どっきり

連喜

第1話 事の起こり

 俺が子どもの頃の話。親戚の夫婦で最近養女をもらったという人がいた。もう四十年も前のことだが、その子はいわゆる捨て子で、施設で育った人だったそうだ。その親戚は恵まれない子どもを引き取って、何か世の中のためになることをしたかったのだと思う。しかし、他の親戚たちからは「どこの誰かもわからない子どもを育てるのは危ないんじゃないか」「後から実の親が出て来て子供を返せと言われたらどうするんだ」と非難されたそうだ。うちの親も「不良だったらどうするんだろうね」と陰で言っていた。


 昔はドラマの「不良少女とよばれて」や「積み木くずし」がブームになっていたが、子どもが非行に走って家庭が崩壊していくという負のイメージが、社会に強く植え付けられていた。今も不良はいるだろうけど、不良少女はギャルなんてかわいいものじゃなくて、もっとシリアスで重たかったと思う。俺も子どもながら他人の家がトラブルに遭いそうなのを密かに楽しみにしていたものだ。


 というのも、その子を引き取った時はすでに小学校高学年で、難しい年齢だったからだ。わざわざ引き取ってやったのに親戚たちに全然なつかなかったらしい。かわいげのない子を引き取ってしまったと、親戚のおばさんは後悔していた。なぜこんな裏話を知っているかと言うと、おばさんが俺の母と親しく、よく電話で話していてたからだ。名前は覚えてないけど、その子は学校の成績が悪くて、字も満足に読めず、運動もダメ。生活態度もだらしなくて、行儀が悪く、女の子なのに胡坐をかいているとか散々だった。そんな話を聞いて、俺は会ったこともないその子を見下すようになっていた。


 その子は同じ県内の別の市に住んでいたけど、法事などで顔を合わせたことが何度かあった。結局、計三回会っただけだったと思う。俺より一学年下の女の子で、見た目は普通かそれより下回るくらいだった。おかっぱ頭なのだが、肌が粉っぽくて、髪もバサバサしていて不潔な感じがした。顔だちは貧相で、まったく笑わない子だった。


 そして、なぜかほとんど口を利かなかった。知能が低いわけではなさそうだが、とにかく大人しくて、子ども同士で遊んでいても何も喋らないのでつまらなかった。しかし、一緒に遊ばないと親に怒られるから一応輪に入れはするのだが、誰も話しかけないような感じだった。俺は何となく苦手でほとんど喋ったことはなかった。


 いつも、養母の後ろに隠れていて、どこにいるかも気が付かないような、幽霊みたいな感じの子だった。あんな風だったら、学校でも友達がいないだろうという気がした。俺の従妹たちは馬鹿にして悪口を言ったり、虐めたりしていたと思う。俺の実家は広かったから親戚が集まる時は、ほぼうちに来ていた。俺にとっては楽だったのだが。


 その子が、小学校六年の時に行方不明になった。原因はわからなかった。家出をしたのか、誘拐されたのかは不明たが、自宅にあった貴金属や現金がなくなったので、金目の物を取って家出したんだろうと言われていた。


 養親である親戚は、あんな子を引き取ったせいでこんな目に遭ったと激しく後悔していた。「恩を仇で返しやがって」とおじさんは怒っていたし、おばさんも「どうしようもない不良だった」と罵っていた。その子は結局見つからず、貴金属も戻って来なかった。俺はこの話を聞いて、その親戚が殺害して、庭に埋めたのではないかと思っていた。多分、おじさんがロリコンで悪戯のために女の子を殺したか、おばさんがイライラして殺したのではと推理した。それを親に言ったら笑っていた。普通は怒られそうなものだが、うちの母は面白がっていたようだった。


 行方不明になった時は、その子に最後に会ってから半年くらい経っていたのだが、家出するような子には見えなかった。少なくともヤンキーではなかった。その点はちょっと引っかかったが、その子のことはすぐに忘れてしまった。


 おじさんたちは警察に被害届を出し、捜索願も出したそうだが、結局、その子は見つからなかった。やがて死亡届を出して、その子の存在はあっさりとこの世から葬り去られてしまった。もちろん墓も何もない。記憶から完全に消されていたのである。


 ****


 話は変わるが、先日テレビを見ていたら、知らない女優さんがインタビューを受けていた。特にタイプじゃないがきれいな人だった。顔的には北川景子のような正統派美人だった。

『女優になったきっかけは何だったんですか?』

『きっかけは、不純なんですけど、有名になったら昔好きだった人に見てもらえるかな~って思ったのが最初でした。もともとは芸能界なんて全然考えてもいなかったんですけど・・・』

『もしかしたら、そのお相手がこのインタビューを見てるかもしれませんよ。初恋の人の名前は何て言うんですか?』

『名字はちょっと言えないんで・・・サトシ君です』

『日本中のサトシさん、今どきっとしてますね』

『ふふ・・・』

 笑顔が魅惑的だった。上品な感じの清楚な美人だ。

『もう少し、ヒントありますか?』

『誕生日が1972年の4月15日で、会ったのは〇〇県です』


 え?

 俺って名前聡史だよな。

 誕生日俺と同じだ・・・。

 まさか!こんな綺麗な子知らないよ!


『どんな方だったんですか?』

『サッカーがうまくて、かっこよかったです。私、家庭の事情で養子だったんですけど、養母の従妹の息子さんでした。私本名は未央子っていうんですけど・・・サトシさん、見てたら連絡ください』

 

 カメラ目線で言うから俺はドキッとした。俺に呼び掛けてるんだ。俺は気が動転していた。未央子ってあの子?まさか・・・女の子で年が近いのはあの子だけだ。目が一重だった気がするけど。整形したのかな。でも、間違いなく彼女の言うサトシは俺のことだ。この人、何ていう名前だろうか・・・番組表を見て名前を調べてググって、ようやく誰かわかった。堀川美緒ちゃんか。俺はときめく。昔のイメージは暗くて気持ち悪い子だったが、今はアナウンサーみたいに美人だ。芸能事務所には詳しくないけど、大手の所属らしい。俺は彼女が会いたがっているのだしと、連絡を取ってみることにした。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る