第14話 実戦訓練
矢のように時間は過ぎ去る。
いよいよ受験勉強も本格化してきた中での、どこか張り詰めた空気感の授業が終わり、生徒たちは解放感に満ちた表情で校舎から吐き出されていく。
受験とは何の関係もない切臣と蓮華もご多分に漏れず、下駄箱で靴を履き替えて校庭に出た。
「しっかし、ほんと綺麗さっぱり直ってんなあ。とても昨日あんな騒動があったとは思えねえぜ」
何一つ変わり映えしない校庭の様子をしみじみと眺めながら、切臣はポツリと呟く。
それに対して蓮華が、すかさずこう答えた。
「お爺ちゃんがチャチャッと直してくれたからね。あれでも一応この町の管理者だし、これくらいなら朝飯前だよ」
「へえ」
そんなことを語り合いながら、昨日と同じように夕暮れの町並みを歩く二人。
やがていつもの分かれ道に差し掛かった辺りで、見覚えのない黒塗りの高級車が停車していることに気がついた。そして、その傍らに佇んでいるのは、
「やあ切臣くん。蓮華も、お帰り」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
昨日と同じくストライプ柄のスーツとサングラスに身を包んだ竜宮寺厳志郎と、どういうわけか既にJCからウサミミメイドにジョブチェンジを果たした木津うづきだった。
「あ、どうもこんにちは。……てかあのチビ早着替えにも程があんだろ……どんな早業だよ……」
厳志郎に頭を下げつつ、うづきの早過ぎる変身ぶりに小声でツッコミを入れる切臣。
それを尻目に蓮華が、厳志郎に対して質問を投げ掛けた。
「どうしたの、お爺ちゃん。こんなところで車まで出したりして」
「決まっているだろう。切臣くんの修行のために、今から少し遠出するのさ」
「遠出?」
「あの、修行って一体何やるんです? 俺何も知らされてないんですけど」
切臣がおずおずと手を上げて質問すると、厳志郎は得意気にサングラスを指で持ち上げながら、
「それは目的地に着いてからのお楽しみだ。さあ、二人とも早く乗りなさい。グズグズしていると、その分帰りが遅くなるぞ」
切臣と蓮華は顔を見合わせる。
何をするつもりなのか分からないが、どうにも猛烈に嫌な予感がしてならない。
さりとて、いつまでもこんなところで突っ立っているわけにも行かないので、二人して後部座席へと乗り込んだ。
程なくして、厳志郎が運転席に、うづきが助手席にそれぞれ座る。
「あれ、お爺ちゃんが運転するの? 珍しいね」
「たまにはしておかないと勘が鈍るからな。シートベルトはきっちり締めたか? それじゃあ出発するぞ」
言うが早いか、厳志郎はアクセルを踏み込んだ。
代わり映えのしない見慣れた住宅地を、場違いな高級車が突き進む。
どこに向かうのかすらまだ分からぬままに。
***
曲がりくねった山道を車の走行音だけが響き渡る。
住宅地を出発して既に一時間半ほど。
既に陽はだいぶ傾いており、もうすぐ夜になろうかという塩梅だった。
「まだ着かないのお爺ちゃん? ていうかこれ、マジでどこに向かってるのさ?」
いい加減にうんざりした様子の蓮華が、運転席の厳志郎に話しかける。
厳志郎はハンドルを取り回しながら応じた。
「心配しなくとももうすぐ着く。そろそろ降りる準備をしておきなさい」
と言ってから更に10分弱。
ようやく目的地に着いたらしく、車がゆっくりと停車した。
「到着だ」
言って、厳志郎とうづきが車から降りる。
切臣と蓮華もそれに倣って降車し、改めて眼前のそれを見据えた。
「これって、トンネルですか?」
今度尋ねたのは切臣だった。
どこか不気味な雰囲気を醸し出す古ぼけたトンネルが、夕闇の山道の中でポッカリと口を開けて鎮座している。
今にも何か出てきそうな恐ろしげな空気に知らず、ゴクリと喉を鳴らす。
「その通り。今となっては通る者などほとんどいない、幽霊が出るという曰く付きのトンネルだ。━━尤も、実際に出るのは幽霊などではないがね」
と、あくまでも視線をトンネルの方へと向けながら、低い声色で切臣の質問に答える厳志郎。
そのまま講義でもするかのように、つらつらと言葉を続ける。
「数日前の話だ。このトンネルに肝試しに来ていたという大学生のカップルが行方不明になった。家族からの相談を受けて、ここに捜索に訪れた警官二名もな。それで詳しい調査の結果、この行方不明事件は警察じゃなく、
「えっ……ちょっと待ってお爺ちゃん。それってつまり……」
「ああ。このトンネルには、魔族が潜んでいる。それもそれなりに強力なやつがな」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる厳志郎。改めて切臣へと向き直り、
「切臣くん。今日の修行内容を発表する。この中にいる魔族を、君の魔剣士の力で討伐してくることだ」
厳志郎から伝えられた修行内容に、切臣は首を捻った。
「俺が、ですか?」
修行というからには、てっきり地道なトレーニングみたいなことをするのだと思っていたので、完全に虚を突かれた感じである。
「ああ。昨日の蓮華との模擬戦で、切臣くんのおおよその実力は分かった。だから次は、君が魔族を相手にしても同じように動けるのかどうかが見たい。今日はそのための実戦訓練のような感じだな」
厳志郎からの衝撃的な発言。
それに異を唱えたのはやはり蓮華だった。
「そんな、危険過ぎるよ! いくら魔剣士の力を持ってるって言っても、切臣は昨日まで完全な素人だったんだよ!? なのに……」
「もちろん一人でとは言わないさ。蓮華とうづき、お前たちにも一緒に行ってもらう。切臣くんのアシスタントとしてな」
蓮華とうづきを指差しながら、厳志郎は告げる。
「それでも危なそうなら、ここで待機している私がすぐに突入する。それなら問題はないだろう?」
「まあ、それだったらまだ……」
今一つ釈然としない様子ながらも、蓮華は渋々と頷いた。
厳志郎からのサングラス越しの視線を感じて、切臣もまた表情を引き締めて応じる。
「分かりました。全力を尽くします」
「よろしい。では早速、魔剣士の力を解放してもらおうか。昨日教えた通りにやってくれ」
「はい!」
ゴホン、と軽く咳払いをして、切臣は静かに目を閉じる。
そうして胸元に手を当てて、例の呪文を唱えた。
「━━
それによって封印術式が解放され、切臣の姿もまた、黒い
彼の魔剣士としての姿だ。
「よし、滞りなく魔剣士に転化できているな。我ながらさすがの出来映えだ」
そんな切臣の様子を見て、厳志郎は満足そうに一人ごちる。
だが一方の少年はと言えば、キョロキョロと落ち着きがなさそうに自分の姿を見下ろしていた。
「うーん……やっぱり何かコスプレしてる気分になるなあ。クラスの連中とかにこの格好見られたらちょっと立ち直れないかも知れねえ……」
「それは良いことを聞きました。ではバーストモードで高速連写しておきましょう。後でプリントアウトして校舎中に貼りつけて差し上げます。明日の朝が楽しみですね」
「あ、テメェやめろコラ!」
「じゃあせっかくだから私も何枚か……」
「蓮華!?」
ここぞとばかりにスマホを構えてカシャシャシャシャシャシャ! と切臣の写真を連続撮りするうづきと、それに便乗して控えめにシャッターを切る蓮華。
前者は憎い相手に嫌がらせしてやろうというサディスティックな色が瞳に浮かんでいるのに対して、後者は妙に頬を染めてキラキラした目をしていた。
「ほらほらお前たち。いつまでもじゃれ合ってないで、早く準備を整えて行きなさい。迅速に行動することも魔術師の必須スキルだぞ」
「す、すみません……」
厳志郎にお叱りを受け、ペコリと頭を下げる切臣。
ひとまずうづきは後でとっちめるとして、先にやるべきことをやらねばならない。
仄暗い闇を横たえたトンネルの入り口を、固唾を飲んで見据える。
「行こう」
「うん」
「仕切らないでください」
そうして、蓮華とうづきを連れ立って、闇の奥へと入っていった。
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続きは明日の20時に投稿します。
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