第25話

7-2


そんな事があって、今度はオーエンから手紙が届いた。

「……おいおい、なんかマズい感じだぞ?」

自室で手紙を読んでいたダーヒーは、頭を抱える。

「オヤジまでなんだよ」

ダーヒーは毒づくが、エリン中枢で起きている事など伝わる訳がない。

現代社会とは異なり、情報の伝達速度と波及範囲に限界がある。

ウィルヘルムとの確執は上層部だけが知っていて、それが伝わったとしてもウシュネッハとアルスターの有力者までだろう。

基本的には機密の部類だ。


さらにこんな要望は、船団員のダーヒーからは言えない。


「船団長、ウチの母方の親戚のウィルヘルム貴族が運送を依頼したいと言ってます!」

「バカモン! お前何考えてんだ!?」

「そうだぞ、ダーヒー! ウィルヘルムの都合で減らしたり増やしたりするとか、あり得ん!」

「ウィルヘルムからいくらもらったんだ!? このスパイ野郎!」


袋叩きになるに決まっている。


「その頼み事は受けられない」

ダーヒーは極めて簡潔な返事を出した。



「ダーヒー、ちょっと顔色悪くないか?」

ブリジットが目聡く指摘した。

なぜか、木製の台車を押していた。

何かゴチャゴチャと中に入ってるようだ。

「はあ、ちょっと寝不足気味で…」

ダーヒーは乾いた笑いを浮かべる。


まさか、両親と手紙でレスバ中だとは言えない。

「お前のような息子で恥ずかしいわ!」

「親の頼みを断るとは!」

両親からはドンドン手紙が届いている。

「とにかく受けれない、断る!」

ダーヒーは頑として受けなかった。

しかし、精神的にはプレッシャーがかなりあったようで、身体に変調を来すようになってきていた。


「そらイカンな、豆を甘く煮たお菓子食うか?」

ブリジットは缶詰を取り出す。

この辺は女子らしく、甘味を食べれば元気になると思っているようだ。

「これをパンに挟んだお菓子を研究中だ」

ブリジットにとっては今、一番興味のある事らしい。

「イーストを使って柔らかくふっくら焼き上げて口当たりをよくするつもりだ」

「あ、いえ、要らないです」

ダーヒーは頭を振る。

甘い物はそれほど好きではない。

お菓子自体、女のものというイメージがある。

男が甘味好きなんて言うと、女みたいなヤツと後ろ指を差されてしまうと思ってる節もある。


「じゃあ、インスタント・ヌードルの方がいいか」

ブリジットは缶詰をしまって、別の物を取り出した。

深底の木椀にやはり木蓋がしてあって、中に何か入っているようだ。

カラカラと音がする。

「揚げて乾燥させた麺と粉末調味料が入ってる」

「はあ」

「お湯を注いで3分待てば食べられる」

「なんかスゴい簡単ですね」

「だろう? 次世代の携帯食料として注目されてる」

ブリジットはさも凄いことのように言ったが、注目してるのはブリジット1人だけだろう。

「とにかく食べて見ろ、結構旨いぞ?」

ブリジットは木の椀をダーヒーに押しつけて、去って行った。

(要するに実験台が欲しいってことか)

ダーヒーは、しばしぽかんとしていたが、そう気付いた。

(仕方ない、食べて見るか)

時間帯を外していて食堂が閉まっていたので、事務局へ行く。

「スミス船長、どうしました?」

オーラが気付いて、話しかけてきた。

『うぉりゃああああッ』

その向こうでは、デスクに陣取ったマルティナが書類の山と格闘している。

書類を読み、採決・不採決をする。

ひたすらその繰り返しだ。

「お湯をもらいに来たんだけど、お邪魔だったかな…?」

ダーヒーはマルティナの様子にちょっと引きつつ、言った。

「ああ、船団長の作ったなんとかって食べ物でしょう?」

オーラはピンときたようだった。

マルティナの様子はまったく気にしていない。

既に麻痺しているらしい。


「お湯を入れてすぐ食べれるらしいんだけど」

ダーヒーは、ブリジットから聞いたことをそのまま伝えた。

「フォークがないと食べれませんよ、それ」

オーラは、湯の入った瓶とフォークを持ってきた。

お湯を木の椀に注ぐ。

「ああ、ありがとう。てか、もう食べたんだ」

「味は結構良かったですよ」

オーラは感想を述べる。

「でも、しょっぱくて脂っこいから男の人向けですね」

「へぇー」

ダーヒーは相づちを打っただけだった。

会話するのに向いてない。



「これ、意外といけるんじゃないか」

ダーヒーはつぶやいた。

インスタント・ヌードルを食べて見た感想である。


兵士は基本的には男だけである。

ブリジットのような特殊な例はあるが、貞操の危機の問題がある前線では女性は起用されない。

なので、しょっぱくて脂っこい味付けの食べ物は兵士向きだ。


過酷な労働や行軍が前提の軍隊では塩分、糖分、脂肪分、タンパク質、炭水化物、各種ビタミン・ミネラルなど、すべての栄養素が必要になってくる。

インスタント・ヌードルは、塩分、脂肪分、炭水化物がガッツリ取れる。

そうした栄養学的知識はもってないものの、ダーヒーは直感的に理解した。

「味付けはまあ、少し雑だけど、軽くて持ち運びがしやすく、調理に手間が要らない、そこそこおいしい」

そう考えると、いても立っても居られなくなり、船団長室へ足を運んでいた。


「よお、ダーヒー」

ブリジットも自室でヌードルを食べていた。

箸を使っている。

「失礼します」

ダーヒーは言って、部屋に入る。

「このヌードルでしたか、船団だけではなくて歩兵隊にも適してるように思えます」

「ああ、気に入ったみたいだな」

ブリジットは満足そうな顔をしている。

「ま、でも、フロストランドの技術者が言うには、栄養素が偏るんだと」

「はあ、そうですか」

ダーヒーは困惑した。

栄養素とか言われても何のことかさっぱりである。

「だから、主食、主菜、副菜、飲み物なんかがセットになった戦闘糧食を開発すべきなんだと」

ブリジットは続けた。

「フル・ブレックファストみたいにですか?」

「そういえばそうだな」

ブリジットは、ふふと笑った。

「主食、主菜、副菜、飲み物は缶詰でほぼ賄える、でもそれだけじゃ士気が上がらない。

 たまにこういう享楽的な食べ物も出てくれば、士気が上がるとまでは行かなくても楽しみにはなるだろう」

「豆の甘く煮たものをパンに挟むのも、そういうヤツですか?」

ダーヒーは思い出して、言った。

「ああ、甘い物は疲れた身体に効くそうだ」

ブリジットはうなずく。

「男どもは甘味は好かんとか言うがな。身体の疲れを取るのも仕事の内だ」

「自分もあまり得意じゃありません」

「味の好みより、効果優先ってヤツだな」

ブリジットはそう言って、椅子から立ち上がる。

「それから、国内向けに売り出して儲ける」

「そっちがメインですか」

ダーヒーは呆れている。

「うっせーな、考えても見ろ、食べ物は一度当たるとでかいんだ。

 もしかしたら名物になってフロストランドとか他所にも売り込めるかもしれねーだろ?」

ブリジットは言いながら、部屋を出た。

「はあ、なるほど」

ダーヒーも着いてくる。


「あれ?」

「ん?」

次の瞬間、ダーヒーとブリジットは畳の部屋に居た。



「あー、間の悪い時に来ちまったか…」

ブリジットは額に手を当てて、言った。

「な、なんですここ?」

ダーヒーは混乱しているが、

「ダーヒー、お前、無口だと思ってたけど結構しゃべんのな?」

ブリジットはノンビリした口調である。

「いや、誤魔化さないでくださいよ」

「チッ、ダメか」

ブリジットは舌打ちする。

「ここは進んだ技術の世界だ。

 神話の神々の世界みたいなもんだな。

 なんか平たい顔の人種が住んでるけど、彼らは基本的に善良で世話好きだ。

 船団では、あたしとダブリンがこちらの事を知ってる」

「……はあー?」

ダーヒーは困惑した。

「狭い家だけど、様々な技術が使われていてビックリすんだろうけど、こちらでは普通だから気にすんなよ?」

「はあ…」

ブリジットはたたみ掛けるように言い含めてきたが、ダーヒーは反応できずにいる。

ただただ困惑している。


「狭い家で悪かったな」

声がして、2人が振り返ると、しょぼくれた爺さんが立っていた。

黄太郎だ。

「すいません」

ダーヒーは思わず謝ってしまう。

「狭いのを狭いと言って何が悪い」

ブリジットは言いつつ、靴を脱ぐ。

「靴を脱いで、こっちに」

「あ、はい」

ダーヒーは素直に従った。

「帰る時にはなぜかまたはいているので不思議なんだよな」

「へー」

ブリジットとダーヒーは玄関へ靴を置きに行く。

「また連れてきたのかい?」

黄太郎は咎めるように言ったが、

「いやー、こっちにいつ来れるか分んないし、誰といるかなんてコントロールできるかっての」

ブリジットは売り言葉に買い言葉って感じで返す。

かなり親しいようである。

「まあ、こちらは別にいいがの」

「あ、それから、こっちの人たちはゲール語しゃべれないから。

 この爺さんはしゃべれるけどな。

 代わりに“英語”っていう言葉をしゃべるから」

黄太郎がしゃべっているところ、ブリジットが食い気味に被せた。

「はあ、そうですか」

ダーヒーはうなずくしかなかった。


『あ! また誰か連れてきた!』

藍子が帰ってきて、叫んだ。

軍服のような特徴のある服装をしている。

『お、帰ってきたか』

ブリジットは答えず、

『その服、良いよな』

『学校の制服だけど』

『勇ましい感じがして』

『可愛いって言えし』

藍子とブリジットは壊れた機関銃のようにしゃべりまくる。

英語でしゃべっているので、ダーヒーには一言も理解できなかった。


「船団長、これが英語ってヤツですか?」

「ああ、こっちの世界じゃ最も普及している言語らしい。

 どことなく、ザクセンの言葉に似てるだろ?」

「……あー、そう言われれば似てるかも」

ダーヒーは納得している。

『だから、ゲール語でしゃべったらわかんないよ』

『あ、すまん、つい』

藍子に言われて、ブリジットは謝った。

まるで夫婦である。


『コイツはダーヒーっていうんだけど、英語は話せないんだ』

『へー』

「ワシはコウタロウ、こっちはランコだ、よろしくな」

黄太郎が自己紹介している。

「はい、よろしくお願いします」

ダーヒーは挨拶を返している。

根が真面目なのだ。


それから適当に家の中を見て回って、お約束通り、テレビに驚いたりしていると、夕飯になった。

米飯、味噌汁、焼き魚、漬物など相変わらず質素なメニューである。

ダーヒーは文句は言わず食べた。

味付けが口に合わないだろうことは予想できる。

だが、振る舞われた食べ物を粗末にすることができない質なのだった。

夕飯後に順番に風呂に入ってから、まったりしていると、

「船団長、こんな技術の塊が存在してるなんて信じられませんよ」

ダーヒーは言った。

「ああ、そうだろうな。

 フロストランドの新技術がどんどんエリンにも他の国にも入って来てるだろ。

 その先にあるのがこういう生活だ」

「……はあ、そうなんですね」

ダーヒーはどこかしら興奮冷めやらぬ感じである。

「あたしらには、エリンや周辺の土地にこういう技術を定着させて、人々の生活を向上させる使命があんだ」

ブリジットは言った。

「ウィルヘルム、プロトガリア、帝国は抵抗するだろうけどな。

 それに負けちまえば人々にこうした技術が行き渡らなくなる。どうしても辛い事も出てくるだろうが、それも将来のためだ」

「……」

ダーヒーは黙っている。

が、その顔には驚愕といった表情が張り付いていた。

「すべては人々により良い生活を与えるためにやってるんだ。

 まずはエリンに、だけどな」

「はあ、オレの頭じゃ理解仕切れませんぜ」

ダーヒーは正直な感想を述べた。

「なにやら難しい事を言っとるようじゃの」

黄太郎が口を挟んだ。

「うん、まあ、こっちじゃ分らんだろうけど、エリンじゃ今が正念場なんだ」

「そんなに気張らんと、こっちに来たらゆっくりするとええ」

ブリジットは意気込んでいるが、黄太郎はカカカと笑った。


『そういや、この前、ドージョーってヤツに行ったよ』

『……それまさか静ン家じゃないよね?』

『いや、多分、静の家だ』

ブリジットは複雑な顔をしている。

『あたしらのことは秘密にしといてくれ』

『言われなくたってしゃべらないよ。頭おかしいと思われるから』

藍子は布団の中に入りながら、答えた。

いつものようにブリジットは藍子の部屋に、ダーヒーは黄太郎の部屋に泊めてもらっている。

『とは言っても、静の父上の技はすげえから、習いたいんだけどな』

『へえー、あのオジさんがねぇ』

藍子は半信半疑である。

『静と巴には会えないからな、会うと時系列っての? それがおかしくなるらしいんだ』

『あー、めんどくさい、そういうの聞きたくない』

藍子はそう言って寝てしまった。


翌朝。

朝食はいつもの和食かと思いきや、藍子が目玉焼きとベーコン、ソーセージ、ポテト、ブロッコリーなどのフライを作った。

ソーダ・ブレッドも焼いている。

『いつも和食じゃ飽きるでしょ?』

藍子は言った。

奮発して色々と食材を買ってきたようだ。

『すまないな、ランコや』

『なに、病気の父親と娘コントやっとんじゃ?』

黄太郎がツッコミを入れた。

『いーじゃんか、この前来た時テレビ様でやってたんだよ』

『なーんで、なんで、テレビのことテレビ様っていうんじゃ?』

『なんとなく語感が好きなんだ』

ブリジットが言うと、

『……はー』

黄太郎はため息。


『ところで、そのうち船団員全員連れてくるんじゃないだろうね?』

藍子が聞いた。

冗談半分であるが、

『あー、なんとも言えない』

ブリジットは真顔で答える。

『ダブリンさんばっかとつるんでるしねぇ』

藍子はニヤニヤとしている。

「実際、ダブリンとできてるかと思ってました」

「んな訳ないだろ」

ダーヒーが言うと、リジットは顔をしかめた。

「だって、いつも一緒にいるんで」

「そ、そりゃ運転手だし、秘書官みたいな事もやってもらってるからな…」

ブリジットは答えた。

いいわけがましく聞こえるのは、便利に使っているというニュアンスが含まれているからだ。

『だから、英語』

藍子は口を尖らせている。

『お、すまん』

ブリジットはエヘヘと笑って誤魔化す。

ちなみに通訳は黄太郎だ。

『ワシ、仕事してた時も通訳してたけど、退職した後も通訳かい』

『わりいわりい。でも、助かってるよ』

ブリジットはちょっと気遣いを見せたりしている。

『ところで、ジャガイモだけど、あっちの世界にもあるといいんだけどなぁ』

『そういえば、ヨーロッパで食べられるようになったのは大分遅いんじゃったな』

黄太郎は言った。

『最初は聖書に記されてない植物だから、悪魔の食べ物扱いされておったとか』

『聖書?』

『キリスト教の教典じゃな。今、世界に普及している三大宗教の一つじゃ』

黄太郎は簡単に説明した。

『そんなに欲しければ一つ持っていけばいいじゃろ?』

『ダメだ、こっちに来るだけでも時系列がおかしくなりそうなのに、物資を持ち帰るとか危険すぎる』

ブリジットは固かった。

『固いのう』


「……(ほい)」

「……(へい)」

その脇で、藍子が生のジャガイモをダーヒーに渡したようだった。



『じゃあな』

「お世話になりました」

ブリジットとダーヒーは、敷居をまたいだ。


次の瞬間、見慣れた船団本部へ戻る。


「あっちの事は秘密だからな」

「言っても、頭おかしいと思われますよ」

「ふん、分ってんじゃねーか」

ブリジットは言って、さっさと自室へ戻った。


「さて、これ、どうするかな…」

ダーヒーは懐のジャガイモをのぞき見ながら言った。

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