33

――遺跡内にミイラの化け物が現れ始めたとき。


レミとクレオはアルバスティの封印されている扉の前で戦っていた。


互いにインパクト·チェーンを操りながら拳と拳と重ね、演舞さながらの動きで激しくぶつかり合っている。


ぶつかり合う二人の周囲に巻き起こる風は、その激しい闘いとは裏腹に実に心地よく吹いていた。


それは母子を包み、まるでこれまでろくに会話のなかった二人を祝福してるかのようだ。


(なんだろう……。この不思議な感じ……)


レミは、自分でも驚くほどインパクト·チェーンを使いこなせていた。


魚が水の中を泳ぐように。


鳥が空飛ぶように。


教えられてもいないのに自然にそれができている。


インパクト·チェーンはさらに輝きを増し、互いに放ったチェーンを腕に巻き付けた一撃で二人の距離が離れると、レミはバラバラになった鎖の輪――リンクを両手で包み込むように集めた。


まるで凝縮されたエネルギーが球体となったインパクト·チェーン。


対するクレオも、娘と同じようにリンクを束ねて身構える。


だがレミはそれを放つことなく、球体となったインパクト·チェーンを自分の右手首へと戻した。


そして構えを解いて、冷たい表情をしている母のことを見つめた。


何も言うことなく、ただ黙ったまま見つめてくる娘に、クレオもインパクト·チェーンを元のチェーンブレスレットへと戻して見つめ返す。


「父さんとの約束を守らないと……あの人の願いを叶えないとッ!」


先に口を開いたのはクレオだった。


彼女の言葉はこれまで闘いながら叫んでいたものと同じものだったが、その声色は明らかに違っていた。


訴えかけるように言葉を吐いたクレオを見て、レミは涙を流していた。


彼女は嗚咽をしながら涙を拭うと、母に声をかけ返す。


「母さん、お願いだよぉ……。もっと自分のことを大事にして……。僕のこと、家族のことも考えて……」


泣きながら言う娘に、クレオは何も答えることができなかった。


レミが彼女に泣きながら何かを乞うなど、これが初めてのことだった。


もっと自分のことを大事にして――。


僕のこと、家族のことも考えて――。


涙ながら悲願する娘の言葉が、クレオから戦意を奪っていく。


クレオは母として、女として、自分がどうすればいいのか、何が正しいのかわからなくなっていた。


しばらくの沈黙の後。


当然女の叫び声と共に、二人の側にあった扉が崩壊した。


レミとクレオが扉から距離を取ると、崩れた扉から何か巨大なものが飛び出してくる。


「これがアルバスティか……」


思わずクレオの口から声が漏れる。


飛び出してきたアルバスティは女の姿をしており、大きさは十メートルはあるかという巨体だった。


スリムな体型に女性的な丸みをおびた体つきが特徴で、全身に赤い包帯のようなものを巻きつけている。


アルバスティは狭い遺跡内を破壊しながら天井を突き破り、外の陽の光がその場に射した。


「こんなの……倒せるの……?」


レミが震えながらそう呟いた瞬間、アルバスティは彼女へと襲いかかってきた。


絶叫しながらその細く長い腕を伸ばし、レミを両手で掴もうとする。


それはあまりにも一瞬の出来事で、レミは動けずにいた。


だがクレオは違った。


彼女はインパクト·チェーンを振ってレミを吹き飛ばし、アルバスティの手から娘を守った。


しかしアルバスティは次にクレオに手を伸ばし、彼女の身体を両手で掴むと、自分の口元へと運ぶ。


「母さんッ!? くそぉぉぉッ!」


レミはインパクト·チェーンを腕に巻き付け、母を今にも喰らおうとしている化け物へと飛びかかったが、アルバスティが全身から放った衝撃でその場に叩きつけられてしまう。


地面へと倒れ、レミはすぐにでも起き上がろうと顔を上げると、クレオの頭から光を吸い上げるアルバスティの姿があった。


次第に生気を無くしていく母の顔は、どうしてだが、とても穏やかだった。


クレオは微笑みながら、右手首にあった自分のインパクト·チェーンを操作し、娘の首へとかけてやる。


レミはそのときの母の表情を知っていた。


それは、まだ父ヤイバ·ムラマサが生きていたときに見せていた。


クレオ·パンクハーストの心からの笑みだったことを。


「母さん……」


その行動に出たクレオに言葉はなかった。


いや、もはや喋る力すら残っていなかったのだろう。


クレオの頭から出ていた光がすべて吸い尽くされると、彼女は干からびて動かなくなってしまった。


アルバスティは干からびたクレオを放り投げると、天井から外へと飛び出して行く。


崩壊していく遺跡の残骸で、アルバスティが出てきた扉は塞がれ、中にはもう入れなくされた。


「母さんッ母さんッ! そんなッ!? ヤダッ! こんなのヤダよぉぉぉッ!」


今のレミには封印が解かれたアルバスティのことも、閉じてしまった扉のことも頭になかった。


目の前で干からびた母親の死体にすがりながら、涙を流して喚くことしかできない。


そんなレミのことを嘲笑うかのように、アルバスティは咆哮しながらその場から去っていった。


「ヤダ……ヤダよぉ……こんなのぉ……」


レミは、崩壊していく遺跡の中で、干からびた母の体を涙で濡らしながら、もう一歩も動けずにいた。

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