第26話

7-3


エリン東部から、ダーヒーを訪ねてオーエンとブレンダンがやってきた。

父と親戚の叔父さんがやってきたので、ダーヒーは相手をせざるを得なかった。

「ああ、来ちまったか…」

「なんだい、父親に会うなりそんな事言うなんて」

「そうだぞ、ダーヒー」

オーエンとブレンダンは口々に言った。

「分った、分った、とりあえずオレの部屋に」

ダーヒーは事務所に話をして、自室へ。

オーエンとブレンダンは、ダーヒーの後について自室へ。

「麦茶を」

ダーヒーは麦茶を2人に出す。

「ありがとう」

「これ、流行ってるんだそうだな」

ブレンダンとオーエンは仲良く麦茶を飲んでいる。

「それで、オレに何をしろと?」

「お前の立場なら、できるだろ」

「ウィルヘルムの物資を船で輸送してもらいたいんだ」

「……それはできない」

ダーヒーは断った。

「なぜだ?」

「なにか問題でもあるのか?」

オーエンとブレンダンは渋い顔をしている。

「問題だらけだ」

ダーヒーはため息。

「ウィルヘルムはエリンに損害を与えた。アルバにも。

 それなのにウィルヘルムのために仕事はできない」

「な、なんだそれ、初耳だぞ?」

「なに!?」

オーエンとブレンダンは驚いている。

「機密だから言えなかったんだ」

ダーヒーは頭を振った。

今、機密を漏らしてしまっている。

「だ、だが、商売は商売だろ」

ブレンダンが食い下がった。

「船団はエリン幹部会議の直属だ、船団員のオレがそういう提案はできない」

ダーヒーは突っぱねた。

「ウィルヘルムに肩入れしてるって言われるからな」

「……」

オーエンは無言である。

「しかし、それは解釈の違いで…」

「どうにもならない」

ブレンダンが何か言おうとしたが、ダーヒーは被せるように言った。

「うーむ」

「これはムリだね」

唸るブレンダンに、オーエンが諭した。

「ま、せっかくアルスターまで来たんだから、ゆっくり観光してけばいいよ」

ダーヒーはそう言って、締めた。


ダーヒーは元定宿の宿屋に部屋を取った。

船団は今でもちょくちょく宿屋を使っている。

宴会をする時は宿屋を利用するし、客が来た時も部屋を取る。


「仕方ないさ」

「だが、ベイリー様になんて報告したものか…」

オーエンとブレンダンは部屋で相談している。

ダーヒーは2人に掛ける言葉はなかった。


しかし、その心配もすぐに無意味になる。



ブレンダンがエリンに赴いてすぐ、ウィルヘルム王宮では事件が起きていた。


「王よ、我ら家臣一同は決めました」

ライアンはじめ家臣一同がずらりと集まって、王であるチャーリーに向かって言った。

「なにをだ?」

「我々はあなたではなく、ウィリアム様を王として推薦します」

「つまり、あなたには王位から退いてもらいます」

チャーリーが聞くと、家臣たちは口を揃えた。

ウィリアムはチャーリーとは従兄弟に当たるコヴァン家の人間だ。

ただ、年齢が9歳と幼い。

「あなたは王にふさわしくない」

「な、なんだと!?」

驚いたチャーリーは王座から落ちそうになった。

「おい、チャーリー殿を引き立てよ」

「はい」

家臣の1人が言うと、兵士たちが駆けつけてくる。

もちろん、兵士たちには既に言い含めてある。

「や、止めよ! 余はシルリング王だぞ!?」

チャーリーは抵抗したが、兵士たちにムリヤリ立ち上がらされてしまう。


「そぉい!」

声がして、握り拳大の物が王座の間に投げ込まれた。


カンカン。

と金属音がして、王座にぶつかった。


「爆弾!?」

ライアンはそれを見て、すぐに叫んだ。

「うわ!?」

「お助けッ!」

家臣たち、兵士たちは我先に王座から離れる。


「上様、こちらへ!」

そこへ武装した女が走って来て、チャーリーの手首を掴んだ。

ショートカットの髪型、ちょっとした美人だ。

腰には大小の剣を下げている。

「おお、アリソンではないか」

アリソンは王直属の護衛官だ。

常にチャーリーの側に居て、警護している。

「逃げますぞ!」

チャーリーには取り合わず、アリソンは言った。

そのまま王座の間から出てゆく。


「……」

「……」

家臣たち、兵士たちは物陰に隠れて爆弾と思しき物を見ている。

なかなか爆発しない。

実はただの缶詰の缶だった。

「クソッ、偽物だ!」

「欺された!」

家臣たちは憤ったが、チャーリーは既に逃げた後だった。



アリソンとチャーリーは用意していた馬車に乗って逃げた。

馬車は馬が必要だが、アリソンにも操縦できる。

王宮から少しでも離れる。

そして、どこかかくまってくれる貴族のところへ逃げ込むつもりだった。

が、

ライアンたちは、ウィルヘルム中の貴族という貴族を抱き込んでいた。

「上様、どうやらここもダメです」

「うーむ」

アリソンが言うと、チャーリーは唸った。

既に馬車を捨てており、服装も旅人のものに変えている。

腰に下げていた剣も、布を巻いて手に持ち、荷物に見せかけている。

小剣は旅の者が持っていても不自然ではないので、そのままだ。


「アリソンよ、どうするのだ?」

「……」

チャーリーが焦った様子でアリソンに聞く。


そこへ、旅の一団がやってきた。

街道に沿って旅をしながら芸を見せる、いわゆる旅芸人だ。

「彼らに紛れ込みましょう」

「なんと、旅芸人ではないか」

「この際、好き嫌いは言っておれません」

アリソンは嫌がるチャーリーを追い立てた。


そして、旅芸人の一団に紛れてエリンまで逃げた。


アリソンは父親がエリン出身である。

エリンの氏族なら協力する者もいるだろうと考えたのである。



「チャーリー殿が逃げてきたそうです」

「なんだと!?」

報告を受けて、リアムは驚いた。

チャーリーと言えば、シルリング王だ。

「とにかく、様子を見に行く」

リアムはすぐに動いた。

本当なら、こちらから出向かなければ失礼に当たるからだ。

しこりがあるとはいえ、エリンはシルリング王国の一部なので、儀礼的なものを無視する訳にはいかない。


チャーリーとアリソンは、エリン東部に逃げ込んだ。

アリソンの父親の出身地である。

リアムは部下に蒸気車を運転させ、東部へ向かった。


最近、ずっと街道を整備し続けており、一定距離毎に石炭や水を供給できる供給所を建てている。

急ぐ時を考えて、手形を用いて後払いが可能になっている。

「早い内に鉄道を導入したいなぁ」

「あー、あのフロストランドの鉄の馬車ですな」

リアムは道中、運転手と話した。

「そうだ、人や物資を沢山運べるらしい」

「まるで、陸の船ですな」

「ははは。そりゃいいな、陸の船だ」


東部へ到着。

「王よ、大氏族長のリアム・オサリバンです」

「おお、そなたが大氏族長か」

チャーリーは旅人の格好をしていた。

「身を隠すためにこのような格好をしている、ゆるされよ」

「我らは気にしません」

リアムは言った。

「では、ウシュネッハへ案内いたします」

「うむ、苦しゅうない」

リアムは蒸気車にチャーリーとアリソンを乗せて、ウシュネッハへ戻った。



この話はすぐにアルスターにも伝わった。

「え、現王が!?」

「ベイリー様たちがウィリアム様を王に!?」

オーエンとブレンダンは驚愕。

困ったのはブレンダンだ。

「ウィルヘルムがエリンに海運を依頼する一番の理由はチャーリー様のワガママがあったからだ」

「ん、それじゃ、チャーリー様が落ち延びてきた今、その依頼はどうなるんだ?」

「分らない」

ブレンダンはうなだれた。

「だが、下手な事は聞けない」

「じゃあ、一度、家に戻ろう」

という事になり、オーエンとブレンダンは東部へ戻っていった。


ブレンダンの危惧は現実のものとなった。

妻のアマンダが逃げてきたのだった。

主立った家人を連れて逃げてきている。

そうでない者には暇を出したそうだ。

「ウィルヘルムは今、反対派狩りをしていて危険です」

「そうか…」

ブレンダンはうなだれた。

「クラーク家もこれで終わりか」

「まあ、そう気を落としなさんな」

オーエンが言って慰めたが、ブレンダンは気落ちしたまま。

政変に翻弄された訳である。



「チャーリー殿が王座を追われてエリンへ逃げてきたそうだ」

ブリジットは言った。

船団の定例会議である。

「今はウシュネッハにいるってよ」

「ウィルヘルムなど、滅んでしまえばいいのです」

マルティナが過激な発言をした。

彼女のウィルヘルム嫌いは、夫であるエドワードを殺された事に端を発している。

その後、チャーリーと同じように追われてエリンへ逃れてきたのだが、チャーリーは追っ手を放った側に立っていたので、同情はなかった。

「まあ、そう言わないでくれ」

ブリジットはなだめる。

「ウィルヘルムが存続してないと、ハロルドが将来的に困るだろ」

「……まあ、そうですわね」

マルティナは渋々うなずいた。

マルティナの息子のハロルドは、今は船団やアルスターで暮らしているが、将来的にはグリフィス家を背負って立つ使命がある。

「そのための後ろ立ては必要だ」

「分りました」

ブリジットが諭すとマルティナは発言を引っ込めた。

「我々船団には基本的には関係ないが、もしエリンとウィルヘルムで諍いが起きたら影響は少なからずあるだろうな」

ブリジットはしかめっ面である。


エリンとウィルヘルムの関係はすこぶる悪化している。

チャーリーが逃げ込んでくるとは思わなかったが、これをウィルヘルムが追って来た場合は確実に戦になる。


「戦になった場合は歩兵隊が主に戦うだろうけど、我々船団も油断してはならない。ウィルヘルムと協力関係にある海の敵が襲撃してくる可能性はゼロではないからな」

「モーリアンが戻ってきてませんね」

ブリジットが話し出すと、ダーヒーが言った。

エリン第1船であるモーリアンは修理のためフロストランドにある。

第2船であるヴァハも定期出航中だ。

「ま、バズヴだけで何とかするしかない」

ブリジットは肩をすくめる。

「それから、新たな船の購入を考えてる、これは間に合わないだろうけどな」

対プルーセン船戦で、小型船の機動性能に驚かされたエリンはすぐにフロストランドへ中型船の購入を打診していた。

あまりに船の重量が軽いと破氷性能が落ちて冬に凍った海へいけなくなるので、中型船を購入する予定だ。

フロストランドとのつながりを大事にするなら、この点は軽視できない。

「まだ戦になるか分らない状態でしょう?」

マルティナは意見を述べた。

「うん、だから、警戒を怠るなと言うことさ」

ブリジットは答える。

「我々の本分は海兵だ。運送をする側面もあるがね」

皆、黙っている。

この議題については文句はないということだ。

「じゃ、次行こうか」

ブリジットは次の議題へ移った。



ウィルヘルム側では、即座に兵を送った。

エリン東部へ武装した兵士が大挙として押し寄せる。

兵士はともかく、軍の上層部は、マスケットを使いたくてウズウズしている。

兵器は使用を重ねてゆくに連れて経験値が高くなる。

全体的な質を引き上げるのに、実戦は必要不可欠だと考えているのだ。


エリンは出遅れた。

まさか実際に戦いになるとは思っていなかったのだった。

話し合いで終わると考えていたので、初手では完全に不意打ちになった。


エリンの最東のボインの街では、混乱して、兵士たちはまともに戦いもせず逃げてしまった。


「ハッハーッ!」

「エリン人なぞ恐るるに足らず」

ウィルヘルム兵は聞こえよがしに言った。


「クソー」

「よそもんが調子に乗りやがって…」

ボインの住民たちは悔しそうに言ったが、武装した兵士たちに立ち向かう勇気はない。


ウィルヘルム兵は略奪をしなかった。

エリンとの間にこれ以上しこりを残すのを嫌ったのだった。



「思い切った事をしてきたなぁ…」

リアムは唸っていた。

報告を受けてすぐ、幹部が集まっていた。

「大氏族長、これ以上ウィルヘルムを侵攻させてはマズいですよ」

ブレナンが言った。

「うむ、我々エリン人は気が短いヤツが多い。住民が大人しくしているとは思えん」

ギャラガーも渋い顔をしている。

「どう考えてもマスケットの的だな」

リアムは冗談めかしたセリフを言ってから、

「歩兵隊を派遣しよう」

決断した。

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