第20話 奸計−2

 牢から戻ると、リアリナは着替えと化粧をされた。また姿を表したノルトハイム公が言った言葉は俄かに信じ難いものだった。


「私が、王の元へ……?」


「そうだ。平民の小娘が王の褥に行けるとは名誉なことと思え」


 ノルトハイムは無遠慮にリアリナの顔を掴む。


「私に……王の相手をせよと」


「そうだ。あの男と違い、お前はもう少し賢そうだ。見栄えもいいし使い勝手が良い。私に従えば、もっと良い暮らしも出来る。王の愛妾なんて誰もがなれるものではないぞ」


 断れば、グラーツにも危害が及ぶと脅すのだろう。リアリナには選択肢がなかった。ドレスの下には見つからなかった短剣が隠されている。


 王の寝室へとリアリナは通され、大きな扉は音をたて閉じられた。





 ノルトハイムは上手く事が運んでいることにほくそ笑む。


「ご指示通り、短剣は取り上げずにおきました」


「それで良い。もし王が死ねばよし。傷つけただけでも、女とあの男は処分できる。私に従いそのまま手駒となるなら、しばらく使ってやろう。どう転んでも、都合がいい」




 

 コンラート2世。3年前に病死した兄王から王位を受け継いだ。戦の多かった兄王と父王に比べ、治世は安定している。「戦をする度胸がない」とも揶揄されるが、少なくともこの3年は戦らしい戦は起きていない。


 その王が、リアリナが入った寝室にいた。窓際で何を見るとなしに外を眺めている。


 様子を伺いながら、王の反応を見る。


「今日は祭りか?」


 唐突な問いにリアリナは返答に窮した。が、王の眺める外の街の灯りをさしているのだろうことはすぐわかった。


「今日は一年でもっとも夜の長い日。冬の市が初めて立つ日で、街のものは夜通し踊り、歌い飲み明かし過ごします」


 その返事に、ようやく王はリアリナの方を振り向いた。リアリナは頭を下げる。


「そなたはゲオルグの手の者か?」


 ゲオルグとはノルトハイム公の事である。


「……私はノルトハイム公の命で参りました」


 王は深いため息をつく。


「『命』、ね。あやつはとことん王妃を追い出したいと見える」


「王妃様を……?」


「ゲオルグから聞いていないのか?」


 王は長椅子に腰掛け、半分独り言のような口ぶりで話始めた。


 王妃はヘルリッヒカイトの北に位置するホラン大公国の出身である。ホラン大公国の影響力が強まることを恐れ、ノルトハイム公は王妃を退け、側室を持つようにけしかけている。政務は最初は補佐する立場だったが、徐々に王を差し置いて政治に口を出すことが増えてきた。王もついノルトハイム公の言う通りにしてしまう事が多いという。


「何故、それをお許しになるのですか?」


 そう問いかけるリアリナの顔を王はチラリと見て、また視線を戻す。


「余は未だ王になっても何も成しえていない。領地を広げることも、戦もせず、ただ城に引きこもっているばかりでな。兄と父の足元にも及ばぬ。……ゲオルグの強さは、余にはないものだ」


 初めて会う王は立派な見た目と裏腹に自身のなさが溢れる「普通の人間」に見えた。


「そなた……どこかで見た顔だ」


「2年ほど前、春の式典で叙勲を賜りました、リアリナ・アンファングにございます」


「おお、あの雹が降った時のか。そなたがここへ来ると言うのも、奇妙な話だ」


 と、王はリアリナに近づく。リアリナは必死で考えを巡らせる。服の上から短剣を握りしめる。


──グラーツ様、少しだけ私に勇気を、力を貸してください


 意を決し、リアリナは王の手を取った。


「陛下。今宵、私とお過ごしになるのなら、面白い考えがございます」





 ノルトハイム公は自分の館で勝利の美酒を味わい、グラーツは凍える地下牢で寂寥感に苛まれていた頃、都では早駆けの馬が走っていた。


 グラーツから指示されたハインツだ。カル・ゴートの元へ今までの調査資料と、アドラスの元に届いたベルントの告発文を届けに。そして出された指令はとんでもないものだった。


 この夜中に緊急議会を開く。しかも、ノルトハイム公に買収された議員等を不正の証拠で脅して、ノルトハイム公の罪を問うというものだった。カル・ゴートさえ動けば、議員たちを真夜中に叩き起こすことも脅すことも雑作もないと。通常、緊急議会は余程の有事──敵国の侵攻などでもない限り夜中に開かれることはない。


 ハインツが駆ける馬を、複数の馬が追ってくる。追手は思ったよりも数が多い。とにかくカル・ゴートの元に届けなければ、この策は始まらない。朝になり、この資料をノルトハイム公に渡さなければ、グラーツの命はないだろう。いや、ノルトハイム公のことだ、渡しても命が助かる保証はどこにもない。


 冬の市で大通りに人が流れている中、追手を撒くため細い裏道を疾走する。路地を出たところで、ハインツは行手を阻まれた。


「その荷物を渡してもらおう」


 ノルトハイム公の配下達に囲まれながら、ハインツは手綱を握り直す。これでは資料ばかりか、自分の命も危ぶまれる。だが、


「ハインツ!」


 配下たちの後方から、姿を表したのは、グラーツの第十二小隊だった。


「ありがとうございます。後をお願いします」


 一気に数の上で有利になり、ハインツはこの場を任せ、馬を駆けた。後方から、剣を鞘走る音がいくつも聞こえた。



 それぞれの長い夜が過ぎていく。


 



  











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