14
ユリは想像していた豪華な食事ではなかったものの、クレオの手料理の味に大満足していた。
本格的なトルコ料理は初めてだったが、たまにレミが作る料理と味付けが似ているのもあって、なんだか安心できるほどだ。
ケバブは羊肉――ラム肉を使っているようだが、くせもなくトマトとヨーグルトの風味が食欲をそそぐ。
それらの料理の味からして、暗殺組織のボスであるとはいっても、やはりクレオは最初の印象通り母親の仕事もキッチリとこなしていることがうかがえた。
だが、レミの表情は暗いままで、彼女はただ黙って母の手料理を食べている。
丸いテーブルを三人で囲み、レミとユリが食事を続けてると、クレオはその口を開く。
「お前の居場所はずっと知っていた。最初はイスタンブール市街、それからインド、日本へと行くまでもな」
トルコの蒸留酒ラクの水割りを飲みながら、クレオは言葉を続ける。
「年頃の娘が家を出たがるのはよくあることだ。私も若い頃に経験がある。だから、しばらくの間は好きにさせてやろうと思った」
クレオはそう言ってグラスに入ったアルコールを飲み干すと、レミのことを見つめた。
レミは視線こそ外さずにいたが、その表情はやはり暗い。
「だが、何もせずにただアニメを見ては眠る日々を過ごしていると聞いて、正直落ち込んだよ。ああ、私の育て方が不味かったのかとな。てっきり何かやりたいことや夢でもあるかと思っていたが、家を出た後は、無為な時間でしかなかった」
「そんなことない。家にいたら出会えなかった人たちと会えたし……」
弱々しく言い返してきたレミを見て、クレオは鼻で笑った。
そして視線をユリへと動かすと、彼女のほうを見て言う。
「たしかに、ここを出なければユリには会えなかったろうな。それは喜ぶべきことだ。人にもよるが、出会いというのは精神的に成長させる。事実、ユリと私から逃げようしていたときのお前は、チェーンの力なしでも見事なものだった」
再び視線をレミへと戻し、クレオは訊ねた。
ただ毎日部屋に引きこもっているだけの人間に、あのような動きはできない。
今でも体が鈍らないように鍛えているのだろうと。
クレオの言葉に、レミは顔を歪める。
それは、母に言っていることがあ当たっていたからだ。
レミは基本的にはクレオが聞いていた報告通りで、食べては寝ての自堕落な生活を送っていたが。
ユリが出かけてる間は、必ず筋肉トレーニングを続けていた。
クレオはなぜ自分のもとを離れたのに体を鍛えているのだと、娘に問う。
暗殺稼業が嫌で飛び出したのならば、鍛える意味などないのではないかと、穏やかな声で訊いた。
「そ、それは……」
「怖いのだろう? 自分が弱くなるのが」
レミが言葉を詰まらせていると、クレオは少しの間もなく言った。
その声には、皮肉も嫌味も威圧感もない。
ただ思ったことを口にしただけのように感じるものだった。
「その気持ちはよくわかる……。だが、私たちにはこれがある」
クレオはそう言うと、レミに向かって右手首を見せるように腕をあげた。
そこには娘とお揃いの金のチェーンブレスレットが見える。
「インパクト·チェーン……」
「ほう、ユリも知っていたのか。そいつはいい。知っているならば君も私たちの家族同然だ」
「か、家族って……」
「心配するな、私は同性愛を否定しない。若い頃に何度か試したことがあるが、女同士でなければ味わえない快楽もあるのは知っているよ。なあ、レミ」
クレオに話を振られたが、レミはプイッと不機嫌そうに顔を背けた。
この暗殺組織のボスであり、同居人の母親は何か勘違いしている。
レミとは単なる同居人にであり、そういう関係ではない。
――と、ユリはそう思ったが、クレオの口ぶりからして、自分はもう死ぬまでここに閉じ込められるのだと理解した。
言い方こそ穏やかでユーモアが溢れているが、インパクト·チェーンのことを知る者を放ってはおかない――そんな意図をユリは感じた。
そんな気持ちを悟られないように、ユリは引きつった笑みを返すと、クレオは満面の笑みで口を開く。
「家族はいい。私も彼と出会って人生が変わった。孤独だった私に意味がもたらされたんだ」
それからクレオは自分の亡き恋人であり、レミの父親であるヤイバ·ムラマサのことを話し始めた。
ヤイバ·ムラマサはすべてを捨ててクレオを愛した。
そんな彼に応えるように、クレオもまたそれまでの人生を捨って二人で歩んだと、彼女は昔話に表情をほころばせていた。
てっきり惚気かと思ったユリだったが、話はそれだけではないものへ次第に変わっていく。
「彼が亡くなったとき、私は何年も途方に暮れていた。だが思ったんだ。彼の意志を継がなくてはと、そのためにこのチェーンがあるのだと」
クレオはヤイバ·ムラマサが亡くなった後、それまでのコネクションで暗殺組織を結成した。
それは単に仕事としてではなく、あることを成し遂げるためだと言う。
「古代の遺跡から発掘された鉱物から造られたチェーンは、知っての通り、持つ者に超常的な力と能力を与える。彼はこの事実を知ったときに、それを守るために私にチェーンを託したんだ」
レミとユリには、クレオの言っていることが理解できなかった。
一体何からインパクト·チェーンを守るのかと。
だが、クレオはそんな二人のことなど気にせずに娘に声をかける。
「そろそろ娘として、父から託された務めを果たしてくれないか」
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