願いと夢物語

彩芽語り・鹿波あずさ視点

第36話

 妖魔が人を喰い殺す中、生みだした存在ものがある。

 それは黄昏時、思い出を探し町を彷徨う亡霊。

 白い髪と赤い目、薄青色の肌。

 その姿は、私が妖魔に飲まれ無くした体を思わせた。

 妖魔が何故、亡霊を生みだしたのか。

 おそらくは、私という負の象徴を世の中から消さないためだ。


 何もない所から探そうとした思い出。

 人が時に秘める歪んだ感情、その象徴として与えられた命。人の欲と蔑みに支配された日々。私という存在を時の流れに記憶づけていく。

 私と同じ者を……生みださないために。


 皮肉なことに、亡霊が見える人間はごく稀なものだった。疑うことや人を傷つけることを知らない者。彼らだけが亡霊を見て、その存在を密やかに語り続けた。


 オモイデサガシ。


 いつの頃からか、亡霊はそう呼ばれだした。

 少しずつ、町に芽吹いていった妖魔とオモイデサガシの存在。


 妖魔の力を引き継ぎ、殺されていった子供達。

 誰もが持たされた力を恐れ、命が奪われるまで自身の運命を呪い続けた。

 泣き叫び、絶望の中次々に殺されていく。その流れを変えたのは蒼真という少年だった。


 私と同じ、閉じ込められ自由を奪われた日々。

 その中で蒼真に語りかけた妖魔。


「哀レナ子供。オ前ハモウスグ死ヌ。殺サレルンダ、一族ノ者達ニ」


 繰り返し告げられるもの。

 蒼真は問いかけた。


「死んだら僕はどうなるの? 僕は……僕のままでいられるの?」


 妖魔は答えなかった。力が導き、蒼真に視えるはずの未来を閉ざして。


「教えてくれないんだ。……別にいいけど」


 呟いた蒼真は体を横たえ眠りについた。

 閉じ込められた部屋。

 昼夜問わず蒼真は眠り、夢を見るのを楽しんでいた。夢が見せる自由な世界で、架空の友達と遊び笑う。

 目を覚ました蒼真の目に時々滲んでいた涙。それが物語るのは、見ていた夢にある満ちたりた世界。

 和瀬悠華と同化した今も、蒼真は時々眠りにつき夢を見続けている。

 夢は蒼真にとって……1番の宝物。


 殺された子供達と明らかに違っていた蒼真。

 妖魔に親しげで、引き継いだ力に興味を持っていた。ひとりきりの部屋の中時々は変えた体の形。妖魔と対話を続ける中知った、自身が持つ異常な食欲の意味。それは……人を喰らうことへの欲望と執着。

 蒼真を見ていく中でわかってきた。

 妖魔と引き継がれた力を受け入れる。そうすることで、強いられた運命に牙を向けるつもりなのだと。


 それが自分が生きていた証。


 蒼真は子供ながらに強い意志を持っていた。



 殺される時ですら、揺るがなかった蒼真の意志。

 向けられた剣。

 蒼真は恐れを見せず一族を見据えていた。


「哀れだね」


 蒼真の声は一族にざわめきを呼んだ。

 死を前に、呪われた子供が何を言うというのか。


「愚かさに気づかないまま生きている。それが1番の呪いだと、どうしてわからないのさ」

「黙れ、化け物がっ‼︎」


 ざわめきの中、蒼真を貫いた剣。



 力が封じられる間際、妖魔は蒼真の意識を自身の中に封じ込めた。

 妖魔を恐れ、運命を呪った子供達の中。

 妖魔を受け入れ、わかろうとしたひとりだけの少年。蒼真を失うことを……妖魔は恐れた。



 共ニ生キル。

 共ニ自由ヲ。



 長い時の流れの中、蒼真と共に妖魔は願い続けた。



 自由を。



 願いが作りだした幻。


 力が封じられる中、ただ……信じ続けた。



 巡る季節の中、貫かれた痛みの中で。



 いつかは現れる。

 幻を見る者が……きっと。





 カナタの気配を感じながら私は夢を見続けている。



 未来を。

 自由を。



 ねぇ、カナタ。

 いつかは会えるよね。

 綺麗な世界の中で。



 私達は自由の中を……生きるんだよ。











 闇の中に浮かぶ少女の残像。

 真っ白な髪と閉ざされた目。


「……彩芽」


 私の声に少女の体が揺れる。

 開かれた目の、鮮やかな赤色。

 可憐な唇に微かな笑みが浮かんだ。


「私を包んだ闇……あなたが?」


 彩芽はうなづいた。

 私を包む温もりは、彩芽とカナタの心。


「怖がらせてごめんなさい。あなたを導きたかったの、蒼真より先に……私が」


 導くって、何処に?


「あの、私は」

「目を覚ませばわかるわ。蒼真が選んだ、彼の復讐の場所」


 復讐の……場所?


「私とカナタの未来。蒼真が……導いてくれる」


 闇の中に溶け消えた彩芽の残像。

 粉々になっていく闇の中、眩しい光が私を照らす。


 澄み渡る青の空と陽の光。

 私が横たわるのは雑草の中。


「まさか、ここは」


 彼の……家の跡地。

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