第5話 模擬戦

 模擬戦の当日。出発時は雲一つない晴天だと言うのに、雨天時の装備をさせたグラーツの隊は目立っていた。


「あの……グラーツ隊長、本当に雨が降るんですか……?」


「『天気は自然の賜物。自然の謎を全て解き明かせる様にはまだまだなっておらぬ』そうだ」


「はぁ……」


 副官のハインツは怪訝な顔である。グラーツの無茶振りや奇策は今に始まったことではないが、慣れているはずの兵士たちも困惑している。


 今回の模擬戦は小規模なもので、小隊ごとの行動で平原と森の中での白兵戦がメインであった。陣形は各小隊に任されている。


 ディヒタバルトの森は平原と森、多少の起伏がある。グラーツは森の中の、特に茂みとなっており見通しの悪い場所に拠点を構えた。


「何故ここに?他の隊はみな見晴らしのいい平地に陣を配置していますが……」


「まぁ、見てなって」


 開始のドラがなる。今回は刃の類は使用せず、斬り合いも模擬刀。他軍を制圧したチームが勝ちという単純なものだ。

 

 森の中に潜んでいるグラーツ隊は、他の隊達からは気づかれていない。他の隊たちはすでに衝突し始め、喧騒が聞こえてくる。斥候のみ頻繁に動かし、細かく報告させている。兵はやきもきしているが、グラーツは一人、椅子にだらだらと腰掛けで地図を眺めている。


 昼にかけて風が強くなり、徐々に雲が出始める。そして突然の豪雨。


「よしよし、いいぞ」


 あまりの激しさに、雨の装備をしていない他の軍の動きが鈍る。見通しの良い街道の地面は粘土質であるため、ぬかるんできて思うように動けなくなっている。


「よし、俺たちも出るぞ」


 グラーツの合図で兵士は声を上げずに頷き、動き始めた。雨音に隠れ森の木々の合間を通り抜け、敵の隊の背後まで近づける。無防備にも雨に慌てふためく兵士たちのふいをつくのは容易だった。雨で視界も利かぬ中、グラーツ隊は背後から不意打ちする攻撃を続け、小一時間の通り雨が過ぎ去った後に残ったのは、ほぼ無傷のグラーツ隊だけだったのだ。


 日の光の元、グラーツは過ぎ去る雲を仰ぎ見る。身体中雨と泥だらけだ。


「本当に当たったな。大したもんだ」


 そう呟いた時、演習終了のドラが鳴った。

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