第32話

8-5


エリン鉄道のレールが爆破された。

損害はもの凄いものになる。


「クッソー、ウィルヘルムのヤツらに決まってる!」

ブリジットはトサカに来ていた。

元々、熱しやすい性格なのだ。

「しかし証拠がありませんぜ」

珍しくコルムが本部にいる。

「ぐぬぬぬぬ…」

「唸ってても解決しませんよ」

ダーヒーが言った。

「レールの修理をして、警備を強化しましょう」

マルティナが提案をする。

「そうだね、賊なんぞ皆殺しにしてやる!」

ブリジットは物騒なことを口走っている。

「そうですぜ!」

「ぶっ殺してやる!」

コルムとダブリンが意気込んでいる。

「これだから、エリンの海賊とか言われるんだよな…」

ダーヒーが頭を抱えている。



とりあえず、警備を強化することになった。

客車に乗る警備を増やした。

そして壊されたレールの修理を行う。

レールを修理しなければ、列車が通れないので物資の輸送が滞ってしまう。

要所要所に詰め所を置き、警備員をおくようにした。

鉄道警備隊というヤツである。


エリン歩兵隊、ディーゴン船団に続く部隊の発足である。

警備隊にはマスケットが配備されたが、車内で使用するには取り回しがしにくいという欠点があった。


「マスケットを小型化できないか?」

「うん、狭い場所でも小さいものなら使いやすいぞ」

「そういうのを作ってもらおう」

というやり取りがあって、小型の銃の開発が始まった。


弾倉がなく、一発装填型である。

紙製薬莢を使っている。

しかし、一発ずつ装填するのは手間で、戦闘中に装填するのはムリがある。

一発で相手を倒せなければ、接近武器に切り替えて白兵戦をする形だ。


「拳銃ってのが作られたらしいな」

ブリジットが言った。

新しい物が好きな彼女は、立場を利用して取り寄せたのだった。

「これ、船内でも使えますね」

ダーヒーはピンときたようだった。

船団ではマスケットを配備しているが、やはり列車と同じで狭い空間では使いづらいという欠点があった。

拳銃を導入することで狭い室内でも戦える。

鉄道警備隊への配備を優先しているので、数丁を取り寄せるに留めた。

それを船長に持たせる。


サッ

チャキッ


ブリジットは拳銃を構える。

「ふん、なかかな良いな」

1人でポーズを取ってニヤニヤしている。

「あのー、会議の時間ですけど…」

声がして、振り向くとダブリンが立っていた。

「ふわ!?」

ブリジットは慌てて銃を机に置いた。

「みたなー」

「なに古いことやってるんですか」

ダブリンはため息。

「もう皆、集まってますよ」

「へいへい」

ブリジットはポリポリと頭を掻いた。


「鉄道警備隊がレール爆破犯を押えたようです」

マルティナが報告した。

「優秀だな」

ブリジットが感心している。

「鉄道警備隊のほとんどが船団で訓練した者ですからね」

ダーヒーが説明する。

「歩兵隊よりも厳しいって言われてますよ」

「厳しく訓練しないと死ぬだろ」

ブリジットが言った。

「折角、訓練した者を死なすなんてのは管理者として失格だ」

「ええ、その通りですね」

「で、爆破犯はどこのヤツだったんだ?」

「……それが、爆破犯は隙を見て自決したそうです」

「チッ、尻尾は出さないってか」

ブリジットは舌打ちした。

「せめて、黒幕が分れば良かったのに」

「そう簡単には行かないもんですね」

マルティナが言った。

「まあ、いいさ。この調子で警備を続けてくれたらいい」

「そうですね」



しばらくして、アルスターの港へフロストランド船のチュールがやってきた。

乗っていたのはヴァルトルーデである。

「拳銃を開発してると聞いて」

ヴァルトルーデは、どこかで聞いたフレーズを唱えている。

「どっから嗅ぎつけたんだよ」

ブリジットはジト目である。

港の管理者から話を聞いて迎えに来たのだった。

「アイザックの情報網だな」

ヴァルトルーデは答える。

船団の定宿に部屋を取り、船団本部へやってきた。

場所を借りて拳銃を作る気だ。

「リボルバー拳銃を作る」

ヴァルトルーデは言った。

リボルバー拳銃の機構は比較的単純だが、一発装填式よりは複雑だ。

フロストランドでは、ここで向こうの世界の技術を導入することにしたようだ。

「そりゃ、どういうモノなんだ?」

「こんな感じの回転式弾倉が特徴の拳銃だよ」

ヴァルトルーデは持参した紙に絵を描いた。

円形の弾倉がついている。

「6発装填式だから、一度弾込めすると連続で撃てる」

「へぇー」

ブリジットはよく分ってない。

「あ、ヴァルトルーデさん、こんちは」

ダブリンが会議室に入ってきた。

ケトルを持っている。

「グーデンターク」

ヴァルトルーデはドイツ語で挨拶した。

「麦茶をどうぞ」

ダブリンがカップに麦茶を注ぐ。

「どうも」

ヴァルトルーデは朴訥に言って、会釈する。

「早速、鍛冶屋に部品の製造を頼みに行こう」

「分った」

ヴァルトルーデが言うと、ブリジットはうなずいた。


アルスターの街の鍛冶屋を訪ねる。

「こんな形の部品を作りたいんだが」

ヴァルトルーデは木製の回転弾倉を見せた。

模型だ。

「ふーん、こんな形のモノは作った事がないな」

鍛冶屋は不思議そうに模型を見ている。

「鉄材から削り出して見るか?」

「鋳型を作って鋳造してから削るんだ」

「ふーん、なるほどな」

「部品代は全部こちらで支払う」

「うん、ならやってみようか」

思考の方向が似てるのか、鍛冶屋と上手くコミュニケーションを取っている。

「ヴァルトルーデって、コミュ力あるのかないのか分んねーな」

ブリジットは、ぼんやりと突っ立っている。

鍛冶屋のテリトリーでは何をしてよいか分らないのだった。

「じゃあ、行こうか」

ヴァルトルーデはさっさと立ち去ろうとする。

「次は火薬だな」

部品の発注の次は、火薬の調達をするつもりだ。

「忙しいな」

ブリジットは、ヴァルトルーデのアグレッシブさに驚いている。

「火薬はフロストランドから輸入してるから、取り扱い商人を当たってみよう」

「分った」

2人はアルスターの商人を訪ねた。


火薬を買い付けてから、船団本部に戻ってくる。

黒色火薬だ。

「リボルバー弾倉のチャンバーに、火薬、フェルト生地、弾丸を詰める」

ヴァルトルーデは黒板にチョークで絵を描きながら説明した。

「それから、パーカッションキャップを使う」

「なんだそれ?」

ブリジットは首を傾げている。

「マスケットでも使われ出してるだろう?

 プライマーってヤツだ」

ヴァルトルーデは言った。

「あー、あのバカ高いヤツな」

ブリジットはよく知らないようである。


プライマーは雷管とも言い、雷汞(らいこう)を起爆剤として使っている。

パーカッションキャップはプライマーを使った起爆方式である。

雷汞(らいこう)は二価の雷酸水銀で、今の所フロストランドでしか製造できない。


これをシリンダーの後部へ装着する。

ハンマーがパーカッションキャップを叩いて着火させ、シリンダー内の火薬に点火する仕組みだ。


「パーカッションキャップを作るための雷汞はどうするんだ?」

ブリジットは聞くと、

「実は、雷汞はチュールに積んできたんだ」

ヴァルトルーデは答えた。

「それを使わせてもらえるのか」

ブリジットの顔がパッと明るくなる。

「お試し、というヤツだ」

ヴァルトルーデは言った。

「これの便利さを知ると手放せなくなるからな」

意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

「セコいな……」

ブリジットはため息をついた。

だが、内心は興味津々だ。

「メルクではもうパーカッションロック式のマスケットしか使えなくなってるぞ」

ヴァルトルーデは言った。

「それは聞いたことがある。だけどエリンじゃあ安い物にしか興味がないからなぁ」

ブリジットは腕組みしている。

「そう、皆、安物にしか興味ない」

ヴァルトルーデは、名探偵のようなポーズを取った。

「そこでお試しで使ってもらう訳だ」

「……色々考えるもんだね」

ブリジットは呆れを通り越して感心している。

「ま、どうせアイザックの考えたことだろ」

「よく分ったな」

ヴァルトルーデはきょとんとした。



鍛冶屋に部品を作ってもらい、組み立てを行う。

鍛冶屋の作業場を借りている。

組み立てはヴァルトルーデがやっていた。

フロストランドでも何度かやっているのだろう、手慣れた様子で拳銃を組み立てた。


直接シリンダー内に火薬、フェルト生地、弾丸を入れ込む。

バレルの下にそれらを押し込むための装置がついている。


「なんでフェルト生地なんか入れるんだ?」

ブリジットが茶々を入れる。

「チェインファイアを防ぐためだ」

ヴァルトルーデが作業をしつつ答えた。

チェインファイアは、爆発が漏れて他のシリンダーへ移ることを言う。

他のシリンダーの火薬が暴発してしまうと大事故になりかねない。

それを防止するためにフェルト生地を入れて火を遮断するのである。


そして試射だ。

工房の一角を借り、的を置いた。

それを撃つ。

ヴァルトルーデが拳銃を構えた。

緊張の一瞬だ。


バァン


引き鉄を引くと、大きな音がして的に弾丸が命中する。

もうもうとした煙が拳銃から立ち上る。


バァン

バァン


続けて引き鉄を引く。


「外した…」

ヴァルトルーデはつぶやいた。

彼女の腕力では衝撃が大き過ぎるらしい。


「まあでも、成功だね」

ブリジットが言った。

「うん、暴発もせんんし、弾丸もちゃんと発射できてる」

鍛冶屋の親方がうなずく。

「だが、これを量産するとなると……」

「うーん、難しいな」

鍛冶屋たちは腕を組んでいる。

「なんだなんだ、エリンにゃ拳銃一個造れねぇってことか」

ブリジットがべらんめぇ口調で言うが、

「いや、オレらが頑張れば造れるだろうよ」

「んでも、生産に載せるとなると場所がねぇんだよな」

「オレら普通の鍛冶の仕事もやってるからな」

「そうだなぁ、人数もちと不安だ」

鍛冶屋たちは口々に言った。

「なら、工場を作るしかないな」

ヴァルトルーデが言った。

「うーん、今、ウチにそんなに金があるかな…」

ブリジットは考え込んだ。

「今すぐにじゃなくてもいいだろ」

ヴァルトルーデはポリポリと頭を掻いた。

「金が貯まったら作ればいいさ」

「それもそうか」

ブリジットは肩をすくめる。

金がなければ何ともならない。


とにかくヴァルトルーデは試作品を何丁か作った。

結局、船団で管理することになった。



「さて、お次は修理ドックだな」

ヴァルトルーデは言った。

「みな1人で担当してるのか」

ブリジットが言うと、

「人手不足でね」

ヴァルトルーデは肩をすくめる。

「ルキアも氷の館で働かないか?」

「だから、アタシは船団の仕事があるってーの」

ブリジットはブツブツ言っている。


修理ドックは予め港に候補地を選定してある。

ヴァルトルーデは、実際に候補地に行って確認した。

「これならいいだろう」

「じゃあ、ここに作るんだな」

「うん」

ヴァルトルーデとブリジットはうなずき合った。


修理ドックは、船を入渠(にゅうきょ)させて修理や点検をするための施設だ。

船を載せる。

排水する。

というプロセスを経て船を中空へ浮かす。

フロストランドで使われているものを、そっくりそのまま真似る形だ。

建設にはかなり時間がかかる。

あくまでエリン側が主導であり、ヴァルトルーデはアドバイザーという立場だ。

修理ドックは船団の施設となるので、ドックで働く工員は船団員ということになる。

ドック工員をまとめる役が必要だ。


それから防備。

ドックを敵に攻撃されたら、途端に修理不能に陥る。

防備のために船を何隻か常駐させておく。

それから守備隊を置いて警備、防衛ができるようにする。


ブリジットは手配を一気に行った。

そのため、人事が大きく異動することになった。


コルムはヴァハの船長兼ドックの責任者になり、その下に大勢の船団員が就くことになった。

大型船のヴァハ、中型船5隻。

それぞれの船の乗組員、ドック工員、ドック守備隊を指揮する。

ヴァハには副長、中型船には船長をおく。

ドック工員はまとめ役として工員長、守備隊は守備隊長を配置した。


ダーヒーはバズヴの船長兼船団本部の管理を任せられた。

事務局以外の管理である。

バズヴには副長をおく。

バズヴは実際にはドックの防備を担う。


事務局は変わらずマルティナが事務局長として管理している。


ダブリンはモーリアンの副長に就いた。


ブリジットは船団長ではあったが、主な仕事は外回りである。

各国・邦との連絡や交渉にシフトしている。

これは部下が育ってきていることを意味する。


モーリアン、ヴァハ、バズヴの3隻は交代で輸送業務を続けた。

必要に応じて中型船が護衛につく。

中型船は、ドックの警護や港の警護、租借地の警護、大型船の護衛などなど、便利に使える存在であった。


それから、プルーセンの租借地は変わらずディアミドが運営していた。

ディアミドの能力はどちらかと言えば内政向きだ。

要は管理能力お化けである。

租借地との行き来による物資輸送で、確実に利益を上げている。



エルベの街に常にエリン船がいることにより、防衛機能を果たしていた。

プルーセン政府にしてみれば労せずして防衛ができている。

これを離す手はない。

さらに上納金が毎月支払われる。

プルーセンの統治者であるルプレヒトは利益重視の傾向があった。

防衛に金が掛からず、上納金も入る。

なので、現状を維持したがっているのだった。


しかし、これはウィルヘルムや帝国の一派の意思とは合わない。


ウィルヘルムは着実にライアンが主導する派閥で固められてきている。

新王のウィリアムを中心にしてはいるが、9歳という年齢のため、実際には家臣団が政治を行っているのだった。

お飾りというヤツである。


「鉄道への破壊工作は芳しくありませんね」

ベンが報告した。

「エリンではハンドガンという小型の銃を開発したようですな」

「噂には聞いている」

ライアンはうなずいた。

「列車の内部でも取り回しがしやすいらしいな」

「では、こちらでも開発をしましょう」

スティーブンが言った。

「そう簡単にいくかな?」

「エリンの製造工場に知り合いがいまして、そいつから横流ししてもらえます」

「そうか、任せたぞ」

「はい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る