第24話 フレインガルド魔術学園

 東京都・メイガスシティ。

 その街は魔術都市と呼ばれていた。


 単にマジックアイテム関連の民間企業や商店が多く軒を連ねているからというのもあるが、最大の理由はやはり、街の中心に深く根を下ろしているフレインガルド魔術学園の存在だろう。


 かつての殲滅戦争において、邪悪なる魔剣士を打ち倒した英雄・フレインガルドの名を冠するこの学園は、日本に四校存在する魔術学校の中でも最大規模を誇っている。

 その広大な敷地には、巨大な時計台が特徴的な本校舎に始まり、修練場に実験場、古今東西の魔導書を収めた図書館、各種薬草を育てているプラントなどといった様々な設備が取り揃えられていて、魔術師の教育に関してはこれ以上無い環境と言える。




 そして。

 そんな学園の正門前に、黒野切臣の姿はあった。


「すっげえ……」


 赤みがかった髪の毛の少年は、目の前に聳え立つ威容にただただ圧倒され、感嘆の声を漏らす。

 その瞳はまるで幼子のように輝いていて、今にも駆け出しそうなほどにワクワクしているのが傍目から見ても丸分かりだった。

 はっきり言っておのぼりさん全開である。


「だらしない顔を衆目に晒すのは止めて頂けますか山猿。貴方だけならともかく、お嬢様の品位まで下がってしまいます」


 そんな少年に声を飛ばしたのは、小学生くらいの身長をした黒髪ボブカットの少女。

 竜宮寺一門に仕えるラブリーバニー(自称)・木津うづきである。

 切臣は相変わらずのうづきの暴言にムッとしながらも、目の前の光景を指差して言い返した。


「いやだって、こんなデカい学校とか今まで見たことねえしよ。お前だって、偉そうなこと言ってるけど内心ビビってんじゃねえの?」


「まさか。私は大旦那様に付いてこの学園に足を運んだことが幾度となくありますので、至って見慣れた風景ですよ」


「え、マジで?」


「あ、私も何回か来たことあるよ」


「蓮華も!? もしかして俺だけ仲間外れ!?」


 うづきの言葉を繋ぐように会話に入ったのは、竜宮寺一門の次期当主にして切臣の幼なじみ・竜宮寺蓮華だ。

 赤い組紐でポニーテールに結わえた淡いプラチナブロンドと、エメラルドグリーンの瞳を併せ持つ、まだあどけなさを残した愛らしい顔立ちの少女である。


 蓮華の言葉を受けて、切臣は改めて学園の方へと向き直った。


「にしても、今日から三年間ここが俺たちの通う学校かあ。卒業するまでに構造全部把握できる気しねえんだけど」


「それについては私も同感。小中学校くらいの大きさに慣れちゃうとどうもね」


 と、蓮華も困り顔で苦笑した。




 そう。

 今日はこのフレインガルド魔術学園の入学式。切臣たち三人はこの日をもって、晴れてこの学園の生徒となるのである。

 その証拠に、彼らが現在身に付けているのはまだ真新しい、白を基調としたこの学園の制服。学ランとセーラー服だった中学時代とは打って変わって、垢抜けたデザインのブレザー服だ。


「何ていうか、いよいよって感じだな」


 ポツリと、切臣は感極まったように呟く。


 自分が偶然魔剣士の力を手に入れ、竜宮寺家の魔術師見習いとなり、破滅のジュリアスとの死闘を繰り広げたあの激動の二日間から、既に半年もの時間が経過した。

 あの後も鍛練を重ね続け、また厳志郎からいくつかの任務を与えられた(横流しされた)ことにより、もはや魔族との戦闘においてはかなりの場数を踏んできた切臣ではあるが、いざこうして学園に通うとなるとやはり緊張してしまう。


 ついにこの時が来たかと、期待と不安で胸がいっぱいになっているのだ。


「何を一人で浸っているのですか。貴方はどうせこの学園で何を学ぼうとも魔術などろくに扱えるようにはならないのですから、緊張したところで何の意味もないでしょうに。これだから大旦那様のお情けで入学を許可されただけの類人猿は困り者ですね」


 そんな切臣の感慨深い気持ちに、全力で冷や水をぶっかけるうづき。

 案の定切臣はピキピキと青筋を額に立てるが、すぐに息を吐いて冷静になるように努めながら切り返す。


「袖余りまくり服に着られまくりのおチビちゃんが何か言ってんなあ。一番小さいサイズでそれってお前本当に今日から高校生なの? 実は小学生の間違いじゃねえのか?」


「なるほど。どうやら下ろしたての制服に風通しの良い穴を空けてほしいようですね。サービスで身体にも何ヶ所か空けて差し上げましょうか。銃弾で」


「上等だやってみろやコラ。全部叩き落としてやっからよ」


「はいはい二人とも、それくらいにして早く中に入ろ? これ以上こんなところで騒いでたら周りの人たちから変に思われちゃうよ」


 またしても一触即発の雰囲気になり始めた二人を、すかさず蓮華が間に入って収める。もうすっかり手慣れたものだ。

 主人にそう言われてしまっては元も子もない見習いとメイドは、睨み合いながらも口論を止めた。

 確かに蓮華の言う通り、いつまでもこのような往来で言い争いをしていれば無駄に悪目立ちしてしまう。


 大人しくなった二人の従者を満足げに見渡して、蓮華は再度口を開いた。


「それじゃ、行こっか」




***




 季節は四月。

 桜舞い散る暖かな陽射しが差し込む中、切臣たち三人は学園の敷地内を歩いていた。


「うへー、校門前もそれなりだったけど中はもっとやべえな。どこもかしこも人ばっかりだ」


 周囲を見渡しながら切臣が言う。

 敷地内にはとにかく大勢の人がごった返していて、まさにお祭り騒ぎという様相を呈している。

 自分たちと同じく真新しい制服に身を包んだ新入生に、彼らを案内する教職員や上級生と思わしき生徒たち。恐らく保護者だろう恰幅の良い男性や上品そうな女性の姿もちらほら見受けられた。


「単に入学生や保護者だけじゃなくて、この学校に出資してる企業の人とか、魔導管理協会のお偉いさんとかも来賓として来てるみたいだからねえ。それにしてもさすがに多過ぎな気もするけど」


 蓮華もまた落ち着かない様子で、切臣の言葉に追従した。


「こうも密集していると前がよく見えませんね。方向感覚が狂いそうになります」


「おいチビ、何なら手でも繋いでやろうか? 万が一はぐれたら迷子として保護されそうだもんなお前」


「両腕削ぎ落しますよ糞猿」


「いや怖ぇよ。いきなりキレ過ぎだろ」


 うづきへの軽口に割と本気の殺意で返され、困惑する切臣。━━と、そこで。




「おーい、お前たち」




 聞き覚えのある声が耳に届く。

 そちらに振り返ると、やはり見覚えのあり過ぎる男が一人、軽く手を振りながらそこに立っていた。


「あ、お爺ちゃん」


 短く刈り込んだロマンスグレーに、黒々としたサングラスとストライプ柄のスーツを着こなした、六十代後半程度の男。

 一歩間違えればその筋の人間にしか見えないその男こそまさしく、竜宮寺家の現当主にしてこの学園の学園長・竜宮寺厳志郎その人である。


「三人とも久しぶりだな。春休みは忙しくて帰ることができなかったから……年明け以来か? 元気そうで何よりだ」


 厳志郎は切臣たちに歩み寄ると、朗々たるバリトンボイスを響かせて言った。

 蓮華はそれに微笑でもって返して、


「お爺ちゃんもね。変わりないみたいで安心したよ」


「多忙という意味では大いに変わりありだがな。今日も本当なら駅まで迎えに行きたかったが、式の準備に追われて行けなかった。道に迷っていないか心配だったが、杞憂だったようだ」


「何一つ問題はありませんでした。尤も、この田舎猿は迷子になりかけましたが」


「うっせえ、初めて来たとこなんだからしょうがねえだろ」


「ははっ。相変わらずだなお前たちは」


 いつも通りの言い合いをする切臣とうづきに、厳志郎は小さく笑い声を漏らした。 

 生まれ育った町を出て、新幹線に揺られること三時間弱。切臣たちがこのメイガスシティにたどり着いたのは、つい先ほどの話。

 そこでもやはり切臣は人の多さと都会的な町並みに酔って迷子になりかけたが、蓮華とうづきが学園までの道のりを覚えてくれていたお陰で事なきを得たのである。


「それにしても、皆制服がよく似合うな」


 真新しい制服に袖を通した切臣たちを改めて見渡しながら、ロマンスグレーの魔術師は呟くように告げた。


「入学おめでとう。その制服に袖を通した時点で、お前たちは正式に魔術師としての道を歩み始めた。そのことを自覚して、よく学び精進するように」


 その言葉を聞いて、切臣たちの表情が引き締まる。

 ロマンスグレーの魔術師はサングラスの奥の瞳を滑らせて、


「切臣くんもな」


 まっすぐ切臣を見据えて言った。

 赤毛の少年はそれを受けて、背筋をピンと伸ばして応じる。


「はい! ……でも、今更ですけど本当に良かったんですか? 俺がこの学校に入学なんてして」


「本当に今更な話だな。そもそも最初に魔術師になりたいと言い始めたのは君だろうに」


「いや、それはそうなんですけど……」


 どう言うべきか少し考えあぐねる切臣だったが、やがておずおずと、言葉の続きを紡ぎ出した。


「俺には魔術の才能ってやつがこれっぽっちもありません。それは蓮華からもはっきり言われましたし、前に無理言ってやらせてもらった魔術の練習の結果でも身に沁みて分かりました。なのにどうして、魔術を教わるこの学園への入学を許してもらえたのかなって」


 それはずっと胸の奥で感じていた、一つの疑問だった。

 切臣に魔術の素養が皆無なことなどとっくの昔にお見通しだっただろう厳志郎が、どうして竜宮寺一門の見習いとして迎え入れてくれただけでなく、フレインガルド魔術学園への入学までもを認めてくれたのか。

 今までずっと気後れして訊けずじまいだったが、この際はっきり訊いておこうと考えたのだ。


「ああ、そんなことか。なら簡単な話だ。それはこの学園が実力主義だからだよ」


 しかしながら、厳志郎は実にあっさりとそう答えた。


「実力主義、ですか」


「うむ。知っての通り魔術学校が設立された理由は、魔界より現れる強大な魔族や、凶悪な事件を引き起こす魔導犯罪者を討伐し、人界の平和を守る魔術師を育成するために他ならない。一番重要なのはそういった連中に決して遅れを取ることのない揺るぎない”強さ”であって、魔術なんてものは所詮そのための手段の一つに過ぎないというわけだ。━━まあ身も蓋もない言い方をしてしまえば、強ければ何でも良いのさ」


「ええ……」


 とても魔術学校の学園長のものとは思えない台詞が飛び出たことに、切臣は思わず呆れた声を漏らしてしまった。

 それで良いのかフレインガルド魔術学園。

 

「実際、切臣くんのように魔術をまるで使えないながらも別の強みを持ち、見事魔術学校を卒業して今でも最前線で活躍している者を私は知っている。そうした前例がある以上、君が負い目に感じる必要はどこにもない」


 切臣のそんな内心を余所に、朗々たるバリトンボイスは響き渡る。

 それに追随するように、隣で聞いていた蓮華が口を開いた。


「そうそう。それに聞いた話だと、魔導管理協会の会長さんも切臣がこの学校に通うのを認めてくれたんでしょ? なら何も気にする必要ないって。堂々としてればいいんだよ」


「蓮華……」


 屈託のない笑顔を浮かべるプラチナブロンドの幼なじみを見て、切臣は幾分か気を取り直した。

 同時、厳志郎がわざとらしく咳払いをする。


「とはいえ、だ。今の君の状況が危ういことには変わりない。あくまで処刑は一時保留となっているだけだ。その辺りを自覚して、あまり羽目を外し過ぎることのないようにな」


「は、はい!」


 脅かすような言葉に、切臣は姿勢を正して応じた。

 それに満足したのか、厳志郎は口角を吊り上げて笑う。


「よろしい。いきなり脅かして悪かったな。それじゃあ三人とも、これからの学園生活を大いに楽しんできなさい」


 そう言い残して、厳志郎は足早に歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、切臣は拳を握り締める。


「頑張らねえとな……」


 口の中でぼそりと呟く。

 自分に魔術の才能が無いことは理解しているが、それでもやるだけやってみよう。ブラック級魔術師になるために。

 少年はそう決意を新たにした。




「切臣、何してるの。早く行くよー」


「あまり待たせないでください山猿。置いて行きますよ」


 と、先に歩き出していた蓮華たちが声をかけてくる。


「あ、悪い! すぐ行く!」


 切臣は慌ててその後を追いかけた。波乱の学園生活が、幕を開ける。






************************


お待たせした割にあまり話が動いてませんね、すみません。

次もできるだけ早くに更新します。


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