第18話 真実

 日も落ちるのが早くなった。


 図書館はほとんどの職員がいなくなり、残業するわずかな者ばかり。リアリナは戦の記録や日誌が保管されている書棚へ向かった。該当しそうな綴られた冊子を抜き出す。アルバ国境沿いの砦の記録と日誌。


 12年前の春、『エラン・グラーツ』の名を見つける。兵学校を卒業後すぐ配属されたようだ。


 「学校出立ての頃はヘマばかりだった」と以前言っていた。ここの任務の事だろうか。その時の砦の軍団長の名がカル・ゴートとあるのが目端に止まる。


 読み進めていくうちに、「グラーツが現地の村の娘と結婚」という一文が目に留まった。リアリナの心に冷たい物が触れる。一度目を閉じてリアリナは深呼吸した。意を決してその続きに目を走らせた。結婚には砦でも宴会が開かれたとあった。


 もう一度グラーツの赴任から、順を追って見ていこう。


 下士官の名が記される事はこういう記録では稀だ。人事や結婚、戦の功績、死亡など。赴任後半年で結婚の記録。やはり心が締め付けられるが、読み進める。その5ヶ月後、敵の城を攻め落としている。そしてその同日、グラーツの妻が死亡が記されている。


 これがグリフの言う「グラーツが殺した」なのだろうか?だが、それでも信じられない。そして、理由なく一般人を殺して、なんのお咎めもないことがあるだろうか?


 記録の続きは、その後和平交渉が行われ、責任者のカル・ゴートは都へ辞令が降りる。グラーツもそれと一緒に都へ移動したようだった。




 さらにリアリナは別の資料を漁った。戦歴を記す綴りを見つける。一般開放はされていないので、閉館後に人目を盗みながらこっそりとそれを紐解く。


 そこで、12年前の砦の攻防が詳細にが記されていた。村娘は下士官と結婚する。寝物語に聞いた戦略や行軍の予定をアルバ側に流すのだ。そのため、戦況は悪化する。ある時、軍団長が嘘の作戦を下士官に伝える。そして裏をかいて敵方の砦を落とすことに成功する。


 情報を流していた女は捕らえられ、処刑された……


 こちらの記録には女の名も下士官の名も書かれていない。戦術書に不要だからだ。女を処刑したのがグラーツだったのだろうか。


「妻を殺した」


 これは事実だが、おそらく真実を語っていたわけではない。


 妻を手にかけた。それを語るグラーツの様子は苦しそうで、未だにそこに思いがあるのだろう。どんなにリアリナが考えを巡らせても、想像も追いつかないほど深く暗い悲しい感情。


 だが、グラーツの自分に対する想いは、少しは分かった気にはなっている。冷たくあしらおうとしても、結局はリアリナに優しい。優しさから、遠ざける。




 リアリナはその日から全ての余暇を使い、別の事を調べ始めた。司書が見れる範囲の資料や記録を各部署から集め始めた。


 グラーツの調べている相手を調べ始める。手がかりは協力した貴族のパーティーしかない。その貴族が何がしかの不正を働いており、その調査をしていたはずだ。貴族は高い位で議員にもなっている。


 自分が手に入る資料だけで、どこまで調べられるのか……


 グラーツは手を引くように言った。だが、グラーツと出会う以前の自分に戻るつもりはリアリナには毛頭なかった。





 近頃、第十二小隊は奇妙な目線で自らの隊長を見ていた。


 ある日を境に、グラーツは仕事にまじめに取り組んでいる。酒も女も賭博もせず、夜遅くまで働いている。いつもの昼行灯が息をひそめ、機嫌悪そうにしかめっ面で書類と対峙している。時折、思い出したように明るく馬鹿みたいに振る舞うから、見ていて気持ち悪いと影で言う者もいるくらいだった。


「あまり精魂詰めると、体壊しますよ」


「うるさいな。真面目に仕事しろと小言言ってたのはお前だろう」


「そうですけど」


 これ以上何か言っても無駄なので、ハインツは諦めた。


「アドラス警備隊長から、伝言です」


 一枚のメモを渡す。それを見ると、グラーツは立ち上がり、部屋を出て行った。





 グラーツはアドラスの家を訪れた。奥方が子供の世話で別室に行った隙に、アドラスは頼まれていた資料を渡す。


「ベルントの家を調べたよ。だが先客がいたようで、ありとあらゆる所がひっくり返されてた。何を探していたんだか……」


 ただ、先に亡くなった母親の治療費が嵩んでいたのは確からしい。その医者をアドラスは突き止めていた。


「ノルトハイム公のお抱えの医師か……」


「王の従兄弟だ。大物だぞ。王は即位以来、ノルトハイム公の傀儡って話もあるし……」


 グラーツの眉間の皺が深くなる。アドラスは心配そうな目を向ける。


「本当に飲んでいかなくていいのか?」


「ああ。しばらくはな」


「お前な、暗いよ。ベルントの件もあるだろうけどさ」


「どいつもこいつも、うるせぇよ」


 アドラスは1人、ワインを手酌で飲んでいる。奥の部屋からはしゃぐ子供の声が聞こえた。


「氷姫とは別れたって?」


「……そもそも付き合ってもいないんだ。別れたもクソもないだろ」


「お気持ちは察するがね」


 飲まないと言っていたくせに、アドラスからグラスを奪い一息に飲み干す。乱暴に袖口で口を拭う。


「昔を忘れろ、とまでは言えないが。それでも、お前はそれでいいのか?」


「彼女の好意は……ヒナの刷り込みみたいなものさ。外の世界で初めて見たやつに懐いてるだけで。俺である必要はない」


 肩をすくめるアドラスにグラスを返すと、グラーツは出て行った。


 

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