第27話

家に入る。

ライドは今日、冒険者ギルドのクエストを受けると言っていたので、当然だが家にいなかった。


「歩きにくい」


普通に痛くて、歩きにくい。

毒を吐きつつ、自室に向かう。

ベッドに腰をおろして、エステル達に連絡をとる。

だんだん、爛れた箇所が熱を帯びてきた。

鎮痛剤を飲んでみたものの、効いてくる気配は無かった。


『おっすおっすー。

定時連絡にはちと早くねーか??』


なんて言いつつ、現れたのは茶髪の髪を金糸の刺繍が入ったリボンで束ねている人間だった。

歳の頃は、ウカノと同い年か少し上くらい。

中性的な顔立ちの人間だ。

どちらかというと可愛いとか、美人の部類に入る顔立ちである。


「あ、今日は馬じゃない」


ウカノはついそう口にした。

そうこの人間こそ、頭が馬で体は人間の中身だったりする。

皆からは【大愚】と呼ばれている人物である。


『お前、俺がいつも馬のふりしてると思ってんのか?

まぁ、いいや。

なんかあったんだろ??』


促され、ウカノは今日起きたことを報告した。


『ほほぅ?

仕掛けてきたってことか。

ん??

ちょっと待て、お前いま怪我したって言ったか?』


「えぇ、火傷みたいに爛れてて。

めちゃくちゃ痛いです」


途端に、大愚の顔が険しくなる。


『おかしい』


「はい?」


『いいか?

お前はその世界では、絶対怪我をしないはずなんだ。

俺たちと出会った時も、お前、毒で死んでなかっただろ?

そんなお前が怪我してる。

おかしい。

未来ならともかく、そこは過去だ。

どういうことだ??』


大愚は口に手を当てて、ブツブツと考えを呟いている。


『情報が漏れてる?

いや、そもそも今回の件は……』


「?」


『……とりあえず、ウカノ。

その爛れた部分の皮膚送ってもらっていいか?

調べる』


「あ、はい」


『と、その前に今の怪我の状態はどんなだ??』


「そうですねぇ。

まだ、普通に痛いです。

それと、これたぶん、あとで熱でるやつです。

子供の頃、何回か火遊びしてやらかした時のやつに痛みというか、感覚が似てるんで」


『そうか。

鎮痛剤はあるんだよな?』


「えぇ。

あ、傷見ます??」


『そうだな、確認する』


ウカノは包帯を取った。

そこには、まだ爛れて少しぐちょぐちょになった傷があった。


『うわぁ、やられたなぁ。

痛かったろ』


「やられましたねぇ。

……めちゃくちゃ痛いです」


普通に、と言おうとして、でも出てきたのは【めちゃくちゃ痛い】という言葉で、ウカノは少し戸惑ってしまった。


(こんな怪我、子供の頃は日常茶飯事だったんだけどなぁ)


痛いと口にすると、親から睨まれたり怒鳴られたりしたのでいつしか口にしなくなっていた。

そういえば、本当に久しぶりに【痛い】と口にした気がする。

なんなら、自分のことは自分でするようにと厳しく言われていたので、自分で傷を縫ったことだってある。

だからウカノの体はあちこち引き攣ったりした傷跡が多かったりする。

お陰で弟たちが怪我をすると、その処置をウカノがしていた。


『確認だが、回復薬や治癒魔法が全く効果ないってわけじゃないんだよな?』


「はい。

保健室で処置を受けた時より、少しマシになってます」


『なるほど。

念の為、こっちの薬をいくつか送っとく。

保険医からもらった奴が効きにくいようなら、そっち使え』


「了解しました」


『あとは、あ、そうだ。

トオル呼んでくるから待ってろ』


大愚はそう言ったかと思うと、画面からきえた。

しかし、一分も経たないうちにまた現れた。

今度はトオルも一緒である。

トオルに今後のことを視てもらう。


『あー、その。

次は学園内で騒動があります。

また七日後です。

でも、』


トオルの言葉は途中で遮られた。

なぜなら、


『ナローシュさん、いたぁ!!

って、あ!

なんかすごく痛そうな怪我した人がいるッス!!』


どことなくライドに似た口調で喋る少女が登場したからだ。

艶やかな黒髪に一対の角が生えた、血のように赤い瞳をした少女だ。

それも美少女である。


『メイ、今トオルはお話してるから、ちょっと、あっちであそんでよっか』


大愚がたしなめた。

メイ、というのが少女の名前のようだ。

ナローシュ、というのはトオルのあだ名なのだろう。

メイは大愚の言葉に従った。


『了解ッス!』


メイの姿が画面から消える。

気を取り直して、トオルが言葉を続けた。


『すみません。

ええと、一応またなにかあるのは七日後のはずです。

でも、複数の未来が見えるので七日後までの行動次第でもしかしたら起こることが変わるのかもしれません。

あと、』


トオルは少し言いにくそうに、言葉を一瞬切った。


「?」


『どの未来を迎えても、最終的にウカノさんが大怪我してるように見えます』


その言葉に、大愚は真剣な表情でトオルに訊ねる。


『大怪我、ねぇ?

どんな??』


トオルが答える。


『腹に穴が空いてたり、腕、もしくは足が吹っ飛ばされてたり、かと思ったら頭を強く打ち付けて寝たきりになってたり』


「うわぁ」


未来の自分の姿を言われ、さすがにウカノもドン引きしてしまう。

大愚は考えつつ、口を開いた。


『ふむ、じゃあ防具がいるな。

あと、万が一のためにも万能薬用意しとくか』


「よろしくお願いします」


そこで通信を終わろうとする。

しかし、さらに大愚が言ってきた。


『あ、そうだ。

襲ってきたクリーチャー、その死体の一部を手に入れられるか?

出来たらでいい』


「え?」


『念の為に調べたい』


「んー、やってみないとわかんないです。

手に入れられたら連絡します」


そして、通信を終える。

それからウカノは包帯を巻き直した。

ベッドに横になる。

すると、眠気がおそってきた。

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