第4話 博士「博士、油断しました!」

「はっはっはっはっはっ!」

「おい、こら……顔をなめるなって。くすぐったいぞ!」


 夜の森の中で、狼と白衣を着た男が楽しげにたわむれている。そう、博士だ。牙の生えそろった狼にベロベロされている。

 助手がその光景を見つつ呆れるように問いかけた。


「良かったんすか?貴重な薬を使ってしまって」

「はっはっは!貴重かどうかは博士が決めるさ。また作れる、そう思えば貴重でも何でもないだろう?」

「すげー屁理屈っすね」

「屁理屈で良いじゃないか。それに、収穫がなかったわけじゃないさ」

「なんすか?」

「『博士の作った薬は異世界の個体でも通用する』。それが分かれば十分さ」

「……そっすか。なら私の出る幕じゃないっすね」


 博士が空になった試験管を振りながら笑う。本当に惜しいとすら思ってないらしい。

 発明品ナンバー001、「博士印のめっちゃすごいポーション」。傷ついて壊れた細胞を壊死させ、瞬時に周りにある他の細胞を複製して代わりに繋げる回復薬である。もちろん害はなく、痛みも伴わない。


 生前の須藤与作がヨサクを作る際に作った薬を博士が改良したのがこの「博士印のめっちゃすごいポーション」なのである。ちなみに細胞を複製するタイプなので裂傷、部位欠損以外の怪我には効果が無い。


「でもどうするんすか?懐かれたといっても所詮は魔物。連れて行く事なんて出来無いっすよ?」

「え?なんで?」


 純粋に疑問に思ってる博士に助手は頭を抱える。そう、この博士、研究以外の事に全く興味が無いために常識的当たり前の事がわからないのだ。


「あのっすね……この狼は今でこそ懐いてるっすけど、最初は私たちを見て襲いかかってきたんすよ?」

「つまり?」

「この狼は人間に対して敵対的であると言うことっす。つまりこの子を人の住むところに連れてったら何が起きるか分からないっすよ?」

「で、でも!今はこんなに大人しいじゃないか!」

「そうじゃないんすよ……いいからさっさと野生に返してあげるっすよ」

「やだぁ!この子は家で飼うもん!」

「私たちは絶賛宿すらない状況っすよ!?」


 懐かれて愛着が湧いたのか、博士が狼にすがりついて駄々をこねる。助手が飼えないっすよ!と何度言っても聞かない博士は子供そのものだった。


「ちゃんと世話するから!ね!?」

「だめっす!」

「この子飼いたいのお母さん!」

「誰がお母さんっすか!」



   閑話休題野生に返した



 なんとか助手の説得(物理)によって博士は渋々ながらも狼を放した。


「さて、この森から抜ける手立てはあるんすかねぇ・・・」


 助手が周りを見渡しつつため息をつく。夜の森は暗く、自分たちが逃げてきた方向も分からない。


「博士ー、そろそろ復帰してきてくださいっす」

「じょ、助手……モンゴリアンチョップは止めて?ほら、博士埋まっちゃってるじゃん」


 博士が頭だけ地面から出た状態で助手を見上げる。助手はスカートを押さえながら見ないでくれるっすか?とさげすんだ目で博士を見下ろした。


「いやいや!こんな状況にしたの助手でしょ!?不可抗力じゃないか!」

「そんな状況にさせたのは博士っすよ」

「早く抜いてくれよ助手ぅ」

「そんなことしたらパンツ見えちゃうじゃないっすか」

「そういう問題!?あ、ちょっ、助手?なんで博士から離れるの?置いてかないで!?」


置いてかないでぇぇぇ……と、遠くなっていく声を助手は無視して進もうとした。その瞬間、助手の頭上に一陣の風が吹く。


「助手っ!上だ!」

「っ!」


 間一髪、博士の注意に従って横に飛んだ助手は何者かからの攻撃を回避することが出来た。博士は体をすぐさま地面から引き抜き助手の側に駆け寄る。


「助手!大丈夫か!?」

「その角度だとパンツ見えるっすからこないでくださいっす」

「何度も言うけど今言う状況!?」


 もはや次から次へとやっかいごとに巻き込まれて限界な助手をしっかりして!と博士が現実に引き戻そうと頑張ってる間に攻撃してきた者がゆっくりと博士たちの方を振り返る。そこには地球にいたイノシシの軽く5倍は超える魔物が、鋭い眼光で博士たちを見据えていた。


 博士たちがあまりの大きさに息をのむ中、巨大なイノシシの後ろ足のひづめが2回地面を擦る。それを突進の予兆と判断した博士は倒れている助手の前に出た瞬間、イノシシがものすごい勢いで博士たちに攻撃をしかけた!


 博士は助手を後ろに控えている手前、イノシシの突進を避けることは出来ない。狼の牙でも貫けなかった体だ、突進を受けても大丈夫だろうと博士は両腕をクロスして受け止めようとする。そう……

 

「ぶおおぉぉぉぉ!!」

「くっ……ぐあああああ!」


 イノシシの突進をまともに受けた博士は、弾き飛ばされ森の木に叩き付けられる!


「博士っ!」

「ぐぅ……身体損傷率12%、両腕にひびが入った!」

「え……確か博士の素材って」

「ウルツァイト窒化ホウ素、地球上で最も硬い物質。こいつはそれに罅を入れたって事だ……!」


 助手が目を見開いて絶句する。博士の言ってることはつまり、地球上の物質ではこのイノシシの攻撃に耐えられない事を意味するからだ。

 イノシシが突進を受けた博士が動いているのを見て、再度突進の構えを取る。


「なら……これならどうっすか!」


 助手はすぐさま攻撃に移り、博士の方を向いてがら空きのイノシシの胴体に正拳突きを放つ。だが……


「ぶも?」

「っ!?厚い脂肪で骨まで通らない……!」


 助手が目を見開いて驚く。博士に魔改造された助手が繰り出す拳の威力は現実世界のイノシシぐらいであれば即ミンチになる程……しかしこのイノシシは、突進をしようとしたときに身体が少し揺れた事に不快な感情を表わしただけだった。そしてイノシシは突進の邪魔をされて怒ったのか、助手の方を向き前足を振り上げる。


「ぁ……」

「危ない助手!」


 博士が背中のターボを回す。F1ロケットエンジン1億6000万馬力が推進力となり0コンマ1秒で助手とイノシシの間に体を差し込む!


「ぶおおおおお!」

「ごはっ……!」


 イノシシが前足を振り下ろし、博士の体を踏み潰す!地面にクレーターが出来るほどの強い衝撃が森の中に響き渡る。


「損傷率23%……!そろそろヤバいかも……」

「そんな……」


 打つ手無し。そんな言葉が彼らの焦りを加速する。攻撃は通らず、どんな防御も意味をなさない……博士は熱排気で動けず、助手一人ではイノシシから逃げ切れない。

 詰んだ。助手がそう思った時、イノシシの前足が博士の頭の上に振り上げられる。確実に殺す気だ!


 博士は全ての情報を脳内のナノマシンに保存している。体は破壊されてもそのナノマシンさえ壊れていなかったら何度も博士は蘇るが、そのナノマシン自体を破壊されると……博士という存在が、永遠に失われることになる!


「博士ええええええええええええええ!」


 助手の乾いた叫びが、森の中をつんざいた。

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