第11話 乗馬

「帰ったら馬の練習だな」


 その言葉通り、リアリナの仕事が休みのたびに、グラーツはリアリナを誘って馬の練習に連れ出すようになった。


 リアリナも初めは断った。しかしグラーツに「知識だけじゃなく、何事も経験・実践」と言われると、反論できない。


 改めて間近で見る馬は大きい。グラーツが手綱を握っているが、慣れなくてリアリナは腰が引けていた。


「ええと、どうすれば……」


「まず、馬は人間が思う以上に賢い生き物だ。最初は『初めまして』からかな」


「はい。……あの、初めまして。リアリナ・アンファングと申します……」


 馬の前で深々と頭を下げるリアリナ。馬がブルンっと鼻を鳴らす。すると、グラーツは吹き出して笑い出した。


「え?あ!嘘ですか!?」


「ははは!!馬に自己紹介する奴を初めて見た!」


 むくれるリアリナの頭をグラーツはポンポン叩いた。


「いや、いいと思うよ。馬が賢い生き物ってのは本当だ」


「グラーツ様、もしかして私で遊んでいませんか!?」


「バレたか。実は演習終わって、軍も暇なんだ」




 四苦八苦しながらも、グラーツの指導の下、練習を重ねて段々と慣れてくる。


 リアリナも危なげなく一人で乗れるようになって来た頃、グラーツは少し遠くまで行くと言い、郊外へ連れ出した。ほとんど都の外へ出たことのないリアリナにとっては、広がる野山や田園風景は新鮮だった。


「この丘を越えたところだ」


 緩い傾斜を登る。すると、開けた草原になった。青い空、光が白く差し、風さえその動きが見えるかのようだ。


「この辺りでいいだろう」


 木陰で馬を降りて馬具を外し、トントン、と背を叩くと、2頭の馬は自由に野原を駆け出した。


「奴らも少し、自由時間。さ、俺たちも少し休憩にしよう」


 持っていた荷物から、サンドイッチとフルーツ、そしてワインを取り出しリアリナに差し出した。


「こんなものまで……!用意がいいんですね」


「楽しいことは、全力で楽しむべく準備する性分でな」


「でも、日も高いのにお酒ですか」


「朝からじゃないだけ今日はマシな方だ」


 パンを頬張りながら、目は一面の花を目を細め眺めている。リアリナもサンドイッチを口に運んだ。


 リアリナはその横顔を見た。穏やかにパンを食べ、美味しそうにワインを口にし、景色を堪能している。食べ終わると寝っ転がった。心底、今を楽しんでいる。


「そうだ、これをやろうと思っていたんだ」


 と、懐から小ぶりの短剣を取り出してリアリナに渡した。


「馬に慣れてきたから、今度はこれの練習もな」


 短剣を鞘から少し抜く。研ぎ澄まされた刃が光る。


「私には……分不相応です」


「持っておくだけでも抑止力になることもある。俺もいつも一緒にいれるわけじゃない」


 演習以降、ずっと心に引っかかっていたことを、リアリナは聞いてみた。


「グラーツ様は……人を斬るのが怖くはないのですか?」


 グラーツは横に肘をついて、上半身を起こす。 


「……そうだな。初めは気に病んだし怖くなったよ。時に夜も眠れないほど」


 そう言うとグラーツは自分の剣に手を添える。


「……だがやがて慣れた。俺は軍人だ。剣を抜くときは人を斬るときだ」


 そう言い、またゴロンと寝っ転がる。


「まぁ、軍人は暇なのが1番さ」


 軍人としての顔、普段のふざけた顔、今の穏やかに自然を楽しむ顔。どれが本当のグラーツか、わからずに混乱もしたけれど、ようやくリアリナはわかった。どれもグラーツなのだ。恐ろしいと思う一面もあるが、この穏やかに一緒にいるグラーツのことを信頼したいと、リアリナは思った。

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