第28話

夢を見た。

悪夢だ。


あの日の悪夢。


世界に一人ぼっちで取り残されて、泣くことしか出来なかった。


そんなあの日の夢を見た。


時々見るのだ。


夢の中で彼は、いつも泣いていた。


末の弟の亡骸を抱いて、泣いていた。


***


「ウカノさん?ウカノさんっ!!」


その声で、ウカノは目を覚ました。

自分を覗き込むライドと目が合う。


「ずいぶん、魘されてましたねぇ。大丈夫ですか?

って、うわ、汗凄っ!

熱あるじゃないですか!!」


ライドがウカノの額に手をやって、そんな反応をする。

ウカノは、


「あー、だる」


なんて呟いて、体を起こす。

時計を確認する。

とっくに夕食の時間を過ぎていた。


「悪い、寝てた。

すぐ飯作る」


「ちょっと、何言ってんすか!!

寝てて下さい!」


「平気平気。

これくらいじゃ、兄ちゃんは倒れませんよ。

お前も知ってるだろ、クレイ」


「……え?」


「あー、食材なにがあったっけ??

おい!!フェイとカイ、夕飯作るぞ。

小屋から芋持ってこい。

おんぶ紐どこだ??

シン、ちょっと待ってろー。いまおんぶしてやるからな。

兄ちゃんと一緒にご飯の支度しようなー」


「ちょちょちょ、ウカノさん!?」


フラフラと歩き出すウカノの腕を引っ張る。

明らかに言動がおかしい。


「ん?」


ウカノがライドを見た。


「ダメですって、寝てください!!

おかしいですよ!!」


「……あ、ライド??

え、あ、そっか」


ウカノが今度こそライドを認識する。


「悪い、寝ぼけてた」


「いえ、それより汗がひどいですよ。

熱も。

ほら、寝ててください。

タオルと水持ってきますから!!」


「いいよ、それくらいできる」


「今にも倒れそうなのに、何言ってるんスか!!」


「大丈夫、意識があるってことは倒れてないってことだろ。

倒れたらこうして話せてないし」


「あー、もう!!

御託はいいから、寝てろや!!」


さすがに、ライドが声を荒らげた。

全然大丈夫に見えなかったからだ。

大量の汗もだが、肩で息をしている。

見るからに苦しそうだ。

なんとかウカノをベッドに押し戻し、座らせる。

それから、


「いいですか?!

絶対に、部屋から出ないでくださいよ?!」


そう言って、ライドはバタバタと部屋を出ていった。

その直後のことだ。

部屋に置いてある小さなテーブルの上に、紙袋があることに気づいた。

中を見ると、大愚が送ってくれたのだろう錠剤と塗り薬が入っていた。

服用の際の注意事項が書かれたメモも入っている。

なにか胃に入れてからではないと、飲めないらしい。


「あ、そうだ」


傷部分の皮膚を送ってくれと頼まれていたことを思い出す。

ウカノはズボンの裾をたくし上げ、包帯をとる。

それから、魔法袋からナイフを取り出して火魔法を使って刃の部分を炙った。

それから、水膨れになり破けたらしいところの皮膚を慎重に切り取って、転移魔法を展開する。

そうして皮膚を送ると、今度は頭がガンガンしてきた。


「思ったより、熱出たな」


鬱陶しそうに呟く。

やがて、バタバタとライドがタオルと飲水、そして体を拭くためのお湯を張った桶を持って戻ってきた。


「着替えはどこですか?」


「そこのタンス。一番上」


「これですね」


ウカノは汗を拭きながら、答える。

そして、ライドに着替えを取ってもらってこれに着替えた。

水を飲む。


「それにしても、熱だなんて。

学園で水遊びでもしたんですか??」


「違う違う」


ウカノは言いながら、包帯を巻き直した足を見せた。


「え、それ、怪我?!

ウカノさんが??」


「俺だって怪我くらいするぞ」


「それもそうっすけど」


「授業で色々あったんだよ。

そんで、火傷した。

この熱はそれが原因」


わざわざ詳しく言う必要も無いので、ウカノはそう説明するだけに留めておいた。


「薬、塗りますか?」


おずおずと、ライドが言ってくる。


「さっきやった」


ウカノは淡々と返して、もう一口水を飲んだ。


「ありがとう、助かった」


「いいえ、それほどでも」


ライドはまたウカノが動き出さないか、ハラハラと見ている。

それがわかったので、ウカノはこんなことを頼んだ。


「ついでに頼んでもいいか?

薬を飲まなきゃなんだけど、なにか食べてからじゃないと飲めないんだ。

戸棚にパンがあったはずだから、パン粥作ってきてくれ。

無けりゃ、適当にスープを頼む」


「え、あ、はい!!」


ウカノに頼み事をされたのが嬉しかったのか、ライドはまたすぐに部屋を出ていった。

ウカノは、ベッドに寝そべった。

やがて、ライドが戻ってきた。

その手には、湯気の上がるパン粥が注がれた皿が乗った盆。

それをライドはウカノに手渡す。


「おー、ありがと。

美味そうだな」


「美味いっすよ。

これでも料理は好きですから」


エッヘン、とライドは得意げだ。

ウカノはそんなライドの頭へ手を伸ばすと、


「いい子だなぁ」


なんて言って撫でた。


「ちょっと!子供扱いしないでくださいよ!?」


「あ、悪い。

つい弟たちのこと思い出してさ」


「あー、クレイさん?

それとも、フェイさん?カイさん??

シンさんっすか??

寝ぼけて言ってたっす」


ウカノが寝起きに口走った名前を、ライドは口にした。


「そ、弟の名前」


「兄弟多いんですねぇ」


「まぁ、十男四女の一番上だから俺」


「……へ?

十四人兄弟?!」


「色々あって、家出てきたんだ。

今はその関係で、実家とは絶縁になっちゃったけどな」


ウカノは言いながら、パン粥を食べた。


「えっと、それ俺が聞いていいんですかね?」


「別に隠してるわけじゃないし」


ウカノはなんてことない風に言ったつもりだった。

でも、その顔はどこか寂しそうで。


「…………」


ライドはなにか言おうとしたが、結局なにも言えなかった。

ウカノがパン粥を食べ終わるのを待って、その食器を下げる。

その際、ウカノはまた礼を言った。


「ありがとう、美味かった。

それに本当、助かった」


「いいえ、気にしないでください。

それじゃ、寝てください。

なんかあったら呼んでくださいね」


なんて言って、ライドは部屋を出て行く。

キッチンに向かいながら、


「あ、鍵かけるように言うの忘れてた」


そう呟いた。

ウカノは家の玄関にも、そして自室にも鍵をかけない。

実家にはそもそも自室がなかったし、ウカノが育った田舎では昼間、家に鍵をかけないのが普通だったからだ。

しかし、防犯上よろしくない。

今回はそれが幸いした。

しかし、やはりその辺は言っておいたほうがいいな、とライドは思うのだった。

ウカノは、変なところで世間知らずだからだ。


(ウカノさんが回復したら言っておこう)

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