Chapter.11 共有


『その傷はどうした?』


富田先生は保健室の長椅子に腰掛け言った。保健医の葉梨先生も入室制限の札をかけ私の横に腰掛け私の背中をさすってくれた。


『…。』


沈黙を貫く私に富田先生が重い口を開く。


『じゃあ、そうか、そうじゃないかだけ答えてくれたらいい。それは、自分で切った傷なのか?』


私はゆっくり頷いた。先生は悲壮な顔をしそっと目を閉じた。


『じゃあとりあえずその傷を葉梨先生に処置してもらおうな。それは俺も見ていて大丈夫か?』


『うん。』


覚悟を決め私はジャージを脱ぎ左腕を差し出した。表も裏も傷で埋め尽くされた私の腕を見て葉梨先生が涙ぐむのを感じた。富田先生もため息を吐き目に手を覆って肩を震わせ俯いてしまった。


『これ、ここの傷とか…ここもかな、縫合って言って病院に行って縫ってもらった方がといいんだけどお母さんはこのこと知ってる?』


と涙ぐむ声で傷口を圧迫し出血を止めてくれながら問う。


『ううん。知らない。』


『そっか、これはお母さんには話しても大丈夫なのかな?』


『…それは無理だと思う。』


脱脂綿に消毒液をつけ少し沁みるよ、と他の傷口を優しくトントンと叩く。


『原因は、母ちゃんか?』


俯いていた富田先生が真っ直ぐに私の目を見て聞いた。

あまりに 急に核心を突かれてしまいなんて返したらいいのかなんて考えている内に視界が涙で滲んだ。その涙で富田先生も確信を得た様だった。


幾度も学校に酩酊状態で電話をしてくる母を見て富田先生はおかしいと危険視していた事を私に告げた。そして続けて自身は教師になってもう30年近いと言う話をされた。


『だからな、彩花みたいに悩みを抱えていた生徒を五万と見てきたよ、少なくない。お前だけじゃない。だからゆっくりでいいんだ、安心して今話してほしい。何があったのか。俺はお前をここから救い出したい、それだけなんだ。』



人前であんなに泣いたのは初めてだったかもしれない。母のそれも今に始まった事じゃないし皆きっと異変には気付いていたはずだけど出会った大人達には目を背けられてしまった。それがまた私を孤立させた。これはこの家で産まれてきてしまった私1人で背負わなくてはいけない十字架なんだと。とても怖かった。


でも全てを打ち明けることも同じ位に本当に怖かった。自分の過去も自分の気持ちも人に話した事なんて一度もなかったからだ。口にすれば認めた事と同じになってしまう。それがまた怖かった。この場に及んでもなおどこか私の思い過ごしであって欲しい、だとか異常だって認めないで欲しいという気持ちが強かった。そしてまた私に関わったらこの人達どうなっちゃうんだろうと不安だった。


だけど富田先生の表情が次第に真剣になっていくのを見てやっぱり普通じゃないんだなと悟った。そして大体の話が終わった頃に給食の時間になってクラスメートには適当な理由つけとくから今日は保健室で給食を食べ少し眠る様に言われた。給食を少し食べ奥のベットを貸してもらった。


外から思い思いに昼休みを過ごす生徒達の声が聞こえる。

私もあんな風に心から笑いたい。幸せってなんなのか、いや幸せなんかじゃなくたっていい、“普通”ってどんなものなのか知りたい。触れたい。


知ることができるんだろうか。

私、どうなっちゃうんだろうか。


泣き腫れて開かない目をそっと閉じ気付けば眠りについた。




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