22.そんなの見られてたの……?

『ところでさー』

「はい」

 幾本目かの触手をマイアのシンフォニアが避け、ディモスが黒い刃で斬り飛ばす。

 魔装グリモローブ同士では味わえない速度で目まぐるしく外の光景が変わるが、レナとカリーナが撃ちもらした触手を相手にすればよく、機動はマイアに任せて攻撃に専念できたので、比較的余裕があった。

 そんな中で、マイアが発した呑気な声に、真織は応じていた。

『船外で活動するなら、オープンの通信は繋いどいたほうが良いよ? いろんな情報拾えるし』

「……すみません。その辺は知識と経験の不足です」

『それでも外に飛び出しちゃったんだね。確かに無茶だ』

「雲棲生物見たくて、つい」

『いやいや、その好奇心の強さ、私は好きだなー』

 通信機から、機嫌良さげな跳ねるような声。その力強い不思議な頼もしさに、銀星隊の一部隊を率いる隊長であるという事を納得させられる。

『はい、マオの良いところなんですけど、危なっかしくって』

「いや何言ってるのアイラ……!」

『あっはは、仲いいんだねー! あたし達と一緒だ』

『私らも王立魔法学園の同級生だったからね。ちょっと親近感沸いた』

『何だかんだであたしたちも、マイアの事大好きだからねぇ』

 マイアの言葉に、レナとカリーナが乗っかってくる。

 緊張感がないやら恥ずかしいやらで、真織は思わず片手で顔を覆った。

「……ぁあ、もう。私、何を聞かされてるんだろう……って」

 が、しかしすぐに、この会話の間もレナ機とカリーナ機は、機首の左右に備えられた銃杖ガンロッドから放たれる魔法で、接近する触手を的確に破壊したり切断したりしているのに気づいて、その技術の高さに目が離せなくなる。

「……すごい、レナさんが火……あれは爆裂火球エクスプロージョンかな。カリーナさんは、風の刃エアブレイド……私も使えるけど、あの規模の銃杖ガンロッドでも、ここまで出力あるんだ」

『あの手の相手だとね。躱しながら溜めて溜めて撃つ! が基本になるから。でも逆に、シンフォニアだとアレくらいの出力が限界でさ』

「なるほど。そういえば、マイアさんの攻撃用の魔導書グリモアは何なんですか?」

『? さっきも魔法、見たよね』

「あんまり見かけない系統だと思って」

 そこは真織も人のことは言えないのだが、先の真織たちを助けた一瞬の光では、その魔法の性質を真織に知らせるには足りない。

『よぉーし、そろそろ突入開始だし、もういっぺん見せたげよう』

『ええ、お喋りはここまでです。マイア機、真織機は討伐対象の『目』を破壊して内部に突入して下さい』

 アーヤの指示が飛ぶと、マイア機が神秘マナを左右の銃杖ガンロッドに収束しながら、加速する。


『コメットぉ……ビィィィーーーーーームッ!』


 白く輝く粒子が束となり、帯となって雲域の主の黄色い目を砕く。

 その光線は破壊の奔流。それを放出しながら、マイアのシンフォニアはディモスを乗せて巨大な生物の内部に突入していった。

『光の魔導書グリモア……写本でしょうが、なかなかのレア物ですね。それにしても……』

『ええ、案外、マオと波長が合いそうよね』

 イヴとアイラが意見の一致を見せるが、当の真織はそれに反応する余裕はなくなっている。光の奔流と黒い剣で巨大生物の肉と内臓をかき分けながら進まなくてはならないのだ。

 その巨体の半ばあたりに到達した辺りで、マイアが呼びかけた。

『真織ちゃん、全開で剣伸ばして、掲げて!』

「はい!」

 最早、剣を振ればどこかしらに当たる状態だ。接触の面積がそのままダメージの大きさになるのだからと、取り回しなど考えずに魔法の刀身をひたすら大きくするため、杖に神秘マナを収束する。

 巨体の内側から伸び続ける黒い刀身が、巨体を突き破っていく。やがて表皮を貫き、その巨大な生き物の額に見える箇所から、黒い剣先が突き出した。


『どっ……かぁーーーんッ!』


 そこでマイアが巨大生物の体内で、力づくで機体をスピンさせる。それに合わせて、黒い剣はその生き物の心臓と脳、その巨体を操る為のいくつもの神経束を切り裂いて、巨大な身体を、スイカでも割るかの如く両断したのだった。



 三機のシンフォニアと共に銀星隊シルバーコメッツ一番隊母艦、ファーストコメット号に回収されたディモスから、少し目を回しながら転がり落ちた真織を受け止めると、紫黒の髪の女性はにかっと笑いかける。

「真織ちゃん、お疲れー☆」

「お、おつかれ、様です」

 真織も思わず力なく笑って、格納庫の床に足をつけると言葉を続けた。

「凄いですね……魔翔グリモブルーム

「でしょー? でもでも! 真織ちゃんの黒い子も凄かった!」

 お互いの機体を二人が褒め合っていると、髪をポニーテールに縛った女性が姿を見せる。真織と同じ黒髪だが、きちんと手入れの行き届いた光沢のあるさらりとした質感と、切り揃えられた髪型は、物質世界マテリアに居た頃のアイラに似ていると、真織は思った。

 着艦したシンフォニアからではなく操船室の方から来たようなので、この人がバックアップ担当のアーヤ・ユリシスであろう。

「皆さんお疲れ様です」

 と、その女性は柔らかな笑顔で各隊員の働きを労いながら、飲み物の入った軽い金属製のボトルを、レナとカリーナの魔翔グリモブルームの操縦席に投げ入れている。

「マイアさんと真織ちゃんも、どうぞ」

 放り投げられたボトルを、マイアはいつもの、といった感じで受け止めるが、真織はぼんやりしていたのもあって取り落としそうになってしまった。

 それを見てアーヤは上品にくすりと笑うと、もう一つ、持ってきたものを真織に差し出した。

「それと、真織ちゃんにはこれも、ですね」

「ぇ、あ……!」

 どうにかボトルを拾い上げた真織は視線をそちらに向けて、目を輝かせる。

 アイラが約束を取り付けていた、魔翔の魔導書グリモアだ。

 受け取った真織が喜んでいるのが、マイアの目にもなんとなく判ったが、素朴な疑問を口にする。

「それって魔翔グリモブルームの機体制御に使うやつだよね、面白いの?」

「……最近、自分で魔法機械作ってみたいなって思うようになりまして……大いに参考になります」

「そっか、じゃあいつか、真織ちゃんの設計した特殊スペシャルなあたしらの専用機に乗れたりする?」

「んー……考えておきます。前向きに」

 苦笑いで答えた真織に、頷く力強いマイアの笑顔。真織が最初に感じていた苦手意識などどこかに吹き飛んでしまっていた。

 そして、魔翔の魔導書グリモアを返却する時はアイラを通して銀星隊に届けられる段取りはつけてあると、アーヤの説明を受けて、ふと思う。

(あれ、私、魔翔グリモブルームにも興味あるって、アイラには言ってないような――)



「今更……そんなのね、見てれば解るわよ?」

 茹で上がったプイをフライパンでオイルソースに絡めながら、アイラ・グラキエースは言った。

 銀星隊シルバーコメッツに送り届けられてテューポーン号に戻ってみると、既に調理場ではアイラとエウルがプイの調理を始めていたのだが、アイラの記憶とアレンジで、刻んだ燻製肉と香草を添えて。どうやら概ねペペロンチーノ"らしさ"は再現できているようだ。

「マオちゃん、この前も魔装の魔導書グリモア真剣に書き写してたし、ニヤニヤしながら箒の部品カタログ見てたりするしねー」

「ええ、そんなの見られてたの……?」

 盛り付けるための皿を並べながらのエウルの指摘に、真織は肩を落とす。

 人前では目立たないように動いていたつもりだったが、どうもこの二人の前では油断してしまうようだ。

「だからね、良かったなって思ってるのよ、私」

「何が」

「マオ、向こうだと授業中も聞かずに、ノートに何か書いてばっかりいたでしょう」

「……ぇ、見てたのあの日だけじゃなかったの」

 忘れもしない、魔法世界マナリアの夢を見たあの日、アイラ・グラキエース――氷川愛良と初めて言葉を交わしたあの日。

 あの日より前からアイラが自分を見ていたような口ぶりに、真織はたらりと汗が背筋を伝ったような気がした。

「授業中は教室内の観察、よくやってたのよ。その中でもマオは、私の興味を引いたのよね。ノートの中に、足りない何かを探してるように見えて」

「……私、そんな感じだったんだ」

「へぇー……今のマオちゃんは、見つけたものを追っかけて、活き活きしてる感じだけど」

「でしょう? だから、こっちに連れて来て、やっぱり良かったなって」

 話している間にも手は止まっていない。人数分のペペロンチーノ風プイが、卓上に並べられていた。

「さ、出来上がったから、マオは船長達呼んできてくれる?」

「あ、うん」

 そういえば船内通信手段が無いんだな、と真織は気づく。巨大生物出現時も、ボアがわざわざ様子を見に来たのだ。

 各部屋に通信用の端末を設置してそれから……とそこまで考えてから、はたと我にかえって。

「……確かに」

 アイラとエウルの言う通り、この世界には真織にとって面白いものが沢山あって、それを追いかけるのが、また楽しいと、そう思えた。

「どうしたの、マオ?」

「あー、えーっと」

 問われて少し考えて、言うべき言葉はただ一言。

「ありがと、アイラ」



 銀星一番隊と真織が巨大雲棲生物を討伐してから数日が経ち、テューポーン号は特に大きなトラブルもなく航行を進めていた。

 そんな折、雲域巡回に戻ったはずの銀星一番隊のファーストコメット号から通信が入ってくる。

 真織と話したいとの事で、アイラとエウルを連れだって操船室に入ると、勢いのある声がそれを出迎えた。

『やっほー、真織ちゃん、元気してるー?』

「はい。マイアさんは……いつも元気そうですね」

「先日ぶりです、マイア隊長」

「この人がこの前の隊長さん? マオちゃんとアイラちゃんの同級生の、エウルです!」

『はーいよろしくー! んでもって、今日は真織ちゃんに重大情報を持ってきたんだよ』

 重大情報、と聞いて、三人は顔を見合わせる。そこで真剣に聞く姿勢になったところで、マイアが叫ぶ。

『この前のタコチュー、あんまり美味しくなかった!』

「……はい?」

『いやー、足一本だけ貰って、小さく刻んで焼いたり茹でたりしてみたんだけど、ちょっと水っぽいっていうか、口当たりがねー……』

「……あれだけ大きくなると、そうかもですね」

 学生三人は揃って肩を落とし、真織が辛うじてそう応える――いや、真織だけは肩を落とした理由が違う気もするが。

『あれね、調べたら肥大化した凧蛸カイトパスなんだって。普通の凧蛸カイトパスは美味しいんだけどなー』

「……! 凧蛸カイトパス……!」

 凧蛸は通常、人の腕に抱えられるほどの大きさの雲棲生物。神秘マナの嵐に乗って移動しながら、より小さい生物を捕食する軟体生物だ。

 その言葉に真織が興味を示すと、どこの島の凧蛸料理が美味しいだとか、そんな話が盛り上がる。

『……思った通り、あの方、マオと波長が合いますね』

 いつの間にか姿を表したイヴの言葉に、アイラとエウルが「うんうん」と頷く。

銀星隊シルバーコメッツ……案外、暇なんだな」

 黙々と船を進めながら話を聞いていたオウラン船長が、そんな事を呟く。

 その映像板には、目的地である羊角族シープホーンの島が、既に見えていた。

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