第8話 軍事演習−1

 リアリナは天文局を訪れていた。


「先生、この間はありがとうございました。天気も予想通りだった様です」


「ああ、あれな。ついこの先日、あの男が来てな」


「え?」


 レーゲンの言うことには、次の大規模演習に天文局からも現地で予報をできる人間を派遣できないか、という話だったという。


「そんな話が…」


「戦術的に、天気を考慮すると言うのは理にかなっとる。ようやくわしらの知識が役に立つことがわかったらしい」


 と、機嫌が良さそうだった。



 リアリナは仕事を少し早めに切り上げ、図書館の隅で戦術書の記録を紐解いた。夢中で読んでいると、ふと隣の席から人影が落ちているのに気がついた。ハッと顔を上げると


「グラーツ様…!」


 いつの間にか、グラーツが隣の席に座っていた。頬杖をついて笑った。


「随分熱心に調べているな。戦術記録じゃないか」


 リアリナ距離が近くに感じられて、リアリナは落ち着かない。周りを気にして声を抑えた。


「あの、来月の軍事演習でマイラ山地方面に行くそうですね」


「ああ、そうか。先生に聞いたな?そう、この間の演習の勝利を引っ提げて、天文局の助言も考慮に入れるように進言したんだ」


「結果が認められたのですね。よかった」 


「で、気になってそこの戦歴を調べているわけか」


 リアリナはうなづいた。


 マイラ山地はラテーヌの都を守るのに重要な地帯である。当然、そこの演習も大規模になり、さまざまな陣形や戦略を研究する必要があった。


 山になっている資料に、植物の図録もあった。


「これは?」


「あ、はい。現地で調達できる野草や木の実などの資料をと思って……」


 そこでグラーツは吹き出した。


「何がおかしいんです?」


「い、いや、リアリナ殿。演習は糧食も十分持って行く。現地調達は、基本しない」


「え、そうなんですか?」


 グラーツはリアリナのまとめのメモをパラパラとめくる。


「え、この草食べれるのか?」


「あ、はい。らしいですよ。味は美味しいかどうかはわかりませんけど」


 じっとグラーツはリアリナを見る。


「どうしました?」


「資料作るより、リアリナ殿が1人軍にいたら楽だろうな。何でも知ってる」


「……何でも知っているわけではありません。知らないことが、どこにどう書いてあるかを知っているだけです」


 その後、二人は閉館時間まで演習の地域の資料を漁った。


 自然に宿舎までリアリナを送る流れとなる。


 別れ際、リアリナは意を決して、


「あの、グラーツ様。あの……アップルパイ……どうもありがとうございました」


「ああ、食べたか?美味かっただろう」


「はい!」


「出来立てはもっと美味いんだ。また他にもおすすめの甘い物を出す店はあってだな……またどこかで行こう」


「……はい」


「じゃあな、おやすみリアリナ殿」


 ちょうど宿舎に着くと、グラーツはリアリナの頭を手でポンと叩き、去っていった。


 よかった。ちゃんとお礼を言えた。仕事以外の話をどんな顔ですればいいのか分からず戸惑っていたが、普通に言えたことにリアリナはホッとした。


 



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