第4話 行き倒れ1

 道なき道を進む。

 途中川があっても、馬が泳いでくれた。

 実に賢い馬だ。これが訓練された馬……、軍馬なんだろうな。

 ここで、私の〈索敵〉に反応があった。


「む……? 人が倒れている?」


 10キロメートル先に誰かが倒れている。こんな野山でだ。

 私は、馬を駆った。



「良かった、まだ息はある……。だが、この姿は……」


 人ではなかった。妖怪の類だと思う。

 特徴的なのは、耳だ。長く尖っている。

 私は、妖怪であろうと差別などしない。白鶴という親友もいたのだ。


 私は、妖怪を担いで木陰に移動した。

 水を飲ませると、飲んでくれた。

 だが、まだ意識は戻らない。水は、反射で飲み込んだみたいだ。

 そして……、出血が見られた。怪我していそうだな。


「雌型だが……、治療なのだ。服を脱がせよう」


 このまま放置すると、最悪死亡するだろう。

 いや、腕の一本くらいは失うかもしれない。

 私は、服を脱がして治療を開始した。



「……これで応急処置は終わりだ。しかし、毒に侵されており、呪いも受けている。よくこんな状態で生きていられたものだ」


 私は、呪符を取り出した。


「ふん!」


 術を発動させて、毒と呪いを写し取る。術の〈空蝉〉だな。

 〈空蝉〉の術は、どんな状態異常だろうと、身代わりになってくれる、便利な術だ。

 これで、大丈夫だろう。

 後は、傷が塞がって栄養をとれれば、この妖怪は動けるようになるはずだ。

 術の〈回復〉を行ってもいいが、元気になり過ぎる恐れがある。

 それに、私より強い場合は、抑えきれない。悪い妖怪であった場合は、命取りだ。

 ここは、慎重に行く事にした。





 暗くなったので、焚火を起こし、野営の準備を始める。

 それと水だな。5キロメートルを往復して、川の水を汲んで来た。

 そして思った。


「この妖怪を、川まで運んだ方が早かったか?」


 私もまだまだだ。頭が回っていない。


「……誰?」


 思案していると、妖怪が目覚めたようだ。


「気が付いたか。とりあえず、食べろ。話はそれからだ」


 私は、干し肉と飲み水を差し出した。

 目の前の妖怪は、一瞬躊躇ったが、食料を受け取り食べ始めた。

 落ち着いたと思われるので、話を聞くことにした。





「異世界召喚者? 並行世界から来た? えるふ族?」


「そう、異世界転移ね。わたしは、別な世界から来たの……。理由は分からないんだけど、異世界ということだけは確かね。物質の構成が違うから確定よ」


「ふむ……。妖怪だと思ったが、それ以上だったのだな」


「誰が、妖怪よ!」


 彼女の名は、シルフィーだそうだ。

 その後、シルフィーによる抗議が続いたが、私はスルーした。

 考える。仙人界でも聞いたことがなかったからだ。

 とりあえず、追加の食料を差し出すと、シルフィーは文句を言いながら食べている。食べるか喋るか、どちらかにしろ。


「それで、これからどうする? 行く当てはあるのか?」


「……」


「元の世界に帰る、とかでもいいぞ?」


「……異世界モノを知らないのね。帰るのは、とても難しいことなのよ? 時間と空間を合わせないといけないから」


 シルフィーは疲れたらしく、黙ってしまった。

 行く当てのない旅なのか。

 私と同じだな。


「私は、南の国に向かう。ついて来るか?」


「……人の街は嫌い。わたしを見ると攻撃を仕掛けてくるんだもの」


「この国の周辺は、黒目黒髪が大半を占める。その、金髪と緑の瞳は目立つからな」


「耳のことを言っているんだけど!?」


 ふむ……。

 耳か……。

 私は、呪符を取り出した。

 それを、シルフィーに渡す。


「なに、これ……。魔力を感じる?」


「〈変化〉の術を刻んである。噛んで、唾液を含ませてみろ。望む姿になれるぞ」


 驚愕の表情を浮かべる、シルフィー。

 少し躊躇ったが、呪符を噛んだことにより、術が発動する。


「ふむ。黒目黒髪。そして、長くない耳になったな」


 鏡を取り出して、顔を確認させる。


「凄い……。こんな魔法があるなんて……」


 仙人・道士の中には、強さを求めて、顔が3つと腕8本に改造する、マッドサイエンティストもいる。そんなマッド対策として、こんな術も開発されていた。

 そんな姿にされて、日常生活をどうやって送れというのか……。

 それと、翼を生やし化物の姿にされた者もいたな~。こう考えると、崑崙山は危ない思考の持ち主が多かった気がしないでもない。

 私には……、少しだけ理解できるかもしれない世界だったので、指摘はしなかったが。


『強さを求めるのなら、ありだよな……』


 目の前を見る。話を続けよう。


「妖怪なら。まず妖孽ようげつを覚えろ。それから人里に下りるんだな。基本だぞ? 数百年修行すれば覚えられるはずだ。まあ、私は、50年しか修行していないのだがな」


 人の姿に擬態するのが、妖孽ようげつの術だ。


「ちょっと! わたしは妖怪じゃないから。エルフだからね! それと、あんた何歳なの?」


 えるふ?

 妖怪の種族か?

 私の知らない妖怪の種類がいるのか。

 異世界……。奥が深いかもしれない。


「私か……。ちょうど七十二歳になる」


「はあ? どう見ても二十代じゃない?」


 突っ込みが激しいな。

 仙人界で肉体の老化を止めて貰っただけなのだが。

 異世界転移者というのは、そんなのも知らないのか。技術の遅れた世界から来たのかもしれないな。





 シルフィー……エルフ族の娘。容姿端麗だけど、癇癪持ち。ツンデレ。

 妖孽ようげつ……本来は、妖精が人間の姿に化ける術。

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