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***


 世の中にはとんだ不届き者もいたものだ。ジャクロにとっては好都合だったが。

 すっかり日課となった車輪通りの金属ゴミ拾い。その最中だった。

 マスターの店のほど近くに、壊れた自転車が打ち捨てられていたのだ。

 持ち主はよっぽどひどい転び方をしたのだろう、左のハンドルとペダルがぐんにゃりと曲がっていて、もう使い物になりそうもない。周囲に持ち主らしき人は見当たらないし、事故の検分をしている警察官もいない。

 これはきっと、ゴミに違いない。

 自転車はゴム製のタイヤや革張りのサドルを除けば、ほとんど金属でできた代物だ。ジャクロはスクラップの自転車を起こし、ふらつきながらもマスターのお店の手前まで運んできた。

 ちっぽけなネジですらクッキー一枚になるのだ、こんな大きな自転車だったら、いったい何と交換してもらえるのだろう?

 マスターのお店からは、前のお客さんが出てくるところだった。

「おや、君もアデリーズさんのお客さんかい?」

 お店から出てきたのは、腰の曲がった丸眼鏡のおじいさんだった。

 アデリーズさん、それがマスターの名前なのか。

「そうです」

 いつもより大きな品物を調達してきたジャクロ少年は、胸を張って答えた。

「今日はこれを引き取ってもらうんです」

「『これ』って? ……まさか、このめちゃくちゃに壊れた自転車かい?」

 おじいさんが眼鏡と同じくらい目をまん丸くした。

「そうです。だってこのお店は、お金の代わりに金属製品でお茶やお菓子を売ってくれるお店でしょう? ネジ一つでクッキー一枚と交換です」

 おじいさんはぱちくりと瞳をまたたかせ、その後で眉を目一杯下げて笑った。これはいわゆる苦笑いというやつだ。

「やれやれ、アデリーズさんも人がいいねえ。君、悪いことは言わないから、その自転車を元の場所に戻してきなさい」

「どうして? だってそこの看板に……」

 お代は金属製品で、と書いてあるはず。ジャクロはそう思い込んでいた。

「坊や、あそこに書いてある言葉が分からないんだね。まあ無理もない、子どもには少し難しい言葉だからね。いいかい、看板に書いてあるのはね……」

 おじいさんはあくまでも親切で、無学なジャクロをあざ笑いはしなかった。

 けれどもおじいさんの丁寧な説明を聞くうちに、だんだんジャクロの身体から血の気が引いてきた。

「だから、そんなガラクタをアデリーズさんに押しつけてはいけないよ。ご迷惑になってしまうからね」

 それじゃ、とおじいさんは立ち去っていった。

 ジャクロはしばし呆然と立ち尽くしていた。

「いらっしゃいませ。お客様。どうぞ中へ……」

 いつもと変わりのない、紳士的だが平坦なロボットの声がした。ジャクロはびくっと身を震わせた。ガシャンと音を立てて自転車が倒れた。

「どうなさいました、お客――」

 ジャクロは店に背を向けて走り出した。マスターに合わせる顔がなくて、逃げ出したのだ。

 頭の中は真っ白だった。無我夢中で走って家に帰り着き、いつものように一時帰宅中の母さんと目が合うまで、ジャクロは自分が泣いていることにすら気づいていなかった。

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