第12話

4-1


「ウィルヘルムを出資者にしたら、口出されまくるじゃんか」

ブリジットはウシュネッハからの報告を聞いて、麻袋をぶん投げた。

もはや麻袋は爪とぎ板扱いである。

「その代わり、ウィルヘルムの不満を少しは解消できるかもしれませぬぞ」

ディアミドが言った。

「今より資金繰りに困らなくはなりますね」

コルムもうなずいている。

「麦茶飲みます?」

ダブリンはケトルを手にしている。

「うん」

ブリジットはカップを差し出す。

麦茶を飲み、一息つく。

「ウィルヘルムが金だけ出して口を出さないと思うか?」

「……確実に口出ししてきますね」

コルムが言った。

「ウィルヘルムはエリンより上だと思ってますからなぁ」

ディアミドが眉をしかめる。

「思うに、四六時中あーだこーだ言ってきて、引っかき回して邪魔ばかりしてくるって事になるだろうね」

「あー、そういう事になるのか」

「頭が痛いな」

事務所に妙な空気が流れる。

「昼は何にしま……す…か?」

オーラが入ってきて、そして、ちょっと引いた。

「ん? ああ、ファールとシチューが食べたいな」

ブリジットは言った。


料理があまりできない上に宿舎住みなので、昼は作ってもらうか外で食べるのは普通だ。

ちなみに夜は賄いがないので、外食ばかりになる。

船団員は事務員の数名を除いて男ばかりなので食事管理がしにくい。

「ウィルヘルムはとりあえず置いといて、食堂を増設するべきだなぁ」

ブリジットは昼食の後に言った。

「団員の健康管理をするってことですかい?」

コルムが聞いたが、

「いや、団員が給料を使い切らないようにだな」

ブリジットはジロリと2人を見た。

「外食、酒盛り、散財、身に覚えがあんだろ?」

「ええまあ」

「はあ」

コルムとブリジットは視線を逸らした。

「男は何かと要りようなのは分るが、給料を使いきって前借りするヤツもいるからなぁ。

 とは言っても食堂を使うか否かは本人たちが選ぶ事だけど」

「選択肢を増やしてやろうってことですか」

「うん」

ブリジットはうなずいて、椅子に背を預ける。

「節約したいヤツのために、安上がりな生活ができるようにしないとな」

「風呂は時間が決まってるけど自由に使えるし」

「宿舎は所属してれば無料ですし」

コルムとディアミドが言った。

「あとは食事だ」

「オーラに作ってもらうとか?」

「いや、専属のコックを雇うつもりだ」

ブリジットは頭を振った。

「オーラの仕事は事務だ、好意であたしらの食事を作ってくれてるだけだ」

「そうですな」

ディアミドはうなずいた。

「皆の食事なぞ作ってたら、それで1日が終わっちまう」

「コックを雇うとして、機密保持についてはどうします?」

「それだ」

ブリジットはしかめっ面になる。

一般人では船団やエリン上層部の情報を外へ漏らす可能性がある。

「どうしたらいいと思う?」

「ふむ、歩兵隊から主計課の者を誘致しましょう」

ディアミドが言った。

「料理番か」

コルムは意味ありげにつぶやく。

「不満か?」

「いや、俺もそろそろ金を貯めるかなって思ってな」

「誰か結婚したい相手でもいるのか」

ディアミドが冗談混じりにコルムを弄る。

「い、いねえよ。……まだ」

「おお、青春しとるねぇ、若者よ」

ブリジットは興味なさそうに椅子に背を預けた。



ブリジットが予想していた通りになった。

「こっちは金出してんだぞ、おい!?」

という態度丸出しで、ウィルヘルムの使者はエリンの交易に文句を言うようになったのである。


「うーむ」

リアムは唸った。

「まあ、予想できたことですし…」

ギャラガーが言った。

「だがなぁ、出来ることと出来ないことがあるぞ」

リアムはしかめっ面。

文句に一貫性はなく、一つの事に対して反対をしてくる、そんな程度の話だ。


そんなことをして失敗したらどうする?

我らが出資しているのはそのような事をさせるためではない。

我らが言った事は実行しているのか?

ほら見ろ、いわんこっちゃない。


何をしても口を挟んでくる。


「頭がおかしくなりそうだ」

リアムは頭を抱えた。

「お気持ちは分りますが、上手く切り抜けるしかありませぬな」

ブレナンが声をかけた。

事務的だが、幹部連中の対応はだいたいこんなものである。

「アルバにも使者は行っておるでしょう、彼らと連絡を取ってみては如何ですか」

「なるほど、同病相憐れむというヤツか」

「イヤな言い方だな」

「皮肉が効いているな」

皆、ヤケになってきていた。



リアムがアルバに連絡を取ってみたところ、ウィルヘルムの使者は同じように無茶振りを発揮しているということだった。

アルバを訪問している使者は、エドワード・グリフィスではないようだ。

エリンに派遣されてるのはエドワードだけということらしい。


「ならば、グリフィス殿を懐柔してしまえば……」

「ですが、どうやって?」

「うーむ」

アイディアが出たと思ったが、すぐに頓挫している。

エリン幹部連中の無能さが露呈してきている。

(……この人たち大丈夫か、いやマジで?)

ブレナンは内心、そう思っていたりする。


そんな訳で、何も対策を立てられず、またグリフィスがやってきた。


「使者殿の質問に答えるには船団に詳しい者でないとムリです」

リアムはそう言って時間稼ぎをした。

何の考えもなく引き延ばしを狙っただけだったが、

「む、そうか、ならば船団の者を呼んで頂こう」

エドワードは真に受けてしまった。

あまり海軍には詳しくないようだ。

「は、はい、では少々お待ちを」

ギャラガーが慌てて手配しに部屋を退出する。


翌日、ブリジットが会談に出席した。

いや、出席させられた。


「お初にお目にかかります。ディーゴン船団長のブリジットです」

ブリジットは挨拶する。

「おお、オサリバン殿のご息女ですな、どうぞよしなに」

エドワードは挨拶を返す。

(思ったより丁寧だな)

エリンの幹部連中は意外に思った。


「……エリン船が交易を行うのには、航海費用が多く掛かります。

 具体的に言うと、動力の蒸気タービンが動きっぱなしなので、その分、水や燃料が必要になるからです」

ブリジットは淀みなく説明をしてゆく。

「ふむ、そういう仕組みなのか」

エドワードは納得したようだったが、

「しかし、それはもっと費用が掛からぬようにはできぬのか?」

すぐにストレートに聞いてくる。

「蒸気タービンは作動と停止を細かく制御するのには向いてません。

 製造元のフロストランドもそれを理解していて、細かく制御するようには作ってません。

 つまり、できません」

ブリジットは断言した。

「ならば別のやり方では?」

「ハッキリ言います。どんなやり方をしても船を弄って費用を削ることはできません。

 なぜなら、船の設計段階で費用を削る事を考慮していないからです」

エドワードは食い下がったが、ブリジットはピシャリと言った。

「だが、費用が掛かりすぎるッ」

「この費用は適正です!」

「ウィルヘルムが求めてるのは費用削減だ!!」

「費用は適正です、削減ではなく儲けを増やす事を考えてください!!!」

「むむむッ」

「むーッ」

いつの間にか、エドワードとブリジットは正面からにらみ合っていた。

2人とも一歩も引かない。


「おい、こら、やめろ」

「使者殿を怒らせるんじゃない」

リアムとギャラガーが小声でしきりに言っているが、ブリジットには全く聞こえていない。


「話にならん!」

「フンッ!」

エドワードとブリジットは、お互いに顔を背けた。

会談は最悪の雰囲気で終わった。


次の日も、同じようにエドワードとブリジットがぶつかり合った。

「この小娘が、話が分らんのか!?」

「それはこっちのセリフだ、おっさん!」

正面から睨み合い。

「削減をしろと言っとるのだ」

「それはできない」

「削減!」

「できない!」

「削減!」

「できない!」

「削減!」

「できない!」

「削減!」

「できない!」

「削減!」

「できない!」

「このぉッ」

エドワードは拳でテーブルを叩いた。

「もう知らん!」

そして、部屋を出て行く。

「フンッ、出ていけ、出ていけ」

ブリジットは後ろから煽った。


「ブリジット、もう少し言い方ってもんがなぁ…」

「そうだぞ、ウィルヘルムの機嫌を損ねたりでもしたら…」

エリンの幹部たちは右往左往している。

「ウィルヘルムがナンボのもんじゃい! 返り討ちにしてやる!」

ブリジットは興奮した様子で言った。

「あー…」

「もうダメだぁ…」

エリンの幹部たちは頭を抱えてうずくまった。


「お待ちくだされ、グリフィス殿ッ」

「申し訳ありませぬ」

「ブリジットは物の言い方を知らぬので……」

リアムたち幹部連中はエドワードを追いかけて、謝った。

「ふん、そうかな?」

エドワードは立ち止まった。

その表情には怒りはないように見えた。

「貴殿らは物の言い方を知っておったと申すのか?」

「え?」

「あの娘は真っ向から私に対抗してきた」

エドワードはリアムたちを正面から見据えた。

「ですから、それは謝りますゆえ…」

「平にご容赦のほどを…」

「それがエリンのためになると申すのかね?」

エドワードは聞いた。

「は、はあ?」

リアムは混乱している。

「リアム殿、そなたの娘御は貴邦のために私に楯突いてきたのではないか?」

「う…む…」

エドワードに正論を吐かれ、リアムは何も言えなくなる。

「ウィルヘルムに媚びる事なく、自邦の利益を守ろうとする、それが本当ではないか」

「うぐぐ」

「先ほどは確かに腹が立ったが、よく考えてみれば、娘御殿が私に向かってきたのが何やら嬉しゅうてな」

エドワードは、ふふと笑った。

「はあ…」

リアムたちは訳が分らず呆けている。

「貴邦にも骨のある者がおるのだな、ワハハハハ」

エドワードは笑いながら、自室に入っていった。

使者にあてがわれた部屋である。



「お嬢、ヤバくないですか…」

「お嬢っていうな。うるせー、あーいうヤツはムカつくんだよ、ボケェッ」

ダブリンは顔を真っ青にしているが、ブリジットは平然としている。

「心臓に毛が生えてる」という陳腐な表現がしっくりくる。

「それよか、そろそろアレだ」

ブリジットは言った。

「アレ?」

「あっちに行く頃合いだ」

「あー」

ダブリンは思い当たって納得。

「だけど、今、あたしはグリフィスを懲らしめるので忙しい」

「え?」

「だからお前代わりに行ってくれ」

「はあ?」

「大丈夫、英語覚えたろ」

「覚えたって、ちょっとだけだし」

ダブリンは慌てている。

「大丈夫、大丈夫、そのドア潜ればすぐ行けるから」

「オレ1人とかイヤですってば」

ダブリンは嫌がっていたが、

「大丈夫。あっちに行かせてるなんか神様みたいなのも分ってるから、多分」

「なんですか、それ?!」

「いけ、おら、早く!」

ブリジットに押されて、ダブリンはドアを潜った。

次の瞬間、ダブリンは畳の部屋に。



エドワードの態度が少し軟化した。

「それで、どうやって儲けを増やすのだ?」

「え、あ、はあ…」

ブリジットは思わぬ事にしどろもどろになる。

「えー、交易の基本はぁ、あれ、ほら、物資を遠くから遠くへ運ぶ事で」

「ふむ、例えばフロストランドからプロトガリアとかかな」

エドワードは思案顔である。

プロトガリアはシルリング王国とラ・ティエーン帝国の間にある国だ。

この辺の人間は、左側がプロトガリア、右側がロムペディアと覚える。

この二国は穀倉地帯として有名で、小麦が多く生産されている。

ウィルヘルムも小麦が多く取れるが、ふんだんに他国へ輸出できるのは、この辺ではこの二国だけである。

「ええ、北の方は小麦が育たないので、そういう物資は狙い目ですね」

ブリジットはやっと調子を取り戻してきた。

「ふむ、なるほど」

エドワードはうなずいている。

「その逆に、フロストランドの魚の缶詰、芋なんかをプロトガリアなどへ運べば…」

「運送費は?」

「そこが肝です。輸送費と販売価格が売り地の相場を超えないような距離を選ぶ必要があるんです」

「なるほどな」

エドワードは聞いた。

「ならば、やってみるべきだな」

「はい、試験的に幾度か運んでみました。少量から始めて儲けが出そうならその線を生かします。いくつかの線を候補にしてます」

「ほう、それは楽しみだな」

エドワードは満足気にうなずく。

「今回の報告は実のあるものになりそうだ」

これまで、エドワードが言うことのなかったセリフだ。

「は、はあ、恐縮です」

「そうかしこまるな、私に歯向かうくらい気骨のある娘御だろう?」

ワハハと笑って、エドワードはメモを読み返した。

同行している書記役の者が記したものだ。

「次も楽しみにしている」

「ええ、こちらも」

真正面からぶつかり合った者同士、ある種の共感のようなものが生まれているのだった。



ダブリンは黄太郎と2人でテレビを見ていた。

藍子は友達の家に泊まりに行っているらしかった。

「……今回は来ないのな」

「……なんかスイマセン」

ブリジットがいないと静かである。

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