第29話

8-2


海戦はエリン側の勝利に終わったが、歩兵隊の戦いとは関係ない。

歩兵隊はウィルヘルム兵と戦っていた。


マスケットが火を吹く。

「よし、突撃だ」

抜剣し、兵士を突撃させる。

マカヴォンは命令を下した。

自分も後ろから突撃する。

将がやられたら困るので、後方にいる。

「よし、適当に撃ち込んで留まるぞ」

「なんだか我々だけ後ろに居るのは気が引けますな」

部下がポツリと言った。

「それはそうだが、将の私が討たれたら終わりだからなぁ」

マカヴォンは困ったようにポリポリと頭を掻く。


エリン歩兵隊は、マスケットを手に攻撃を続けた。

ウィルヘルム兵は少しずつ押されてゆく。

基本的に故郷を守る方が力が出る。

逆にウィルヘルム兵は、王とは言え男1人を取り返すために命を掛けている。

自ずとそのモチベーションは上がらない。

そうした差だった。



「ふーん」

ライアンは不利を悟っていた。

「これはダメだな」

「兵たちのモチベーションが下がってるのです」

スティーブンが言った。

「それを上げる方法は?」

ライアンが聞いた。

「……」

スティーブンは黙っている。

「ほら見ろ、言わんこっちゃない」

ベンがしかめっ面で言う。

「報奨金を出しましょう」

スティーブンは答えた。

「安直だ」

ライアンは不満そうに答える。

「だが、他に良い案はなさそうだな」

「はい」

スティーブンはうなずいた。


報奨金が出ることが伝わり、ウィルヘルム兵は少しやる気を出した。

ちょっとした変化であったが、このお陰で押し負けなくなってきた。

更に、報償金の出し方にも工夫をした。

エリン兵を倒すだけでなく、相手の陣地を制圧する、相手の物資を奪い取るなどを達成する毎に金額を増やすようにしたところ、ウィルヘルム兵が我先に目的に向かって競い合いようになった。


「ふむ、これならチャーリー殿を奪い取ったら最高金額を積めばいいな」

ライアンは言った。

「そうですね」

スティーブンがうなずく。

「そう上手くいきますかねぇ」

その隣で、ベンが口を尖らせている。

「まあ、ものは試しだ」

ライアンは肩をすくめた。

試しだと言っても、本当に実行するのはなかなか度胸がいる。

ライアンはその点、試そうとする人間だった。

もっとも、失敗した時に責任を取らないのではあるが。



戦況はほぼ膠着状態になった。

元々、ウィルヘルム兵が襲撃してる訳だから、エリン兵は防御すれば良い。

だが、それだけでは効率が悪い。

万全な相手の攻撃を受け続けるのは、辛いだけでなく疲弊するのみだ。

防衛だけでは敵に攻撃の機会を選ばせるだけである。

それを防ぐには、敵陣を効果的に攻撃をしてゆく必要がある。

両軍とも物資が潤沢になってきた今、特にその傾向が出てきている。

物資が欠乏しない限り、このバランスは崩れない。


結果として、双方陣地を出て野戦になった。


野戦はズルズルと続いた。


両陣営とも疲弊してゆき、やがて休戦の運びになった。



チャーリーはウシュネッハに留まることになった。

身の回りの世話は、アリソンがやっている。

エリン幹部が入れ替わり立ち替わりやってきて、ご機嫌を伺いに来る。


「上様、ご機嫌麗しゅうございます」

「うむ、苦しゅうない」

リアムが挨拶すると、チャーリーは満足気に言った。

「余はエリンの地へ遷都するぞ」

「はあ、それはありがたいのですが、実現は難しいでしょう」

「そ、そうか…」

リアムがマジレスすると、チャーリーは言い淀んだ。

「ですが、そうおっしゃって頂けるのは嬉しゅうございます」

リアムはお世辞として受け取ったようである。

「うむ、そうじゃろう、そうじゃろう」

チャーリーはうんうんとうなずく。

結局、持ち上げてもらえるだけで良いようだ。

そんな感じで日々過ぎてゆく。


しかし、ウィルヘルムに戻れる手はずはついてない。

エリンに居ると政治機能を執り行えない。

チャーリーは、ただのお飾りと化していた。



「あんまり変わってないだろ」

ブリジットが言った。

耳アカをほじくっている。

「声が大きいですぜ」

ダブリンが「シッ」と口の前に人差し指を置く。

「お飾りなのはウィルヘルムでも同じだったろ」

「だから、そういう敏感なことを言わないでください」

「アタシは、正直が好きなんだよ」

「そういうのは、空気読めてないだけです」

ダブリンはダメ出しをした。

「うるせーな、あんなお飾り王様、なんの役にたったよ?」

ブリジットはブチブチと文句を言っている。

「最初から最後まで、ただ自分のやりたいことだけやってただろ、あの王様」

「まあ、そうですね」

「せっまい内輪だけで、お山の大将っぽいことしてただけだろ?」

「そうみたいですね」

「もっと、広い世界に出た方がいいよ」

「……そうなんでしょうねぇ」

ダブリンは適当に言った。


ブリジットは、また船を修理に出すので、頭を抱えていた。

「戦う度にフロストランドへ運んで修理するんじゃあ、コスト掛かりすぎてダメだなぁ…」

「それに修理の間、船がいなくなるのも問題ですね」

マルティナが言った。

「早めにドックを作らないといけませんね」

船団定例の会議である。

「そうだねぇ」

ブリジットはうなずく。

「戦が長引いたら船の数を持ってる邦が勝つよなぁ」

「戦で勝っても負けても、最終的に船数が多い者が勝つってことですね」

ダーヒーが渋い顔をしている。

モーリアン、バズヴとも修理をしなければならず、チュールがフロストランドへ帰って準備を整えてから、またヨルムンガンド級が曳航しに来る予定だ。

「難しいな、金属船の戦いって」

ブリジットは椅子に身体を預けた。

匙を投げたい。

と、言わんばかりである。


帆船でも似たようなものなのだが、金属船はコストが大違いだ。

今は、なんとかやりくりしているが、これからも修理しなければ…となるとディーゴン船団は破産しかねない。


最近は黒板を持ち込んできていて、チョークでまとめを書いている。


・ドックが必要、船を修理をするため

・船の数を増やす必要がある、船が修理中でも戦力を保てるように


「ドック、つまり船の修理・補修をする場所を作って自分たちで修理・補修をしないと、戦の度に修理費用が掛かりすぎて船団は破産です」

「船の保有数を増やす必要があります。

 今の保有数では1回の戦を経る度に修理を行わなくてはいけなくなり、防衛力が著しく落ちます」

マルティナが一つ一つ説明をしてゆく。

分りやすい。

これをオーラに書面に書き写してもらう。

ブリジットはその書面をもって、ウシュネッハへ行った。



「という訳で、これまで我々が経験した戦より分ったことは以上になります」

ブリジットはリアムに説明をした。

書面を渡して説明している。


しかし、

「うーん」

分りやすいことと費用の問題は両立できないらしく、リアムは唸った。

「燃料を製造する施設の方が先だろう」

「同時にやらないといけません!」

ブリジットは強引にねじ込んだ。

「いや、そんなに金は出せない」

リアムはしかめっ面である。

船団は最先端の技術を集めているが、これは同時に金食い虫でもある。

「ここが正念場です」

ブリジットはやはり強引である。

「まだ幹部会議の中に儲けようと思ってる方がおられるでしょう?」

「……」

リアムは返事をしない。

「まさかとは思いますが、父上は…」

「バカな!」

リアムは怒鳴った。

「私は大氏族長だぞ!? 儲けなど度外視している!」

「これは失礼しました」

ブリジットは一旦は頭を下げるが、

「他に儲けを残そうとしている方がおられるハズです」

いけしゃあしゃあと言ってのける。

「……分った」

リアムは観念したように、ため息をつく。

金はなくても、どうしてもやらなければならない事というのはある。

防衛関係は特にその優先順位が高い。

「幹部連中には私から言っておく」

「ありがとうございます」

ブリジットはここぞとばかりに笑顔を見せた。

「やはり父上は頼りになりますね」

「ふん、都合の良いことばかり言いおって」

リアムは鼻をならしたが、内心ではまんざらでもない。


「ところで、チャーリー殿に挨拶をしてもらわねばな」

リアムは話題を変えてきた。

「えー」

「えー、じゃないッ」

ブリジットが露骨に嫌そうな顔をするので、リアムはピシャリと言った。

「お前もエリンの氏族の一員なら、当然の儀礼だ」

「クッソ、面倒臭い」

「そういう事をチャーリー殿の前で言うなよ?」

リアムはブリジットの素行については既に諦めている。

ガチガチに決まり切った文句を言わせるつもりだ。

「社交辞令を言うだけでいい」

「へーい」

という訳で、お目見えというヤツが行われた。



「アリソン殿、我が娘が王にお目通りしたいのだが」

「はい、よろしゅうございますよ」

アリソンは相変わらずチャーリーの身の回りの世話をしている。

取り次ぎも、その仕事の一つだ。

「ブリジットです、以後お見知りおきを」

「アリソンです、どうぞよしなに」

ブリジットとアリソンは挨拶を交わした。


チャーリーはウシュネッハにある屋敷をあてがわれていた。

もちろん、屋敷には護衛がついていて、出入りはそう簡単にはいかない。

チャーリー本人も、であるが。


「どうぞ」

アリソンは2人を案内して、客間に通す。

すぐにチャーリーがやってきた。

「リアムよ、何用じゃ?」

「我が娘が来たので、ご挨拶に」

リアムは慇懃に来意を告げる。

「おお、そなたの娘か」

「ブリジットと申します、何卒お見知りおきを」

ブリジットが挨拶をすると、

「うむ、苦しゅうない」

チャーリーは鷹揚にうなずいた。

「聞くところによれば、そなたは船団を率いておるそうじゃな」

「はい、船団長です」

「フロストランドにも留学したそうじゃな」

「短い間ですが」

チャーリーは矢継ぎ早に質問をした。

興味を持っている事はどんどん調べてゆく性格のようである。

「フロストランドには鉄道というものがあるそうじゃな?」

「はい、あれは便利ですね」

ブリジットは説明した。

「物資を運ぶ量が段違いです。人も物も大量に運べますから」

「ふーむ、是非とも見たいのう」

チャーリーは興味があるものに対してはこらえ性がない。

見たくて仕方がない。

今にも地団駄を踏みそうな感じである。

「王国になら、エリンからウィルヘルムを横断する線路がよさげですね」

ブリジットは素直に答えた。

その前段階として、エリンでは東西の幹線を整備中である。

「エリンでは東西の幹線を整備中ですね」

「余は王国に鉄道を敷く事を望むぞよ」

チャーリーは意気込んでいる。


(そういや、スネグーラチカも鉄道好きだったけど、王族ってこんなのばっかな)

ブリジットは内心、思った。

スネグーラチカは王族ではなく、人に変わって統治する者だが、似たようなものという認識なのだろう。


「はあ、ですが、金が足りません」

ブリジットは肩をすくめた。

ウソを言っても仕方ない。

正直に答えるのが吉だ。

「むむむ、アリソンよ、余の金はいくらあったかのう?」

チャーリーは傍らに控えるアリソンに聞いた。

「王よ、今は財産はほとんどありません」

アリソンは目を伏せながら答えた。

「残念じゃが、余は今は金がない」

トホホ、という感じでチャーリーは答える。

「鉄道はいずれ」

リアムが言ったので、一応この話題は終わりになった。



チャーリーはその後も諦めきれず、エリンの金持ち連中を集めて演説などを行った。

金を集めるつもりである。

形としては基金に近い。


「鉄道は我ら王国の生活を豊かにするものぞ!」

チャーリーは自信たっぷりに言った。

だが、口から出任せである。


エリンの金持ち連中は付き合いで来ていた者ばかりだが、一応鉄道の事は知っていた。

鉄道を作るのがエリンの未来、ひいては自分たちの仕事に有益だろうということは分っている。

だが、自然に任せるつもりの者ばかりだった。

言い換えれば、自分で金を出すのはちょっと……という者ばかりだ。


「うーむ、話は聞いても金はなかなか出さぬ者ばかりじゃのう」

チャーリーは愚痴っている。

「……私の父に話をしてみましょう」

アリソンは見かねたのか言った。

「アリソン、それはありがたいのだが、良いのか?」

チャーリーは聞いた。

金持ち連中をだまくらかしている自覚があるらしい。

「はい、王の力になれるのなら言うことはありません」

アリソンはうなずいた。



アリソンは父親と連絡を取った。

「チャーリー殿が王国に鉄道を誘致しようとしています。それには金が必要です」

「いくらぐらいだ?」

「このくらいは必要です」

「うおっ、高いな……」

アリソンの父親は驚いた。

「しかし、この事業を進めるには多少は高くてもしかたありません」

「うーむ、お前のためだから、出してやりたいが」

アリソンの父親は唸っている。

「王国の将来のためです、是非協力をお願いします」

アリソンは頭を下げた。

「うん、分った」

アリソンの父親は折れた。



これを皮切りにアリソンの親戚連中が金を供出した。

エリン東部の名士が金を出してきたので、他の者たちも段々と金を出してくるようになった。


ダーヒーの父親のオーエンもこの催しに誘われていた。

「うーん、どうしたもんかなぁ」

エリン東部の名士連中が金を出している。

スミス家も出さなければいけないような雰囲気だった。

「いけませんよ、こんな催し、お金を捨てるようなものです」

オーエンの妻のリリアンが反対した。

「そうですよ」

親戚のアマンダも同意している。

「そうとも言い切れないよ」

唯一、賛成しているのがアマンダの夫のブレンダンだ。

ブレンダンとアマンダはウィルヘルム西部のクラーク家の出身だが、ライアンたちの陰謀によりウィルヘルム王のチャーリーが追われた時、エリンへ逃げてきたのだ。

親戚のスミス家に世話になっている。

「鉄道を望む者が多いのは事実だからね、今回はきっかけに過ぎないよ」

「そうかなぁ」

オーエンは半信半疑である。

「というか、東部の名士たちが金を出してるのに、スミス家だけ出さないというのは面子が立たないよ」

ブレンダンは切り口を変えてきた。

「……そうか」

オーエンの顔色がさっと変わった。

地域のつながりというのは、中の者にしか分らないところがある。

他の皆がやってるのに自分だけやらないというのは、かなり目立つ事になる。

この場合、目立つとろくな事がない。

(うーん、これは金を出さざるを得ないかもな…)

オーエンは迷った末、息子のダーヒーへ連絡を取った。

手紙では間に合わないだろうから、蒸気車でアルスターへ行った。


「あれ、また来たのか?」

ダーヒーは呆れている。

「いや、前の件じゃないんだ」

オーエンは説明した。

「え、そんなことになってるのか…」

ダーヒーは困惑した。

だが、よく考えてみれば、鉄道は皆が欲しいと思っているものだ。

自分で金を出そうとは思わなくても、あれば使いたい、そう思うはずだ。

「……オヤジ、悪いけど金を出してくれないか?」

「そうか、お前がそう言うならエリンのためになるんだな?」

「うん」

ダーヒーはうなずいた。

「俺もいくらかは出せるから」

「それは取っておけ」

オーエンは頭を振った。

「お前が結婚する時に使えよ」

「おいおい、何、いってるんだよ」

ダーヒーは思わず赤面した。


というやり取りがあって、まとまった金が集まった。

皆、鉄道を欲しているからこそである。


集まった金は、鉄道の建設資金になる。

それを管理するのはアリソンである。


交渉役はブリジットに回ってきた。

「おかしな事になったな」

ブリジットは首を傾げたが、鉄道が欲しいのは船団員たちも同様だ。

加えて、こういうのは勢いがある内にやってしまうべきだ。

「ま、これはこれで良いか」

ブリジットはフロストランドへ向かった。

どの道、船の修理をしなければならないのだ。


フロストランドからヨルムンガンド、フェンリルがやってきた。

モーリアン、バズヴを曳航してゆく予定だ。

「チェッ、また留守番かよ」

コルムがふて腐れている。

「そう腐るなって」

ブリジットはコルムをなだめている。

引き継ぎ事項を伝えて、ヨルムンガンドに乗る。

今回はダーヒーも同行していた。

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