第13話

4-2


ダブリンは翌日中に戻ってきた。

「時間かかったな」

「それが、なかなか戻れなくて…」

「ふーん」

ダブリンの話では3日いたという。

「こっちじゃ1日しか経ってないぞ」

「あっちは日が経つのが早いみたいですね」

「ランコたちは元気だったか?」

「ええ、2人とも元気でしたよ。ランコは最初の日は友達の家に泊りに行ってたみたいですけど」

「へえー」

「もっと興味もってあげたらと思います」

「で、変わった事はあったか?」

「テレビの番組なんですが『魔法少女パピルス・マピルス』ってぇのがあって」

「もういい」

ブリジットはアイアンクローでダブリンの頭を締め付けた。



エドワード・グリフィスはエリンに入り浸るようになった。

どうやらブリジットのことが気に入ったようだった。


「これは当初の予定とは違うが、懐柔できたと言えるのでは?」

「そうですなぁ」

「さすが、エリン一のじゃじゃ馬ですなぁ」

「まさかの逆転ですな」

運命の悪戯か何なのか。

だが、上手いこと収まったのは確かだ。

「グリフィス殿なら諸国に聞こえる有名人だ。話題性もバッチリだしな」

「うむ、グリフィス殿には悪いが、我らのために活用させてもらおう」

何もしてない幹部連中は、無能っぽく打算だけを考えている。


エドワードはエドワードで、エリンの幹部連中をバカにしている。

大の男たちが、へいこらしていて、ブリジットのような小娘が反抗している。

「図体はデカいクセに肝っ玉は小さい」

エドワードは自室で、供の者たちに向かって愚痴をこぼした。

「ブリジット殿は女だてらに肝が据わってますな」

「さすがエリンの強兵と言ったところだな」

エドワードは笑った。

「エリンの海賊は有名ですからなぁ」

供の者は同調する。

「だが、実際に来てみればどうだ」

エドワードはため息をついた。

近頃、よく見る姿だ。

メルク戦が終結してからというもの、エドワードは生きる目的を失ったかのようである。

「エリンの幹部どもは、あの通りヘタレだ」

「ははは、エドワード様は口が悪い」

「口も悪くなるわ、あのような態度ではな」

「ですなあ」

「あの娘には期待しておる」

「入れ込んでますな」

「まさか、プロポーズされる気ではありますまいな?」

供の者が冗談めかして言った。

冗談のようでいて、その実心配しているのだった。

「おいおい、私は妻一筋だぞ?」

エドワードは一笑に伏した。

「それに歳が離れすぎておるわ」

エドワードは40代、ブリジットは10代である。

とはいっても、そういう例はなくもない。

むしろ貴族連中の間では幼女趣味の者が少なくなく、年の差結婚というのはよく見られる。

エドワードの性癖がノーマルなのだった。

「妹か、姪って感じでしょうな」

「ま、それなら」

供の者が言うと、エドワードは渋々ではあるがうなずいた。



「そういえば、アルスターには赴いた事がござらん」

エドワードは言った。

「船の様子も見ておきたいのだが」

「はい、構いませんよ」

リアムは二つ返事でうなずいた。

「グリフィス殿にお越し頂けるとは光栄ですね」

ブリジットは快く受け入れた。

「向かい入れの準備がありますので、私はお先にアルスターへ戻ります」

「お手数をおかけして済まぬ」

「では、アルスターでお待ちしております」

そういって、ブリジットは会議室を退出。

ダブリンの運転でアルスターへと戻る。


アルスターではウィルヘルムのグリフィス殿が来ると知って、右往左往の大騒ぎになった。

港の隆盛にともない、ようやく発展してきたアルスターであるが、まだまだ田舎町といった意識が拭えない。


町を治めているショーン・アルスターは、ディーゴン船団本部を訪れていた。

ショーンはかなり太っていて、しきりに汗を拭いている。

「あの、グリフィス殿がお越しになられるとか」

「ああ、船を見たいということでね」

ブリジットはさらっと答える。

「えっ、ホントなんですね」

ショーンは顔を真っ青にして、そして出された麦茶を一口飲んだ。

緊張している。

アルスター家は代々統治者として存在してきたものの、政治的にも権力的にも影響力は薄い。

ショーン本人も小人物といえる。

「大丈夫、基本的にはこちらで皆引き受けるから」

「あ、さいですか」

ショーンは、ほっと息を漏らした。

「アルスター殿は真ん中に居て、挨拶だけしてくれればいいんだ」

「は、はい、お任せあれ」

ショーンは汗を拭きながらうなずいた。

暑苦しい。


「アルスター殿がいると室温が何度か上がったように感じられるな」

ディアミドがつぶやいた。

ショーンは安心すると、さっさと帰って行った。

とにかく面倒事は避けたがるきらいがある。

「で、どう歓待するので?」

コルムが聞いた。

「それについては、あたしにアイディアがあんだ」

ブリジットは、ふふふと笑う。

「お嬢がそういう時って、決まってろくでもねえことなんだよな」

「お嬢っていうな。てか面白い事しようぜ」

ブリジットは悪い顔である。


エドワードがアルスターへやってきた。

蒸気車に乗っている。

ウシュネッハの手配した車だ。

ウシュネッハからアルスターへは幹線道路が整備されている。

流通効率をよくするのと、もう一つ、いずれ鉄道を敷いてゆきたいという考えがある。

幹線道路に沿って、鉄道を設置するつもりなのだ。


「蒸気車とは便利なものだな」

「ウィルヘルムでもチラホラ見かけるようになってきましたね」

エドワードと供の者たちは座席に座って、談笑している。

「我々も購入すべきだな」

「そうですなぁ、移動が便利になりまする」

「思うにシルリングは新たなものを取り入れるのが下手だな」

エドワードは忌憚なく意見を述べている。

供の者はみな家中の者で、長年付き合ってきたからこそできる話だ。

「ええ、ですが、王より先に購入するのはどうかと…」

「うむ、それなら毒味役となれば良いのだ。

 我々が率先してリスクを受け入れ、有用だということを証明してゆけば王や他の有力者にも勧められるというもの」

「エドワード様は最近、考え方がエリンの娘御に似てきたのでは?」

供の者がハハハと笑った。

「む、そうか? 我らがブリジット殿に似てきたとは光栄の至り」

エドワードは少し面食らったようだったが、すぐに自身も笑い飛ばす。


「おお、つきましたぞ」

蒸気車が船団本部の前で止まった。

「お待ちしておりました」

ディアミド、オーラ、ショーン・アルスターなどの面々が出迎える。

「ささ、どうぞ中へ」

「うむ、それでは」

エドワードは船団本部内へはいってゆく。

しかし、皆、廊下をずんずん進み、中庭まで出てしまう。

「うん? なぜ中庭などに?」

エドワードが奇妙に思った時、

「ようこそ、いらっしゃいました。グリフィス殿」

ブリジットたち船団員は中庭に勢揃い。

皆、木の剣を手にしている。

「なんだ、これは?」

「まさか、エドワード様のお命を!?」

エドワードと供の者たちは一瞬、緊張したが、

「いえ、そうではありません」

「我々はこの機会に、グリフィス殿に稽古をつけて頂きたく」

「生ける伝説に学べるなどという機会は滅多にありませんからね」

船団員たちは口々に言って、

「グリフィス殿、是非我らに稽古をつけてくだされ」

全員が一斉に頭を下げた。


「ふむ、どうやらウソではないようだな」

エドワードは肝が据わっていた。

「木剣をどうぞ」

ディアミドが剣を渡す。

「そこもとは稽古はせぬのか?」

「私は膝を痛めておりまして、ほぼ引退の身で…」

「左様か、それはすまぬことを聞いた」

「いえ、私も身体が万全なら真っ先にお手合わせ頂いてますよ」

ディアミドは不敵に笑った。


「覚悟はいいか」

エドワードは木剣を手に、前に進み出た。

「グリフィスの剣、とくと味わってもらおうか」



「ふいー、もうムリ…」

コルムは疲れ果てて、庭の地面に転がった。

他の船団員も同じように地面に転がっている。

「ハハハ、どうしたどうした、まだ昼前だぞ?」

エドワードは皆の相手をした。

化け物じみた体力である。

幾度も戦に出て、生きて帰ってきた。

身体の強さもさることながら、武芸の修行をみっちり積んでいる。

わずか一合、二合で船団員たちを切り伏せていった。


「さすがグリフィス殿、良い稽古をありがとうございました」

ブリジットもこれには参ったをするしかなく、己の未熟さを痛感していた。

「なあに、この程度のことならいつでも歓迎だ」

エドワードは上機嫌で、言った。


「楽しい歓迎会でしたな」

稽古後もエドワードの機嫌は良かった。

「グリフィス殿の腕前には感服いたしました」

「我々も毎日訓練を積んでおるのですが、グリフィス殿には遠く及びませぬ」

「どうか、これからも稽古をつけて頂きたく」

ブリジットたちが口々に言うと、

「構いませぬよ」

エドワードは快諾。

「身体が少々鈍っていた所ですからな」


それから休憩を挟んで港に行き、船を視察してもらった。

船の内部は、そのほとんどが動力と制御機構である。

居住区が狭いのが特徴だった。

「思ったより狭いのだな」

エドワードが正直な感想を漏らした。

「居住区の拡大は今後の課題ですね」

ブリジットが答える。

「乗組員はスシ詰めで働き詰めが続くので、段々忍耐強くなっていきます。

 ま、唯一の楽しみは食べる事でしょうかね」

「兵士というのはどこも同じだな」

エドワードは苦笑した。

古い体制の騎士を継承する立場ではあるが、軍隊の厳しい生活はよく知っているらしい。

「燃料は「ばいおでぃぜる」で、これを燃してお湯を沸かして蒸気を発生させます」

「ばいお…なんだ?」

エドワードは耳慣れない言葉についてゆけない。

「菜種油から製造する油精のようなものです」

ブリジットは説明した。

自分もよく分っていないが、説明する立場なので分ってる雰囲気を出さなければならない。

「フロストランドよりドラム缶で大量に購入してます。

 年間契約を結んでいて、定期的にフロストランド船が運んできますから、供給が止まってしまうとお手上げになります」

「ふむ、生命線を握られてるのだな」

エドワードは思案顔になる。

「その燃料は自分達では作れぬのか?」

「その技術を移植しなければムリでしょう」

ブリジットは頭を振る。

「我々の文化でいう錬金術のようなものをさらに発展させた化学という技術を使用してます」

「むむ」

エドワードは唸った。

理解の範疇を超えているのだった。

「ですが、グリフィス殿のお考えは自然の流れであるとも言えます」

「うむ、今は無理でもいずれは、な」

「そのためにも今は儲けを出してゆき、出資者を増やして行かねばいけません」

ブリジットが述べたのは、今後の方向性だ。


出資を募り、運転資金を集める。

資金投入により交易規模の拡大を図り、利益を拡大してゆく。

このサイクルを繰り返し、新規設備投資の費用をひねり出して行く。


「なるほど、将来を考えれば確かに削減ではダメだな」

「お分かりいただけて嬉しいです」

エドワードとブリジットは少しずつわかり合えてきたようだった。

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