第30話

8-3


フロストランド。

いつものようにメロウの町から鉄道で雪姫の町へ行く。

モーリアンとバズヴはメロウの町で修理に預けた。

ドヴェルグやトムテなどの技術者が突貫で直してくれるはずだ。

チュールは先にメロウの町に戻っていて、ヤスミン&カーリーはエリン船2隻の修理の手筈を整えたり、氷の館に連絡をしたりしていた。


「やあ、いらっしゃい」

「よお、ルキア」

氷の館に着くと、ヤスミンとヴァルトルーデが出迎えた。

「やあ、ヴァルトルーデにヤスミン」

ブリジットは挨拶した。

「コイツはダーヒー、バズヴの船長だ」

ダーヒーを紹介する。

「あ、ヤスミンはもう知ってるっけな」

「うん」

「よろしくお願いします」

ダーヒーは礼儀正しくお辞儀した。


すぐに会議の間に通される。

同じように、スネグーラチカとアイザックにもダーヒーを紹介する。

「よく来られた、ゆるりとしてゆかれよ」

スネグーラチカは決まり文句を言った。

「ありがとうございます」

ダーヒーは生真面目にお礼を返した。


「ところで、船を修理する設備を作りたいとか言ったかの?」

スネグーラチカは本題に入る。

「ええ、是非、お力添えの程を」

ブリジットはうなずく。

「うむ、技術者を派遣しよう」

スネグーラチカはチラと横に座るアイザックを見た。

「よいな、アイザック」

「はい」

アイザックはうなずく。

「それから、鉄道の件についてなんですが」

「うん?」

ブリジットが言うと、スネグーラチカは怪訝な顔をした。

予め伝えていない事項なので、当然である。

「実は、ウィルヘルムから落ち延びてきたチャーリー殿が資金集めをしまして」

ブリジットが説明をすると、

「ほう、なかなかやるではないか」

スネグーラチカは興味を持ったようだった。

「はあ、チャーリー殿は単に鉄道が好きなようですが…」

ブリジットは微妙な顔をした。

お願いしにきた立場のクセに、どうでも良いような感じだ。

チャーリーにはそれほど好意を持っていないようである。

「よいではないか、鉄道好きに悪い者はおらぬ」

スネグーラチカは、もっともらしいことを言った。

「それはどうでしょう?」

アイザックが口を挟んだ。

「なんじゃ、水を差してからに」

スネグーラチカがジト目でアイザックを見る。

「いえ、鉄道を敷くのには賛成ですよ」

アイザックは弁解するように言う。

「ですが、鉄道が好きなのと人の善し悪しは関係ないような…」

「うるさい」

スネグーラチカはピシャリと言った。


「とにかく鉄道についても一考ください」

ブリジットはまとめた。

「うむ、よかろう」

スネグーラチカは、うなずいた。



そして、鉄道建設が本格的にスタートした。

必要物資の輸送の問題、フロストランドからアルスターへ輸送するため、アルスターから建設開始された。

それからエリン内部での物資輸送、安全保障上の問題もある。

大規模な工事が開始され、働き手が集まった。

公共事業の始まりである。


「エリンで鉄道建設が始まったようですね」

ベンが言った。

「うん、そのようだな」

ライアンはうなずく。


彼らはウィルヘルムに戻っていた。

ウィリアムを王とした新体制の構築に着手している。

そんな中、エリンで鉄道建設のニュースが入ってきた。


「向こうにもチャーリー殿という主導者がいるからなぁ」

ライアンは腕組みしている。

エリンだけで鉄道建設に着手しているのなら、ウィルヘルムが文句も言えるが、チャーリーは元シルリング王だ。

チャーリーからすればまだ退位していない訳で、影響力が薄くなったとはいえ、事業を催すには十分に地位がある。

「これではウィルヘルムの面子がなくなります」

スティーブンが進言した。

ライアンの知恵袋は、ベンとスティーブンの2人で構成されている。

ベンとスティーブンは意見が合わず、常に反対意見を出している。

それを見ながら、ライアンは総合的な案をまとめる。

「面子など今更ではないか」

ベンが言った。

「フロストランドと友好的ではない我が王国に、鉄道という新技術が導入などされる訳がない」

「む…それはそうですが」

スティーブンは唸った。

「確かに、我々から非友好的になった訳だからな」

ライアンは言った。

「まあ、そういうことだから、エリンのお手並み拝見といこうか」

「むむむ」

「ふん」



先に鉄道のレールを敷く。

アルスターから始めて、隣の町まで。

それで試運転を行い、その結果をフィードバックする。


レールを敷いた後に建て屋を建てて、その中で蒸気機関車と客車を作る。

鉄の部品や皮製品、布製品などはエリンの職人に頼んで、作るのが難しい部品はフロストランドから輸送する。

ほとんど国家事業だ。

職、輸送、物資とすべての産業が活性化した。

アルスターに労働者が集まり、それに付随する衣食住の需要も高まった。


しかし労働者が集まると、治安が悪くなる。

それを取り締まるために保安部隊を結成された。

保安部隊はアルスターの街をパトロールして、治安を維持する。

部隊員は、ディーゴン船団から引き抜かれた。


「船団はまるで登竜門だな」

ブリジットはため息。

ディアミドの租借地駐留部隊、アルスター保安部隊。

船団員を教育し終わった途端にどこかへ引き抜かれることが多いのだった。

「仕方ありませんよ」

ダブリンが言った。

「エリンにゃ、船団以外には歩兵隊しか軍事教育のできる機関はありませんからね」

「そういや軍事教練機関ってないんだよな」

ブリジットは頭を悩ませている。

こうも船団員が他へ引き抜かれると、船団本来の仕事ができない可能性が出てくる。

「父上に相談してみるか…」


という訳で、鉄道の進捗報告を兼ねて、ウシュネッハへ行った。

アルスターの顔役、ショーン・アルスターの部下も一緒だ。

鉄道の進捗報告をするためである。


「……今の所、順調でございます」

部下は名をアンガスといった。

ちなみに巴、フローラ、アレクサンドラがアルスターに訪れた時に応対した2人のうちの1人である。

アンガスは進捗報告を行った。

「うむ、ご苦労」

「進展あり次第、またご報告いたします」

リアムがうなずくと、アンガスは慇懃にお辞儀する。

「では、こちらの相談を」

続けて、ブリジットが話し出す。


「なるほど、軍事教練機関か、今までは歩兵隊で間に合っていたからなぁ」

リアムはうなずくものの、しかめっ面である。

このところ、金がゴリゴリ使われてゆくのだから仕方がない。

「しかし、金が湯水のように使われてゆくから、今はムリだ」

リアムは言った。

鉄道のためにチャーリーが集めた金だけでは足りず、リアムらエリン幹部会議も金を出している。

その他にも燃料作りの設備なども進めている訳だから、金に余裕があるわけがない。

「……そうかぁ」

ブリジットは残念そうにため息をつく。

「金に余裕ができたら、いずれな」

リアムはコメカミに指を当てている。



鉄道ができあがってきた。

アルスターから隣町までの運行が始まった。

試運転である。

これで問題点を洗い出す。

そして、次のターンへフィードバックする。

改良点を隣町から更に隣町までの路線に施してゆく。

運行をしつつ、アルスターから隣町までの路線にも反映させてゆく。

こうして改良した路線をウシュネッハまで伸ばした。


「ついにウシュネッハまで鉄道が敷かれたな」

ブリジットは、蒸気車ではなく鉄道でウシュネッハまで移動していた。

お供はいつも通り、ダブリンである。

「食べ物ぉ、飲み物ぉはいかがですかー?」

売り子の女の子が台車を押して食べ物を売りに来る。

「お、どんなのがあるんだ?」

ブリジットが興味を引かれて台車を見る。

「……なーんだ、フロストランドと同じじゃないか」

台車には、缶詰とラムネが並んでいた。

ブリジットはすぐ興味を失った。

「へ? なんですか?」

売り子はきょとんとしている。

「いや、何でもないこっちのこと」

ダブリンが笑って誤魔化し、

「ラムネを2つくれよ」

ラムネを買った。


ブリジットとダブリンはラムネを飲んで、喉の渇きを潤した。

瓶を返すと僅かだが払い戻しがある。

ダブリンは、小銭目当てで瓶を返した。

「おまい、セコいな」

「いいじゃないですか、返せばまた洗って使えるんでしょ?」

ブリジットが呆れてると、ダブリンはもっともらしいことを言った。

「そうだけど、絶対小銭目当てだろ」

「う、うるさいなー、小銭もらって何が悪いんですか」

ダブリンはきまり悪そうにしながら、ブツブツと言った。



鉄道の開設により物資の輸送が可能になった。

それも大量輸送だ。

今までは馬車や蒸気車で輸送していたのが、貨物車に載せることで大量に輸送できるようになったのである。

駅が港に隣接しているので、港に運ばれてきた物資をそのまま輸送可能である。

その分の人足も仕事になるので、雇用が益々増える。

鉄道の経済効果は結構なものだ。


「鉄道が敷かれて、すごく便利になったなぁ」

リアムが感心している。

人と物資の行き来が以前とは段違いである。

「豊富に物が行き渡ってきていますね」

ギャラガーが言った。

「ですが、人の流入も多くなってきていてます」

ブレナンが言った。

「ん、それが何か問題か?」

「はい、犯罪者などが容易に入り込めるような環境になるのは避けたいのです」

ブレナンは都督の立場である。

ウシュネッハの管理上、治安が悪くなるようなことは見過ごせないのだった。

「分った、保安員の増員を認めよう」

リアムはうなずいた。

という訳で、保安部隊の増員がなされた。



人の流入が増えるということは、治安が低下するということでもある。

鉄道を一目見ようとエリン東部やウィルヘルム西部から人が集まってくるようになった。

その中に、スパイが紛れ込むのは防げない。


「報告によると、エリンの鉄道の運行は順調なようですな」

ベンが言った。

「ふむ、面白そうな物ではあるな」

ライアンは興味がありそうだ。

ウィルヘルムの貴族連中は新たな物というだけで毛嫌いしているが、報告を聞くと、鉄道には大量輸送だけでなく、その経済効果には計り知れないものがある。

「だが、それを導入するのはムリだろうな」

ライアンはつぶやくように言った。

「ですねぇ」

スティーブンもうなずいている。

「エリンでの運行状況を見てから、でしょうな」

「上手く行くようなら、こちらでも導入を考える、というところか」

ライアンは腕組みしている。

「それから、エリンでは資金投入がすぎてるようですな」

ベンが言った。

「ここで足を引っ張ってやれば、破産するとまではいかずとも、かなりの負担になる可能性はあるでしょう」

「ふむ、なるほど」

ライアンはうなずいた。


詳しく調べると、エリンでは燃料製造設備、船の修理工房の建設、鉄道などかなり多方面に投資しているようだった。

それから、フロストランドに出資してもらっているようである。

ウィルヘルムが出資金を引き上げたので、代わりにフロストランドから出資してもらっているらしい。


「なるほど、フロストランドから出資してもらっているのか」

ライアンは唸った。

そうなると、ちょっとやそっとでは破産しないかもしれない。

フロストランドの雪姫は、敵には厳しい反面、味方にはかなり甘いという噂である。

ウィルヘルムが多少足を引っ張ったとしても、すぐには影響がないと考えられる。

「ですが、嫌がらせ程度でも足を引っ張れば、少しは相手の体勢も乱れるかもしれません」

ベンが言った。

「……なるほど」

ライアンはうなずいた。

「やってみる価値はあるな」



すぐにエリンに散財をさせるため、多方面で工作が行われた。

といっても、特に陰謀らしいことはせず、エリンの支出を拡大させるということを積み重ねていった。

ウィルヘルムより買い付ける物資の値上げから、輸送費の値上げ、それから帝国やプロトガリアへも手を回して値上げを徹底した。

その余波は、エルベの租借地にいるディアミドたちにもやってきた。


「……なんで、ほぼすべてのコストが上がってるんだ?」

ディアミドは頭を抱えた。

これでは儲けが出ないばかりか、租借地の運営も危うくなってくる。

コストと儲けというのは一定のバランスでできており、急にコストが上がってしまうと体力的に厳しくなる。

企業的体力というのは、どれだけ自由に使える金を持っているかである。

しかし、これを使ってしまうと次は耐えきれなくなる。

「これでは租借地の経営がなりたたん」

ディアミドはすぐに船団本部へ連絡を取った。



「うーん、これ、おかしいな」

ブリジットは直感した。

間違いなく妨害だ。

(ウィルヘルムか…)

「ウィルヘルムでしょうね」

コルムが言った。

定例の船団会議である。

「ヤツら、オレたちに金がないのを知ってるんだ」

「クッソー」

ブリジットが悔しそうにテーブルを叩く。

「汚ねぇことしやがって」

「いや、経済でプレッシャーを掛けてくるのは正攻法ですよ」

ダーヒーが言った。

「しかしなぁ、このまま見てたら、こっちの金が尽きちまうよ」

「なら、こっちも経済で対抗すればいいんです」

息巻くブリジットに、ダーヒーが言った。

「具体的にはどうするんだ?」

コルムが聞く。

「うーん、そうですねぇ」

ダーヒーは考え込む。

「船賃を安くするってのはどうです?」

「はあ? 船賃を安くしたら、儲からないだろ」

ブリジットは頭の上にハテナマークを浮かべている。

「そうとも限りませんぜ」

コルムが言った。

「船賃を安くすれば今まで以上に依頼が入ってきます。

 まあ、こちらの実入りが減るので耐える必要はありますがね。

 それでも、依頼さえ増えればどっかで釣り合うでしょう」

「そう、依頼を増やしてゆけば、陸運から仕事を奪うことができます」

ダーヒーが続けた。

「そうして相手に打撃を与えることができる」

「ふーん、まあ、こちらも耐える必要はあるけど、運送の仕事を一気に増やすことで相手に打撃を与えられるということか」

ブリジットは超速理解を発揮した。

「そうなりますね」

ダーヒーはうなずいた。

「だとすると早く船数を増やさないとな」

「フロストランドに事情を話して、船の建造を早めてもらいましょう」

コルムが言った。

「よし、分った」

ブリジットはうなずいた。

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