第一話 【走馬灯】

 薄暗い森の中。

 張り詰めた空気が漂うその場所で、形振り構わず全力疾走する人影が一つ――――

 

「はぁ……はぁ。……クソっ!」


 どのくらい走っただろうか。

 一時間?

 三十分?

 いや、実際は数分の出来事かもしれない。


 時間の感覚なんてとうに分からなくなっていた。

 最早、限界は超えている。

 目は霞み、抑えきれない吐き気がこみ上げてきた。


「ゲホッ……ガホッ……。うっぷ……」


 その足がついに止まった。

 足の筋肉は痙攣し、心臓は早鐘のように鼓動している。

 限りなく近づく死の足音。

 心が絶望に犯されていく。


 自分の何がいけなかったのだろう。

 父さんや母さんみたいな、立派な冒険者になりたかった……。

 あの勇者のように――――


 セレスはその場に崩れ落ちる。


「ごめんよ……。父さん。母さん……。みんな……」


 これまでの記憶が、走馬灯のように頭を駆け巡っていく。


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 冒険者ギルドからの突然の脱退処分。

 突き付けられた現実を受け入れることができない僕は、その場から逃げるように飛び出した。


 頭の中は真っ白になっていた。

 悔しさと情けなさが途切れることのない波のように押し寄せる。

 涙と鼻水で顔はくしゃくしゃになった。

 それは、両親のような立派なテイマーになることが夢であった僕にとって、あまりに過酷な宣告だった。

 


 ヘルシアは飛び出すセレスを追いかけようとした。

 しかし、その顔が目に映り思い留まる。


「これで良かったのよね……。このまま冒険者を続けていたら、いつか死んでしまうかもしれないもの……」


 そう自分に言い聞かせるように呟いた。

 しかし、彼の事情を知っているだけに、心のどこかにやりきれない気持ちが燻る。

 どうにかしてあげたい気持ちもあったが、ギルドの決定に少し安堵している自分もいた。



 あれから三日――――

 セレスは親戚の家に間借りしている自室に閉じこもっていた。


 この家の主である叔父夫婦は町の宿屋を営んでおり、その一室にセレスを住まわせている。

 冒険者ギルドでまともに稼げない彼は、宿を借りる金どころかその日の食べる物さえ苦労する有様。

 セレスは叔父夫婦の好意に大変感謝しており、宿の手伝いをしながら慎ましく暮らしていた。

 二人はとても良くしてくれ、まるで我が子のように可愛がってもらっている。

 しかし、夫妻の娘であるキーカには何故かとても嫌われているのだが……。


 セレスは三日三晩泣き腫らした。

 この三日間誰とも顔を合わせようとせず、食事もまともに食べていない。

 空腹により体は悲鳴を上げているが、何も食べる気は起きなかった。


 子供の頃からそうだ。

 何をしてもいつもうまくいかなかった。

 冒険者に向いてない事は自分が一番わかっている。

 魔物の一匹倒せない冒険者なんて必要とされるはずないのに。


 悔しかった。

 冒険者でありたかった。

 幼い頃両親と交わした約束。

 それは、唯一残っている両親との思い出――――


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「セレスは将来何になりたいの?」

「ゆうしゃ!」


 今でも優しい笑顔を覚えている。

 どんな時もその笑顔で僕を包んでくれた母さん。

 

「そうかそうか! 流石俺の息子だ! むしろあのバカ勇者よりも強くな…」

「あなた! セレスに変なコト吹き込まないの!」

「す……すまん。つい……」

「もう、本当に親バカなんだから……」

 

 母さんには頭が上がらないけど、町の人から頼られるカッコいい父さん。

 いつもガハハと笑って、どんな問題でも吹き飛ばしてくれた。

 僕はそんな父さんと母さんが大好きだった。


「ぼく、おとうさんとおかあさんみたいなていまーになりたいな!」

「……っ! セレスなら絶対に立派なテイマーになれるわよ!」

「どっちが親バカなんだ……」

「何か言った?」

「ナンニモイッテナイデス」


 両親は有名な冒険者であり、町の誇りでもあった。

 そんな二人の子供であったセレスは、町の皆から将来を期待されていたのだ。

 あの日が来るまでは……。


 ある日の朝。

 母さんはいつもの優しい表情では無く、何故だか、すごく悲しそうな表情を浮かべていた。

 僕を抱きしめて、声を振り絞るように言った。


「セレス……。あなたは強く生きるのよ……」

「うん! ぼく、すっごくつよくなるよ! だって、ゆうしゃになるもん!」


 僕が胸を張ってそう言うと、母さんはようやく、いつもの優しい笑みを浮かべる。


「そうじゃないの。強いって事は、戦う時の強さだけじゃないの」

「そうだぞ! 男なら大切なものを守る事ができなければな」


 父さんはいつものように笑っていた。


「うーん。それってなにがちがうの? よくわかんない……」

「今はわからなくていいわ……。でも、これだけ約束してね。これから、何があっても自分の力を信じて強く生きるのよ。信じていれば、必ず良い方向に向かうから」


 母さんはそう言って、頭を優しく撫でてくれる。

 その手の温かさにとても安心した。

 でも、その時の母さんの寂しそうな顔が印象的で、今でも脳裏に焼き付いている。


「うーん……よくわかんないけど。わかったよ! やくそくする!」

「ガハハッ! セレスは大丈夫だ! なんたって俺の息子だからな!」

「うん!」

「じゃあ、ちょっとだけ父さんと母さんは出かけてくるから、叔父さんの言うこと聞いて、良い子に留守番してるんだぞ!」

「わかった! いってらっしゃい!」


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 それが両親と交わした約束。

 そして、はっきりと覚えている、両親との最後の思い出。

 この日を境に、父さんにも母さんにも会っていない。

 叔父さんに二人の死を知らされたのは、セレスが十歳の誕生日を向かえた頃であった――――

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