約束してしまったことは後悔していた。


「なるほどねぇ……。そういうことなら、私の方からギルマスに話してみるわ」

「先輩、本当ですか!?」

「えぇ、このままだと彼も納得しないでしょう。最後の試験をできるようにギルマスに掛け合ってあげる」


 ニーナらしい快活な笑みであった。

 やはり先輩はとても頼りになる。


「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「ヘルシアのお気に入りの子だものね。少々贔屓にしても大丈夫でしょ!」


 そう言うと、ニーナは意味ありげなウインクを残して去っていった。


「ち、違いますっ! そんなのじゃないです! あ、先輩待ってくださいっ!」


 ヘルシアの精一杯の反論は、ついに彼女の耳に届くことは無かった。

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