流れ、流れて ~武蔵野の地で~ 

マクスウェルの仔猫

流れ、流れて ~武蔵野の地で~ 


 遥か、遥か昔の武蔵野の大地で。

 寄り添って過ごす、二つの命があった。

 

 争う事のない、豊かな時代の中。

 集落の隣同士。

 ほぼ変わらぬ時期に産声を上げた男女の子は。




 春は、川の雪解けの水の冷たさに歓声を上げながら、魚を探し。

 夏は、照り付ける日差しを遮る森の緑の芳香の中で、我先にと駆けまわり。

                                     

 秋は、美しい白銀の月を互いの家族と共に見上げ、豊穣の祈りを捧げて。

 冬は、まだ見ぬ春を思いながら、器や石を手にその出来を競い合い。




 少女が振り返れば、いつもそこには。

 優しげな瞳の、少年の笑顔があった。


 少年が振り返れば、いつもそこには。

 美しい顔立ちの、少女の笑顔があった。


 時には些細な喧嘩をし。

 時には悲しみの中、支えあい。

 決して、離れる事はなく。

 交わした明日の約束を、心待ちにして。


 この小さな集落の中が、二人の全てだった。 







 何度目かの季節がめぐり、二人の身体に差が出始めた頃。


 病にかかった少女は少年を遺し、輝く夜空へと旅だった。


 少年は、もう何処にもいない少女の笑顔を探して泣き。

 後ろに手を差し出しては、少女の温もりが返って来ない事に泣き。

 精霊へと昇華した少女を想い、森を探し続けて会えずに泣いて。

 そして集落の長老から掛けられた言葉に、少年は泣くのを止めた。


 召された魂は、精霊となって舞い戻る。

 お前の涙で精霊も、共に悲しみに暮れるだろう。


 少年は、涙を祈りに代えた。

 懸命に生きた。


 そして、十度程廻った季節ののちに、少女と同じ様に夜空へと登った。







 大いなる、命の源流の中で。


 流れ、流れて。


 二つの命の物語は、続く。

 



 

 腹を空かせうずくまるる天涯孤独の子に、痩せた芋と僅かな銭を握らせる貧しき媼。

  

 

 病の町娘の為に険しい山を登り薬草を摘み、その家族に託して事切れた小坊主。



 鄙びた家の縁側に腰掛け、夜の月に手を伸ばす幼子。



 狩りの矢から盾となり絶命した群れの頭の傍で、命運を共にした鹿達。



 


 流れ、流れて。


 流れ、流れて。





 燃え盛る城の中で若君を逃がすべく影武者となり、陰腹を切った武者姿の女。



 大火で崩れ落ちた梁の下敷きになった媼を助けんと、飛び込んだ火消の男。



 嫣然えんぜんと煙管をくゆらせ、煌びやかな花街を見つめる太夫。



 秘法の贄にされた白蛇に、絡みつく蛇。



 


 流れ、流れて。


 流れ、流れて。

 追いつき、追い越し。


 流れ、流れて。

 触れては、離れ。


 流れ、流れて。

 流れ、流れて。


 そして、また。

  






 朝の日差しが溶け込む阿佐ヶ谷の仲通商店街。


 その中を走る、テニスラケットのバッグを背負った制服姿の女子がいた。


「ううあー!うっあー!遅刻でござるよ、ござござる!朝練やば、やば!あと十分以内に電車に乗らないとだよ!」


 走りながら、よく通る声で独り言を言う姿に、すれ違う人々がくすくすと笑う。


「おはよー!今日もギリギリだねー!」


 店の前を掃除していた喫茶店の男性スタッフが、少女に声を掛けた。


「おはようございます!遅刻じゃないもーん!」


 頭を下げて店先を通りすぎるルカに、開店準備をしていた他の店のスタッフからも声援が飛ぶ。


「ルカちゃんおはよ、ファイトー!」

「おはよールカちゃん、出来立ての蒲鉾あるよ!」

「何だと?!うちは焼き立てのパンだぞー!」

「おはようございます!やーめーてー!また夕方、来るー!」


 ニコニコと笑いながら、パン屋と蒲鉾屋のスタッフがルカを見送る。

 毎朝繰り返される光景なのである。


「危うく買っていくとこだったじゃん!パンと蒲鉾をかじって正面衝突とか、どんなマンガ?!待って待って、時間時間……あと何分?」


 制服のポケットからスマホを取り出したルカ。


 が。


 慌てたルカのその手からスマホがすっぽ抜け、商店街の床をクルクルと滑っていく。


「嘘でしょ?!ちょっとー!」


 慌てたルカの絶叫に、ルカの少し先を歩いていた制服姿の男子が振り向く。

 自分が呼ばれたと勘違いをしたのである。


 スマホはその足に当たり、男子が拾い上げた。

 ルカがタタタタ!と駆け寄って、頭を下げて右手を差し出す。


「ご、ごめんなさい!」

「ううん。ハイ、これ」

「あ、ハイ!ありがとうございます!」


 スマホを受け取ったルカが、男子の顔を見上げた。


(ま、まぶしい!笑顔が眩しいよ?!こんな爽やかなイケメンいたっけ?!)


 いつもは走って追い越しているという事実を、知る由もないルカ。


 ポーっと自分の顔を見つめるルカに男子が苦笑いした。


「急いでるんじゃなかったの?」

「にゅわ!忘れてた!あの、ありがとうございました!」

「気をつけてね?あんまり急ぐと転んじゃうよ」


 男子の顔と駅の方角と視線を何度も往復させ、残念そうに駆けだしたルカ。

 その背中を見て、微笑みながら歩き出した男子。


 が。


 数メートル先で、ルカがくるりと振り返った。


「あ、あの!また、!」


 手に持ったスマホを高く掲げて、ぴょんぴょん!と飛び跳ねるルカ。


「あ……うん!」


 驚きつつも、握った右手を前方に突き出した男子。


「……!!ありがとうございました!じゃ、また!」


 赤く染まった顔にいっぱいの笑顔を浮かべたルカが、駅に向かって走り出す。


(うわー!私何言ってるの!何しちゃってんの!でも何か、何か何か!運命の人に出会っちゃった感じ?!)


 嬉しさのあまりルカはもう一度、高く飛び上がった。







 ルカの背中を見送る男子、良太は握った拳を更に強く握りしめた。


(やった!何か知らないけど!あの子と話ができた!……性格もめちゃめちゃ可愛いかったよあの子!うわ!うわ!ホントに?夢じゃないよね?!)


 良太は高々と右手を掲げた。





 だが。


 ルカと良太は、ある事をすっかり忘れていた。

 この場所が、人々が行き交う商店街だという事を。


 翌日の朝、仲通商店街はやじ馬だらけであった。



 


 この武蔵野でまた。


 二人の新たな物語が、幕を開ける。






(了)



 





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