15

「嫌だ。それは父さんじゃなくて母さんが勝手に言っていることでしょ」


レミはクレオを睨み返すと、母の言葉を拒否した。


インパクト·チェーンを何から守るのか。


父であるヤイバ·ムラマサにどんな使命があったのかはわからなかったが。


レミには、それがクレオの都合だと彼女は思ったのだ。


もう暗殺組織に身を置いていたくないというのもあったのだろう。


ろくに話を理解していないだろう娘に、クレオは少し困った母親の顔を見せていた。


「反抗期の娘にも困ったものだな。だが、もっと詳しい話をすればお前の考えも変わるよ。食事が終わったら見せてやろう。私が彼から受け継いだ意志がなんなのかを」


――クレオがそう言ってから夕食後。


レミとユリは彼女の書斎へと連れていかれた。


そこは、これまで母親としてしっかりしていたクレオからは、とても想像できないほど散らかった部屋だった。


そこら中に古く色褪せた巻物のようなものが転がり、同じくかび臭い古文書のような本が高く積まれている。


「お前が家出した後、私は部下たちに命じ、世界中の権力者たちからこれらを奪って集めた。そして、ついに見つけたのだ」


クレオはレミにそう言うと、テーブルに積まれていた古文書を手に取ってそれを開いて見せた。


そこには古代文字と思われる字と、大きな岩や石で造られた宮殿の絵が描かれている。


「これはサゴールと呼ばれる遺跡だ。彼、いや父さんはこの遺跡から発掘した鉱物でインパクト·チェーンを造った」


クレオは古文書のページをめくりながらさらに話を続けた。


彼女が調べたところ、このサゴール遺跡の奥にはけして開かない扉があり、なんとか破壊しようとしたが、インパクト·チェーンの力をもってしても不可能だった。


だが、クレオがインパクト·チェーンで攻撃を続けていると、突然扉が輝き始めた。


チェーンと同じ光を放ったのだと、彼女は言う。


「それで私は理解した。この扉の奥にはさらなる力が眠っている。しかし、それを開けるには、私の持つインパクト·チェーンだけでは不完全だということも」


「だから僕を連れ戻したのか? 父さんから託された務めを果たしてくれって言っても、やっぱり母さんの勝手じゃないかッ!」


クレオの話を聞いて、レミが突然怒鳴り出した。


それから彼女は右手首に巻いていたインパクト·チェーンを外すと、母クレオに向かって放り投げる。


「それが欲しいならあげるよ! だからもう僕にも僕の周りにいる人たちも関わらないで! 放っておいて!」


クレオは悲しそうな顔をして、床に落ちたインパクト·チェーンを拾った。


そして、それを放った娘に強引に握らせる。


「これは父さんが残した大事なものだ。そんな風に扱うんじゃない」


「それが欲しいんでしょ!? だったらあげるよ! それを使って母さん一人で遺跡でもなんでも掘り起こして、何かを守るなり殺すなりすればいいじゃないかッ! 僕は関係ないッ!」


「違う、これは私たち家族がやらなければならないことなんだ。だからこそ、父さんは私とお前にこれを――」


「そんなの知らないよッ!」


レミは力任せに母の手を振り払った。


一見すると娘が母親に逆らっているだけのように見えるが、ユリにはレミの気持ちが理解できた。


親が決めたことを――。


両親が持つ常識を押しつけられるのは、子供として耐えがたい苦痛だ。


たとえそれが正しいとされていることでも、自分の意思など介入できないことを強要されるのは、奴隷と変わらないと。


(まあ、私とじゃ話のスケールが違い過ぎるけど……)


内心で自嘲しながら、ユリがそんな母と子二人の様子を見ていると、クレオは表情を冷たいものへと変えた。


ユリはそんな彼女の顔を見て、思わず仰け反ってしまっていた。


横浜からインド、そしてトルコと、ここ数時間で怖い体験をしてきたが、この女性は怖さのレベルが違う。


何もされていないし、怒鳴ったわけでもないのに、ただ顔を見ただけで体の震えが止まらなくなる。


ユリはクレオの印象が一気に変わり、やはりこの人物は暗殺組織のボスなのだと思い直していた。


「古文書によれば、次にチェーンで扉を開くことができるのは一ヶ月後。それを逃せば再び数年間はチャンスがない。レミ、時間がないんだ。お願いだから私と共に来てくれ」


「だから嫌だって言ってるだろ! チェーンなんかあげるから、母さんだけでやってよ!」


「私だけでは無理なんだ。頼む、一緒に父さんの願いを叶えよう。この力を他の者に与えてはならないんだ。共に世界を権力者たちから守るんだよ」


「世界なんて知らない! 勝手にやってよそんなことッ!」


レミは断固として断った。


伸ばした母の手を払って距離を取り、実の親に向かって親の仇でも見るような目で睨み返している。


そんな娘の態度を見ても、クレオの氷のような表情は変わらなかった。


青い瞳がその冷たさを強調し、その眼差しでレミのことを見つめている。


「そうか。ならばしょうがない」


クレオはその冷たい顔のままで払われた手を下げると、拳を固く握った。

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