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 ジャクロはとても聞き分けのいい少年だった。

 マスターのカフェに行くのは、道ばたの金属ゴミを見つけたときだけ。車輪通りには、しょっちゅうブリキロボットから取れてしまったネジや、ポイ捨てされた缶詰の空き缶が転がっているのだ。

 それらをマスターの店に持って行けば、素敵なおやつに交換してもらえる。ネジならクッキー一枚、空き缶なら紅茶とクッキー三枚か、クッキー四枚だ。そういうときジャクロは必ずクッキー四枚を選び、二枚食べて残りの二枚を母さんのために持ち帰るのだった。

 おやつもおいしいけれど、ジャクロにとっていちばん嬉しいのは、マスターに会えることだ。

 ジャクロはマスターがロボットを介して話すときの、何とも言えない間が好きだった。ロボットが発声するには車椅子の文字盤に入力する必要があり、それを打鍵する時間の分だけ、ほかの大人たちが話すよりもゆったりした話し方になった。そのおかげで、無表情なロボットの声からでも、ジャクロはマスターの温かい人柄を感じることができたのだ。

 マスターはロボットや機械の仕組みをいろいろと教えてくれた。マスターは若い頃、ディターニアにある機械整備士の養成学校に通っていたそうだ。

 仮面に隠れていないほうの顔を見ると、マスターはおそらくジャクロの父さんと同じくらいの年頃だろう。

 思えば父さんも機械には詳しかった。陸軍では銃火器を取り扱うし、戦車や蒸気自動車にも乗るからだ。

 ジャクロはマスターと話していると、父さんと話しているような気がした。

「ねえマスター、このロボットはどうやって声を出しているの?」

 マスターは少し考えて、文字盤を叩く。

「このロボットには、文字ごとに対応する発音が録音されています。だから私が文字を打つと、ロボットはその通りに発音するのです。触ってみますか? お客様」

「でも僕、文字なんて知らないよ」

「大丈夫、私がお教えいたします」

 マスターがジャクロを見つめて微笑んでくれた。

 こ、ん、に、ち、は。

 あ、り、が、と、う。

 さ、よ、う、な、ら。

 ジャクロはマスターに教えられた通りに文字盤を打ってみた。ジャクロが入力した通りにロボットが喋るのは、まるでマスターを操って喋らせているみたいで面白かった。

 マスターに紙と鉛筆を借りて、今日覚えた言葉を何度も書き写す。

 こ、ん、に、ち、は。

 あ、り、が、と、う。

 さ、よ、う、な、ら。

 嬉しさのあまり鼻歌が出る。もちろんお気に入りのあの歌だ。

「古い歌をよくご存知ですね。お客様は、その歌がお好きなのですか?」

 珍しく、マスターから質問された。

「うん。この歌が街に流れてると、気分がうきうきするんだ」

「そうですか。それはよかった」

 マスターの微笑は、いつでも優しかった。

 ジャクロは家に帰った後も、ベッドに寝っ転がって持ち帰った紙をずっと眺めていた。

「ただいま。……何を見てるの、ジャクロ?」

「マスターにちょっとだけ読み書きを教えてもらったんだ! すごいでしょ!」

 青果市場から戻ってきた母さんに、ジャクロは興奮気味に話す。

「僕、もっといっぱい文字を覚えて、自由に読み書きできるようになりたいなって思ったよ! そしたら、マスターみたいに機械整備士の学校にも行けるかも!」

「そうね。行けるかもしれないわね」

 話すことに夢中で、母さんが少し悲しそうな顔をしていることに気づかなかった。

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