第38話

9-5


鉄道網の発達により、フロストランドを中心としたエリン、アルバ、ビフレスト、メルクなど北方地域は経済的に力を付けてきた。

物流が人・物・金の流通を活発化させた。

経済圏の形成である。


そこへクリントが参入したことにより、シルリング王国は有名無実化した。

ウィルヘルム以南は徐々に凋落の道を辿ることになる。



シルリング王の権威は落ちた。

現王ウィリアムは地位こそ保ったものの、その力は完全に縮小していった。

それに伴い、ウィルヘルム貴族たちの力も失せていった。

「お館様、お茶でございます」

ベンがお茶を持ってきていた。

「ああ、ありがとう」

ライアンはデスクに張り付いていた。

ベイリー家の収支計算を続けているのだった。

何度も、何度も。

本来は経理担当がいるのだが、担当の報告を受けて尚、信じられず自ら計算をしている。

「……我々はヤツらに負けたんだな」

ライアンは、ふーっとため息をついた。


小麦が値上がりしたのが一番痛い。

ライアンたちの予想では、エリンなどの地域は高い小麦すら買えず飢餓にあえぐはずだった。

しかし、どこからともなくジャガイモという食糧が現れだした。

北方諸国ではジャガイモが普及して危機を脱したが、ウィルヘルムなど敵性地域にはジャガイモは高値で販売されている。

小麦もジャガイモも高値になり、ウィルヘルムは出費にあえぎ始めた。

都市の貴族はもとより、地方の領主たちも領民に重税を課し始め、民たちは苦しみだした。

地続きのエリン東部からジャガイモがこっそりと入ってきてはいるが、生産者たちは栽培に関する知識もなく調理法もよく知らない。

ウィルヘルムの生産者が経験を積み、生産が軌道に乗るまで高値で買わされ続ける。


「このままでは巻き返すどころか破産だ」

ライアンは匙を投げた。

「……」

ベンは黙ってお茶の入ったカップをデスクに置いた。

「癪だが、ヤツらと和解せねばな」

ライアンは若干の沈黙の後、言った。

「私は、お館様のご意向に従うまでです」

ベンは顔色一つ変えず、会釈して見せた。

こうして、ライアンなど王位周辺にたむろする貴族たちは権力を失い、次第に没落してゆくことになる。



前シルリング王のチャーリーは、エリンにて「北方諸国連合」の提案をした。

そして、その調整役を自ら買って出たのだった。

この案はフロストランド及び北方諸国で吟味され、賛成されてゆく。

チャーリーは王位からは追い落とされたが、別の形で返り咲くことになった。

貴族だけではなく平民の中にいる有力市民を受け入れ始めた。

情報を収集するのが趣味なだけに、時流を読むことにならざるを得なかったのだ。


「上様、麦茶です」

アリソンがカップを持ってきた。

「うむ、ありがとう」

チャーリーはデスクにかじりついていた。

諸国の有力者などに手紙を送ったり、届いた手紙を読んだりしている。

その間にもエリンの有力者たちが入れ替わり立ち替わりやってきて、報告などをしてゆく。

「アリソン、上様はよしてくれ」

チャーリーは言った。

「私はもう王位にはあらぬのだ」

「はい」

アリソンは一礼して退出しようとする。

「ちょっと待ってくれ」

チャーリーは引き留めた。

「なんでしょう?」

「その……そなたのお陰で私は持ち直した」

チャーリーは柄にもなく躊躇しているようだ。

「これからも私の側に居て欲しい」

「もちろんです」

アリソンはニッコリ微笑んだ。

「そういう意味ではない、いやそういう意味もあるが…」

チャーリーはもごもごと口ごもる。

「はあ」

アリソンは不思議そうにチャーリーをみた。

「感謝とは別に、そなたには私の側に居て欲しい」

「え?」

「私の地位が安定してきたら、そなたには私の妻になって欲しい」

チャーリーは意を決してという感じで言った。

「……ッ」

アリソンは息をのんだ。

「は、はい。喜んで」

アリソンは感激で目に涙を浮かべていた。


その後、アリソンはチャーリーに求婚され、正式に結婚する。



エリンはこれまでの投資が実を結び始める。

自前で燃料の生産を開始し、造船にも手を出し始めた。

銃を生産販売してゆく。

フロストランドに次ぐ強国になっていった。


貴族制度が廃れ始め、政治や経済といった世界の第一線に平民が進出してゆく。

選挙制度が導入され、民主化が進んだ。


「これまでの投資がやっと実を結び始めたな…」

リアムは報告を受けて、ふーっとため息をついた。

安堵のため息である。

「その代わり、益々フロストランドから離れられなくなったよ」

ブリジットは皮肉っぽく言った。

「今更だな、ウィルヘルムよりフロストランドの方が信用できる。そういう経験をしただろ?」

ギャラガーが笑いながら言う。

「まあね」

ブリジットは同意した。

「シルリング王国は既に有名無実となったんだ」

リアムは意を決したようにつぶやいた。

大氏族長という立場としては、一大決断である。

「それに、これからは我々も血縁や暴力で地位を継承するのを終止する」

リアムは続けた。

「選挙により選出するつもりだ」

「だけど、変なヤツが大氏族長の地位に就いたら?」

ブリジットは疑問を口にした。

「そうならないよう、努力しろ」

リアムは悪戯っぽく笑う。

「え、アタシが?」

ブリジットは驚いていた。


船団は規模が拡大したので、ドックが別組織になった。

コルムが船団を離れてドックの所長に就任した。


ディアミドは引き続き租借地の経営を続けた。

しっかり利益を出し、縁の下の力持ちとしてエリンの経済力を支え続けた。

引退するまで。


ダーヒーは船団長に就任。

マルティナ、オーラたちとともに船団運営に従事した。

マルティナの息子のハロルドは、ウィルヘルムでの立身を諦め、新生された北方諸国連合での立身を目標にした。

船団に所属し、様々な事を学んでいる。

将来はフロストランドへ渡ろうと考えている。


ダブリンは船団を離れ、フロストランドへ渡った。

郵便制度を学んできた成果を評価され、引き続き進んだ制度を学ばされることになった。

連絡役とも言える。


そして、ブリジットは選挙に当選し、大氏族長に就任した。

ケレは護衛として側についている。

「大氏族長って思ったより忙しいなぁ」

ブリジットは椅子に背を預けている。

「ヒマそうに見えますけど?」

ケレがジト目で見ている。

「えー、そんなことないよー」

ブリジットはだらっとした感じで言う。

「予算組みの承認、収支報告を聞く、外部とのパイプを保つ、内部の安定化…やることは色々とあるよ」

「皆、担当がいるじゃないですか」

「うん、助かってるよ」

ブリジットは割と真面目に答えた。

「父上はよくやってたなー」

「もう辞めたくなったんですか?」

ケレが聞いた。

「ン黙秘するゥ」

ブリジットはそっぽを向く。

「なんですか、それ」

ケレはやっぱりジト目。

「アタシらが頑張ってきた成果が出たんだよな」

ブリジットがポツリと言う。

「そうですね」

ケレは椅子に座って適当に返事。

「いや、もっと反応しろよ」

ブリジットが言うと、

「いやです」

ケレはそっぽを向いた。

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