第3話 プロローグ後編

そこからまた、言われるがまま用意された服に着替え、別の部屋に案内された。

身体検査が行われ、結果がすぐに出た。

この時、いろいろ予防注射とかもされた。


「あー、やっぱりそうだ。

お前、神様の血引いてるわ。

俺たちの世界だと天使――神族とか本来の魔族とか、そっちの血が入ってる」


結果がプリントされた綺麗な紙に視線を落としつつ、ピンクが言った。

見てみるか、と言われ紙を受け取った。


「他の世界のやつでも読めるようになってるはずだ」


しかし、ウカノには文字が読めなかった。

ウカノがいた世界でも義務教育が普及しつつあったが、父親と祖父母の無理解により学校よりも、畑仕事をしろと言われていたからだ。

これは、他の兄弟姉妹も同じだった。

そのことを説明すると、ピンクは、


「じゃぁ、覚えなきゃだなぁ」


なんて言った。

あまりにも、簡単すぎるほど簡単に言ってのける。


「どうした??」


「バカは何してもダメだから」


滑らかに、その言葉はウカノから滑りでた。


「きっと何しても無駄に終わりますよ」


それは、何度も向けられてきた言葉だ。

父親から。

祖父母から。

同じ部落の人間から。

街からきた、赤の他人から。

言葉はちくちくと、それでも確実にウカノの中から何かを削り取っていった。


「んー、どうだろうなぁ」


ピンクは、どこか楽しそうに言い返してきた。


「俺たちは、これでも子育て経験は豊富なんだぞ?」


「はぁ」


「色んな子がいた。

でも、何をしても無駄になった子はいなかったし、1人としてバカもいなかった。

あえて言うなら、得手不得手、向き不向きがあっただけだ。

お前の言うところのバカはいなかった」


「……お子さんは今何歳なんですか?」


「んー、一番上の子はお前と同い年だ。

んで、俺たちにとって記念すべき初の卒業生でもある」


「何人お子さんを作ったんですか」


農民でない限り、せいぜい五人くらいだろうとウカノは予想した。


「んー、俺が産んだのはゼロだな」


「捨て子ですか」


「それでも、俺たちの子供だ」


「で、いったい何人いるんですか?」


「たくさん。

まさに八百万やおよろずってやつだ。

でも、今はお前のことだ。

話を戻そう。

お前には、滅んだ世界を救ってもらう。

今、そのプロジェクトが進行中なんだ。

そうだな、さしずめ【救世主ヒーロープロジェクト】ってところか」


そこで、さらに楽しそうにピンクは笑みを深める。

そして、続けた。

どこか芝居かかった調子で、続けた。


「お前、家族を取り戻したいだろ?」


ウカノはピンクを見る。

ピンクは続ける。


「以前の日常を取り戻したいだろ?」


ピンクが手を差し出してくる。


「この手を取れ、少年。

そしたら、お前は、お前の家族も、今までの日常も全て取り戻せる」


その何もかもが芝居がかっていた。

しかし、生憎ウカノは生まれてから部落を出たことはなく。

時折外から齎される僅かな、そう本当に微々たる知識くらいしか持ち合わせていなかった。

だから、ピンクのそれまでの言動が、ただただ胡散臭く感じてしまった。

なにしろ、芝居すら見たことがなかったのだから、仕方ない。


ウカノはピンクの手を見る。

差し出された、その手を見る。

その手へ、ウカノは自分の手を差し出そうとする。

あのキラキラと輝いているように見えた手へ、自分の手を伸ばす。

そんなウカノへ、


「さぁ、世界を救おうじゃないか、少年♡」


ダメ押しとばかりにピンクが言った。


壊れた世界を救う。

滅んだ世界を救う。


「違う」


ウカノはけれど、それを否定する。

救うのは。

救いたいのは。


「俺が取り戻したいのは――」


続いた言葉に、ピンクは頷く。

そして、始まった。

こうして、始まったのだ。

世界を救って。

壊れた世界を取り戻す、旅が始まった。

何もかもを取り戻す。

ウカノ・サートゥルヌスの、永い永い旅が始まった。

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